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偏りを愛せる居場所を探して

家庭内事情により、家業を一時休業することになりました」と先日Facebookにて投稿したらコメント、メッセージを思いのほか多くいただきました。いつも1人で考えふけることが多く、友達なんて僅かしかいないと思っていたけれど、こんなにもぼくのことを心配してくださっている方がいるのだとただただ驚きました。

バタフライエフェクト」という一羽の蝶の羽ばたきが地球の裏側の気候にも少なからず影響しているように、「わずかな力が変化を起こす」という意味の言葉を人前で話すときにたまに使うのだけれど、独り言のような発信でも続けているとどこかの誰かはみてくれているんだなと身をもって実感しました。

そんなぼくを陰で支えてくれる人達の優しさに背中を押されたので、普段は人に語らない負の経験を書き綴ってみます。心の痛みと向き合わないと次の一歩へ進めないので、負の経験と向き合うことはいつかの喜びに繋がるはずだろうと信じて。

幼い頃からアトピーやアレルギーを持ち、今は以前よりマシになりましたが、入院や手術ばかり繰り返し、「どんだけ診察券もっとんねん」ってくらい病院通いしてた虚弱な子どもでした。

家庭環境は4人姉弟の3番目長男。父方も母方も事業を営んでいた家庭で育っていて各々が自由な気質を持つ家族です。幼い頃からは両親や母方の祖父母間での争いの絶えず、物心つく頃からそれを傍目で見ていると、徐々に大人になる事を恐れていく自分がいました。

10代の半ばでの両親の別居、20歳の時の両親の離婚調停、両親や祖父母間の争いの仲介役。

そんな経験をしていく中で「自分が産まれなければこんな経験はしなかったのに」「お金よりももっと大切なものがあるんじゃないか」と数々の葛藤を感じ悩み続け、想いの消化の行く末が時には社会への反抗へ向いてしまう時期も少なからずありました。

そんな中幼いながら悟ったことは
人の感情や行動は変えられないけれど、自分自身は変えられる。」

「家族は変えられなくても、産んでもらった感謝は忘れないでおこう」と。

高校と専門を親に黙って中退届けを出したり、10代の頃から30社ほどの職を転々とした事もあるし、ある時は面接に20連続落ち続けることもあったし、グレーなビジネスに足を突っ込み借金を作ることもあったり、働きすぎて半年で10kg減し死にかけたこともあるし、原因不明の腫瘍ができたこともあるし、奈良の宗教施設へ修養する為に入ったこともあったりと数々の経験をしてきました。だからこそ思うのは「振れ幅が人生の軸をつくる」ということ。「偏りを愛せる居場所」を作るのがぼくの夢でもあります。

ぼくがソーシャルな方向へ力を注いでいるのも、社会貢献が目的とゆうよりは過去の自分と向き合うためであります。「はじっこにいたからこそ、はじっこの人の気持ちが分かる」と先日お会いしたマザーハウスの山口絵里子さんがおっしゃってましたが、まさにぼくの行動の原点もそこにあります。

決められた枠組みにはまろうとしても、はみ出してしまい、誰かが過去に決めた常識を盲信せず打ち壊してしまう。そんなめんどくさい性格があるからこそいま本気で再就職に難を抱えています(笑)

祖父母との対立や家族内の争いを終息させるリセットをかけたいが為に家業を離れることになりましたが、家族内でも「尻切れとんぼ」と言われ続けたぼくがこの2年間、超マルチタスクに宿の運営をまったくの未経験から行ってきたことはきっとどこかで役立つ時が来ると思っています。

売り上げ、利益などの定量的な視点だけで事業をみるのではなく、地域やお客さんとの繋がりといった社会関係資本、環境への配慮、未来へ何を遺すのか、といった定性的な視点を持つことも必要だと思う僕の考えと祖父母の考えが折り合うことが厳しかったのと僕の癇癪持ちが今回の一番の原因だろうと思っています。

あまりの突然の出来事が影響してか、少し鬱のような状態が続いたので精神科にかかることもありましたが、いまは正常になってきてます。

大塚家具のお家騒動や星野リゾートの過去のハードランディングの話などを聞いて、「自分の家だけとちゃうんやな」と安心しようとしてる状況ですが、、、笑

「偏りを愛せる居場所を作る」という夢のために今の状況を乗り越えて次のステップへ進めたらとおもっています。

少し長くなりましたがこの辺で。
もしここまで読んでいただいた方がいたのであれば嬉しく思います。ありがとうございました。

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