青池勇飛
連載している『愚美人』をここにまとめています。ぜひご一読を~。
連載長編小説『楽聖』をまとめています!
現地で観戦した高校野球の記事を掲載しています。試合展開だけでなく、注目選手について分析することもありますので、野球好きには必見です!
私事ですが、昨年よりAmazonで小説を出版しております。 タイトルは『地獄の門』 ペンネームは使用せず、本名「青池勇飛」で出版しております。 https://amzn.asia/d/4SVP0Nf 面白い。泣ける。そして衝撃の結末であることは作者である僕が保証します。 おもんなかったらどうすんねん! という絡みはやめていただいて…😅 少なくとも僕の追い求める面白い物語、感動する物語として皆さんに届けたいと思える一作になったと思えたからこそ、今回は出版しようと決意したの
砂嵐のようなブザーの音に佐野はどきりとした。出前を取ったかつ丼が二つ、空になってテーブルに載ったままだ。蘭子はカーテンを開け、まるで縁側を眺めるみたいにブロック塀を見つめていた。そんな彼女を目の端に映し、心地よい昼の微睡みに身を任せていただけに、佐野は来客を煩わしく思った。 腰は上げたが重かった。うつらうつらするのは気持ちいいが、微睡みの滓は体に毒だ。何もかもを気怠く感じさせる。垂らした腕をぶらぶらと左右に振りながら、佐野は玄関に向かった。 ドアスコープを覗くと、鼻がき
4 カーテンの裾から朝陽が差し込んでいる。陽溜りはどんよりと重く、佐野を憂鬱にした。前と同じように玄関で眠った佐野は、木枯らしに吹き付けられる木の葉のように、ゆらゆらと部屋に入った。 蘭子がカーテンを開けたせいで、網膜が嫌に刺激された。鈍痛が、こめかみまで圧迫する。挨拶を交わすのも軽率な気がして、佐野は目を背けたとも会釈したとも取れる曖昧な動きをして、視線を床に落とした。敷布団が丁寧に折り畳んである。テーブルも、折り畳まれて壁際に収納されている。いつもと
3 下り始めた夜の帳に洟をすすった。昼間はまだ温かく過ごしやすいが、日没が近づくと、ワイシャツにジャケットを重ねただけではさすがに冷える。しかし昼間に外出する機会のある佐野は、衣替えの時期を見極めている最中だった。仕事中の発汗は、あまり好きではない。 この季節は、本当に厄介だ。何年生きていても、激しい寒暖差には体が慣れてくれない。昔から季節の変わり目にはよく風邪を引いたが、社会人になって一人暮らしになってからというもの、本格的に紅葉が始まるこの時期には毎
2 頭が重い。眠れたような眠れなかったような、胸を焚きつける不快感が残っていた。だが、睡眠を取ったのは確かだった。最後に見たのは青黒い空を電灯がぼかしているところだった。気がつくと、閃光が放たれたみたいに眩しい陽光が佐野の目を覆っていた。 蘭子は起きていた。何をすることもなく、しかし悪びれる様子の一切ない、まるで自分の家にいるみたいに挨拶を寄越した。服は着ていた。 なかなか入眠できなかったのは、やはり蘭子が気掛かりだったからだ。それでも浅い眠りにつけた
第一部 1 全裸の女が立っていた。空は今にも冷たい雨を降らせそうだった。木枯らしに身を晒す白い肉体は、まるで曇天を羽織っているかのように見えた。木枯らしに刺されても、身じろぎ一つ見せないからだ。 佐野彰人は、ロングジャケットの襟に首を竦めた。 銅像みたいだ、と佐野は思った。冷気に裸を撫でさせている、からだけではない。十メートルほど離れた場所からでも、色塗られていないが綺麗な足の爪をしているのがわかった。長い脛は骨張っているが、その分分厚いヒ
前回はピアニストの挫折と苦悩、どん底から再生していく長編小説を連載していたわけですが、今度は中編小説を連載します。 タイトルは『愚美人』 その名の通り愚かな美人が主役の小説です。センシティブな場面もありますが、今回はそういった場面も制限せずに公開しようと思います。 衝撃的な冒頭、ただひたすらに死を求め続け、半狂乱のまま自殺未遂を繰り返す。そんなヒロインの背負った人生を、どうか最後まで見届けてやってください。
5 ホール内客席の照明が点灯し、古都フィルハーモニー交響楽団が舞台袖に消えていくのをモニターで確認して僕は立ち上がった。白いシャツの袖口のボタンを締め、燕尾服を羽織り、襟首を正した。姿見で髪形、服装などを点検してから楽屋を出た。 アーティストラウンジに出ると、奏者たちが各々楽器の手入れや水分補給をしていた。その中で、クリスティーヌは一際険しい面持ちで椅子に腰掛けていた。モニターで見ていた限り演奏は上出来だった。やはり緊張が抜けきらないのは客席に座る父親を
4 稽古場での最後の稽古を終え、演奏を稽古室で聞いていた古都フィル関係者らが一斉に拍手をした。その拍手は本番の成功をすでに見据えており、楽団の新たな船出への大きな期待が表れていた。僕自身、この一カ月余り『聖人』の指揮を振りながら、交響曲の予想以上の出来栄えに満足していた。あとは本番を迎えるのみである。 しかし僕の中では、濃霧のように立ち込める何とも気持ちの悪い感覚が蟠っていた。事件を起こして以来何の音沙汰もないフィリックスのことだ。今日まで何度も連絡を取
3 五条千本の交差点を東に進み、少しして目的地に到着した。五条通りから路地に入ったところの駐車場にスクーターを駐車し、大通りに面した正面玄関から建物の中に入った。 古都コンサートホールの建設と並行して行われていた古都フィルハーモニー交響楽団の稽古場。それがここだった。ホールのほうには二度足を運んだけれど、稽古場に来るのは初めてだった。こちらはホールよりも一足早く完成したのだった。楽団の楽器や楽譜などはすでに移されているそうだ。稽古場というと壁のベニヤ板が
2 年が明けて一週間が経ち、年末年始の慌ただしさが薄らいできた。まだ正月気分の抜けきらない中学生たちが大きな欠伸をしている。大きく開いた口からは濃い白色の息が十センチほど吐き出ていた。不思議なもので、誰かが白い息を吐き出しているのを見ると自分でもやりたくなってしまう。僕は、はあー、と口を真四角に開けることを意識して息を吐いたのだけれど、予想していたほどはっきりとした白色にはならなかった。 音楽準備室に置いていた私物は年内に段ボール箱に詰めていた。そのため
第四楽章 1 「酷いザマだろう」 病院から支給される水色のジャージ姿でマキシムは言った。顔には殴打されてできた痣が青々と残されていて頭には包帯が二重に巻かれている。首からぶら下げた包帯の輪には、ギプスで固められた右腕が収まっていた。その他にも、足や背中など今は確認できない箇所にも傷を負い、全治三ヶ月と診断されたそうだ。 僕は茫然としてしまって、躊躇いがちに頷くことしかできなかった。 「犯人の顔は?」 「見ていない」 「犯人に心当たりは?」 「
6 「交響曲を書いたらしいな。フィリックスから聞いたんだ」僕を見下ろしながら、マキシムは言った。「ヘア・タカツジから杮落としコンサートの招待状が届いている。二部の内容が伏せられていたから少し興味を持っていたんだが、まさかおまえだとは」 「お気に召さないかい?」 居心地の悪さを覚えながら僕は笑って見せた。まさか古都コンサートホールの杮落としにマキシムが招待されるとは思ってもみなかったので少し動揺している。マキシム一人の存在で三ヶ月後のプレッシャーがかなり増し
5 年の瀬が近づいてきたからか、来週から始まる期末試験に急かされてか、生徒たちの表情にはどこか余裕がなかった。寒さに顔を歪めた一年生の女子生徒がぶかぶかのブレザーで萌え袖になっているのが可愛らしかった。 階段を上がっていると、すれ違う生徒が会釈を寄越したので僕も返した。何気なく向けられた会釈にふと立ち止まり、僕は生徒のほうを振り返った。生徒は僕のことを気に留めるふうでもなく、友人と談笑しながら階下に向かっている。それを見て、みんなは僕の耳のことなど忘れて
4 風に揺られた黄金色の紅葉がゆらゆらと燃え盛る炎のように見えた。炎のように見えるけれど、厳めしさは微塵もなく、黄金を紡ぎ出す赤と黄色の葉が絶妙に調和している。色づいた山からは壮大な自然の美しさが感じられ、見事と言うほかなかった。自然に圧倒された時、それを表現する言葉など見当たるはずがない。そもそも、表現しようとすることが愚かなような気がした。 ぼんやりと薄紫に染まる空を背にそびえる嵐山を眺めながら、僕は堀江先生の仕事が終わるのを待った。 紅葉を迎えた
3 知里を教室に帰してから、僕は音楽準備室のデスクに向かった。知里が個人的に僕の元を訪ねるなんてずいぶん久しぶりだった。目の前で僕の変化を目の当たりにし、心に戸惑いがあったらしい。まだ中学生なのだから無理もない。現実を突き付けられた時は、大人であっても戸惑い苦しむものなのだ。 しかし今日の知里は清々しい表情で音楽室にやって来た。彼女によると、模擬試験で志望校の合格基準点に到達したらしい。吹奏楽部の練習に合唱の伴奏と、この数ヶ月間、知里は多忙を極めていた。