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「王者の貫禄」を見せた仙台育英…試合前ノックの意味

 第53回明治神宮野球大会は19日、大会2日目の4試合が行われた。高校の部では2回戦2試合があり、第1試合では今夏の甲子園を制した仙台育英(宮城・東北地区代表)と沖縄尚学(沖縄・九州地区代表)が顔を合わせた。ともに守備・走塁の細かい部分まで鍛えられ、若くして全国制覇の経験を持つ監督が率いる両校の対戦はまさかの結末となったが、随所にレベルの高さを感じる好ゲームとなった。

第53回明治神宮野球大会 高校の部2回戦
     123456789 計 H E
沖縄尚学 100210000 4 12 2
仙台育英 000000005x  5 11 0

戦評

 仙台育英が九回に4点差をひっくり返して逆転勝ちし、王者の貫禄を見せつけた。
 初回に先制を許すと、その後も自慢の投手陣が安定感を欠き、五回を終えて0-4と主導権を握られた。打線も好機は作ったが、要所で沖縄尚学のエース東恩納の緩急に苦しみ無得点が続く。それでも遊撃・山田や左翼・濱田らの好守もあり、スコアボードに0を並べ続けた。
 迎えた九回。八回にビッグプレーでチームを救った濱田が左前打を放つと、1死後に尾形の左越え二塁打で好機を拡大。敵失で1点を返すと、山田の右中間適時二塁打で2-4と追い上げる。なおも1死二、三塁から湯浅の中前2点適時打で同点とすると、最後は齋藤陽が中前適時打を放ち、一挙5得点での大逆転を完遂した。
 沖縄尚学は初回に幸先良く先制すると、四回には小技も絡めた4連打で2得点。五回にも死球の走者を得点につなげるなど、効果的な攻めでリードを広げた。だが後半は高橋、仁田の球威に押し込まれて追加点を奪えなかった。東恩納は走者を出しながらも粘ったが、球数が140球を超えた最終回につかまった。

随所でのレベルの高さ

 リードされても決して焦らず、できることを一つずつ積み重ねていく。その先にあったのが大逆転劇。仙台育英が「王者」たる所以をまざまざと見せつけられた。

 仙台育英の投手陣はおそらく万全の状態ではなく(加えて神宮のマウンドへの対応の難しさもあっただろうか)5回までに4失点。だが、余計な失点はしなかった。4回のみ1イニングで2点を失ったが、これは2点適時打によるもの。よく振れていた沖縄尚学に「畳み掛ける攻撃」は許さなかった。

 沖縄尚学も犠打失敗は一度もなく、走塁ミスもなし(東恩納の打球判断のみ気になったが)。リードを得た後、中軸は走者を置いた際に浅いカウントでは自由に打ちに行ったが、追い込まれると自身はアウトになっても走者を確実に次の塁に進めていた。好機を自ら潰すことなく着実に得点を重ね、理想的な試合運びを見せた。守備でも、初回の挟殺プレー(1死二、三塁で一ゴロ。一塁手は本塁へ送球)では、一塁手→捕手→三塁手とボールが渡った後、投手が三本間に入ってボールを受けて走者を殺していた。

 捕手・大城和平の存在感も際立っていた。東恩納の良さを引き出すリードはもちろん、犠打の構えに釣られて飛び出した二走を矢のような送球で刺したプレーは、仙台育英の武器の一つでもある機動力への大きな牽制となった。須江監督はビハインド時の仕掛けが少ない印象はあるものの、通常は走者一塁で打者有利のカウントであれば積極的にスタートを切らせる。その須江監督がこの日、自ら仕掛けた盗塁は一つもなかった。

 ただ、仙台育英はこの試合で盗塁を1個記録している。初回、一塁走者の山田が、投球がショートバウンドになったのを見逃さずにスタートを切ったものだ。このスタートが見事だった。記録は暴投だったが、8回にも湯浅が同様の走塁を見せている。

 野球は守備側が取らなければならないアウト「3個」に対し、攻撃側が点を取るために進めなければならない塁は「4つ」。守備側が有利なスポーツだ。そのため、点を取るには長打を出すか、どこかでリスクを冒し、アウトを重ねず一つ余分に進塁しなければならない。その「余分な進塁」に対する仙台育英の意識の高さには改めて感服させられた。

試合前ノックの意味

 レベルの高さは試合前ノックにも表れていた。

 仙台育英はボール回しは実施せず、開始と同時にノックがスタートする。この日は外野手の合流後、須江監督はレフトに入った3人の選手全員に対し、クッション処理を伴う打球を打っていた。
 印象的だったのは、外野手のバックホーム(本塁送球)時に、背番号をつけた控え投手が捕手の後ろでバックアップを行っていたことだ。多くの学校はノック時にバックアップはつけず、居たとしてもベンチ外の補助の選手が「こなしているだけ」だ。だが、仙台育英は背番号18の控え投手と補助の選手が1球交代でバックアップに入り、肩の強さなどに応じて距離感も調整していた。形だけではないように思えた。

 そして、特筆すべきは内野手の無死or1死一、三塁を想定した中間守備だ。打球が強ければ二塁経由の併殺、弱くて前へのダッシュが必要であれば本塁で三塁走者の封殺を狙う。ポイントは受ける順序に決まりがなく、打球がランダムであることだ。実際のプレーではインパクトの瞬間まで、どこにどんな打球が飛んでくるか分からない。ノックだと「次はここに打球が飛ぶ(すなわち自分はこういう動きをすれば良い)」とあらかじめ決めつけているからできるプレーも、実際の試合ではそう簡単にはいかない。瞬時にどのような動きをすれば良いか判断し、実行する必要がある。これは個人で実行するだけでも難しいが、アウトを取るためには仲間と意思疎通を図り、同じプレーを遂行する必要がある。これが更に難しい(その補助となるのがJK…準備確認)。仙台育英のこの想定ノックからは、試合で起こりうる(失点につながりやすい)状況をケアすることに加え、できるだけ実戦に近づけようという意図も伝わってきた。

 試合前ノックは多くの場合、わずか7分間だ。この短い時間でできることは限られる。平均して5秒に1度打ったとしても、7分間(420秒)で打てるのはわずか84本。投手3人とブルペン捕手を除く14人がノックに入っていたとしたら、1人あたり6本の計算になる(実際は外野と内野が並行して進められているので、もう少し受けられるかもしれないが)。

 試合前ノックに限らず、少ない時間で何かをやるとなると優先順位を考えるはずだ。たった7分間で「仕上げ作業」を行う試合前ノックには、そのチームの守備における優先順位が高い内容、つまりそのチームが守備において重視していることが詰まっている。試合前ノックの限られた時間を割いてまで練習・確認をしたいプレーであれば、普段の練習でも時間を割いて練習しているはずだ。

 試合前ノックの「ねらい」は各校それぞれで良いと思う。仙台育英のように試合前の仕上げ作業をメインにしてもよし、グラウンドや風などの天候に慣れることをメインとしてもよし。どのような形であれ、惰性で取り組むのではなく明確な意図を持って取り組むことが重要だ。たかが7分、されど7分。その7分間に明確な意図を持てないチームが、それより圧倒的に長い普段の練習に対して適切な意図を持って取り組んでいるとは思えない。1球1球に明確な意図を持って取り組めるチームは、強い。

 実際、仙台育英は三回に1死一、三塁で中間守備を敷き、二塁経由の三ゴロ併殺を完成させた。強めの打球に対し、三塁手は迷わず二塁へ送球。二塁手もベースカバーに遅れることはなかった。試合前ノックで練習した通りのプレー…もとい普段の練習から何度も繰り返してきたであろうプレーを、実戦で成功させた。

 ちなみに、沖縄尚学は試合前ノックで無死or1死二塁(一、二塁かもしれない)を想定した二ゴロ、遊ゴロの三塁送球を加えていた。遊ゴロはまだしも、二ゴロで二走封殺のために三塁に送球する場面は果たしてどれくらいあるだろうか。もちろん可能性は0ではないが、無死or1死一、三塁などと比較すると限りなく低いはずだ。より失点につながりやすいのも後者ではないだろうか。恐らく何らかの意図をもって実施しているとは思うが、もし惰性で行っているのであれば、適切な優先順位を改めて考え、見直してみるのも守備改善の一つの手段なのかもしれない。そうすると、普段の守備練習への意識や取り組む内容も変わってくるだろう。

大逆転の裏側

 さて、大逆転の生まれた九回裏には一体何があったのか。沖縄尚学としては、なんとか踏みとどまる方法はなかったのか。

 大きな要因は東恩納の疲れだろう。140球を超えてしまった球数の多さはやはり課題だ。センバツでは持ち味を生かしつつ、どう克服し、変化していくかにも期待したい。甘く入ったボールを逃さずとらえた仙台育英の各打者は見事だった。

9回裏、仙台育英の攻撃
7濱田 左前打 無死一塁
8住石 右飛 1死一塁
9尾形 左越え二塁打 1死二、三塁
1橋本 一ゴロ失 1-4 1死一、三塁
2山田 右中間適時二塁打 2-4 1死二、三塁
3湯浅 中前2点適時打 4-4 1死二塁
4齋藤陽 中前適時打 5x-4

 守備の乱れもあったが、これは責めにくい部分でもある。尾形の左越え二塁打に関しても左翼手の追い方がまずかったのは間違いないが、正面のライナーで処理が難しかったこと、そして「長打警戒」でできる限り左翼手が下がっていた上でのプレー(やるべきことはやっていた)だったので、致し方ない部分があると思う。

 一方、防げた可能性があったのでは…と感じたのは、同点となった湯浅の中前2点適時打だ。

最善の選択

 場面は4-2と沖縄尚学が2点リードで1死二、三塁。内野(二遊間)は前進守備は取らず後ろに下がり(今夏の甲子園1回戦・京都国際-一関学院で一関学院が取ったのとは真逆の守備体型)、二遊間は二塁走者をケアした。3点目まではOK、4点目を与えないという意図が見えた。二遊間を後ろに下げることでヒットゾーンを狭くし、二塁走者もできる限り塁の近くに釘付けにする。これは最善の選択だったと思う。

 東恩納が遊ゴロを打たせたところまでは良かったが、打球はちょうど芝と土の切れ目で跳ねた。不運なイレギュラーだった…のは間違いない。ただ、沖縄尚学の遊撃・宮平はそもそも打球に対して追いつけていなかった。このときの遊撃手の守備位置は果たして「最善」と言えただろうか。

 4年前の神宮大会・高校の部の決勝「星稜―札幌大谷」の試合レポート(勝敗を分けた星稜の1年生ショート内山壮真の「詰めの甘さ」:明治神宮大会決勝「星稜-札幌大谷」試合レポート)でも触れたが、走者が二塁に居る際に二遊間がやってはいけないのが間を抜かれることだ。理由は沢山ある。中堅からのバックホームは距離が長く、送球もマウンドを越す必要があるため難しい。打席からの距離の長さゆえ、中堅手が触れるまでに打球が失速してしまう。また、二塁手と遊撃手はともに打球を追い、一塁手はもしどちらかが捕球した際の送球にも対応しなければならないので、カットマンが手薄になる。走者は自分の左側の打球なのでスタートが切りやすい…etc 

 別角度(バックネット裏から)の動画がTwitterにもアップされているので確認していただければ幸いだが、やはり宮平の二遊間のケアが少し甘く、やや二遊間を開けすぎていたように思える。イレギュラーこそしたものの、しっかりと詰めていれば正面に入ることができ、アウトにはできなくても打球を止めて二塁走者の生還までは許さなかった…可能性もあっただろう。

 あの場面で求められるのは、とにかく打球を二遊間で止めること。その1球が勝敗に直結するのであれば尚更だ。ただ、それはあくまでも「最善」であり、「最高」はアウトを取ること。半身(左足を引いた)の体勢をキープしてグラブを持つ左手の自由度を高め、イレギュラーにも柔軟に対応する…。もちろん後ろにそらしてしまうリスクも併存するが、イレギュラーを捌くにはそうしたプレーは必要になる。それを重要な局面でも出せるだけの技術、自信を持てるようになると、もっと良い結果につながるのかもしれない。

防げた進塁

 同点となった湯浅の中前2点適時打だが、沖縄尚学は中堅手からのバックホームの間に、打者走者(湯浅)に二進を許している。打球に飛びついた遊撃手が慌ててカットに入ろうとしたが、タイミング的に間に合わず、距離的にも難しかった。一塁手も、遊撃手がゴロを捕球できていれば送球が来る可能性もあったため、やや遅れるのは仕方がなかった部分もあった(それでもすぐにラインには入るべきだが)。明らかに遊撃寄りのゴロだったことを踏まえると、二塁手が柔軟に動けていれば(カットに入り、遊撃手が二塁ベースをカバーする)防げた進塁だったのではないだろうか。

 加えてこの場面、投手の東恩納も本塁のバックアップに行き切れていなかった(本塁付近で止まっていた)。体力的にも、精神的にも限界が近づいていたのだろう。この二進で勝負が決まってしまった感があった。

 最後の齋藤陽の適時打も、いずれにせよ本塁はセーフだったと思うが、中堅手の体勢を見て遊撃手が距離を詰めるなどの対応ができていれば、クロスプレーにはなっていたかもしれない。セオリー通りの動きはできていると思うので、二遊間を含めた内野手は、打球に応じて柔軟に対応していくことが今後の課題だろうか。

 しかしながら、この大逆転の一番の要因は、上でも記した通り無駄な失点を許さず、中盤以降を0でしのぎ続けたことだろう。特に八回、2死二、三塁から鋭いライナーをドンピシャでダイビングキャッチした左翼・濱田の守りは大きかった。これが抜けて6点差となっていれば、9回裏の攻撃も最低あと2人はつなぐ必要があり、逆転できたかどうか分からない。力のある中軸で試合を決めきることができたのも、失点を4点で食い止めていたからだ。

まとめ

 厳しいことも記したが、両校とも秋とは思えないレベルの高さであったことは間違いない。仙台育英は夏の優勝で一つ階段を上ったが、冬を越えるともう一つ上の次元に行ってしまうのではないか…。他の学校とは選手(チーム)の意図や意識のレベルが一段違うように感じた。だからこそ劣勢でもやるべきことをきっちりとできたのだろうし、ひっくり返せたのだろう。地力がある証拠でもある。

 沖縄尚学もバントの正確性、攻撃・走塁の確実性は目を見張るものがあった。試合前ノックでも指摘をした部分こそあれ、慣れない神宮球場での試合ということを考慮し、フライの時間を約1分半取るなど工夫や意図は十分に見られた。その成果が出た部分も大いにあったと思う。現段階ではやや守備に課題があるように見えたが、例年堅守が持ち味のチーム。個人的にはさほど心配はしていない。

 神宮大会は、秋を勝ち抜いたチームのいわば「ご褒美」のような大会だ。素晴らしい球場で、力のある相手と冬に入る前に戦えたのはどのチームにとっても良い経験となるであろう(仙台育英はまだ大会が続くが)。センバツでの楽しみが増えた。

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