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いつも見ているのに触ることができない

海の水、という意味のアクアマリンという名の宝石がある。
誕生石としても有名だし、明るい水色で比較的大きな石や上質な石でもそれほど高額にならずに手に入れることができるので、親しみやすい存在でもある。

実は、アクアマリンはエメラルドと同じ一族の鉱物だ。
色が違うというだけで、イメージとしてはいとこ同士くらいの近しさ。
同じベリル一族である。

エメラルドは実はとてももろくヒビだらけの宝石で、それに比べてアクアマリンは大きくても透明で色も美しいものがとても多い。

特に大事なのはその色。
水色を標本にしたらこうなるだろうという色だ。

しかしきっとこの石が日本で名付けられていたら、アクアマリンという名にはなっていなかったと思う。
日本の海の色ではない。
この国でいうなら、きっと空色が最もアクアマリンにふさわしいのではないかと思う。和名は藍玉(あいぎょく)。藍染めの藍だ。
藍染めも濃いものから薄いものまであるけれど、アクアマリンは甕覗きと呼ばれる最も薄い水色じゃないかと思う。
最も濃い藍染色だと、ラピスラズリやブルーサファイアあたりだろうか。

私たちはすっかり忘れているのだけれど、色が透明な状態で存在することというのは、非常に珍しいことなのだ。

色というのは不透明なものがとても多く、それは色というのが「分解された光の残滓」であるという仕組みから発生している。

だから、大自然において透明な色というのはあまり多くなく、それこそ大量の水、それこそ湖や海、あるいは空のような、どうやっても手に取ることのできないものにしか存在しなかった。
海の色がどれほど美しい水色でも、手ですくえばただの透明な海水がそこにあるだけだ。
だから、自然の中で最初から透明な色を持つもの、つまり鉱物の結晶はいつの時代も非常に珍重された。

現代では透明な色を持つものはたくさん作り出されるようになったけれど、それらが作り出されたのは「透明な色」への憧れが原動力に加わっていたことは間違いないと思う。

ちなみに、ベリル族のほかの石たちも基本的に色で名前が変わる。
緑がエメラルド、水色がアクアマリン、ピンク色はモルガナイトだ。モルガナイトはあまりなじみのない名前かもしれないけれど、その名はモルガン財団につながっている。とってもアメリカっぽく資本主義な気配があるが、その通りであり、それだけではまとまらない天才鉱物学者とぽっと出の宝石商の話につながっていく。
その宝石商、ティファニーっていうんですけどね。
モルガナイトも、質の良い石は非常にうっとりするロマンチックさがある。

アクアマリンの中でも特級品といわれているのは「サンタマリア」と呼ばれている深い水色のもの。
くっきりと遠目からも水色が際立つのがよりよいとされる色で、薄いほど希少価値は下がる。遠目だと透明な石に見えちゃうのは「透明な水色が欲しい」人間の欲を満たすことはできないわけです。
逆に言うと、色の薄い透明に近いアクアマリンはそこまで高額にならないので比較的手ごろな価格で手に入れることができます。

また有名なのがアクアマリンの別名「夜会服の女王」。
真昼の自然光より、夜の陰りと人工の照明光線のほうが生き生きと輝くのがアクアマリン。(なので撮影むきで、同じ光線でサファイアなどを並べるとサファイアがただの黒い石に見えてしまう事もある)
宝石は、石そのものを楽しむというよりは、「光を手に入れる手段」である場合が多い。
色も光の一種なのだけれど、もっと明確にあのキラッと輝く、あるいはふわっと浮かび上がる明るさのような、そういう光を、自身で触れる実体のあるモノとして手に入れたいと願っている場合が、とても多い。
照明の光でよく光るタイプの石は、自然光だと輝かないというわけではなく、人工照明だと本領を発揮する二面性があるという方があっている気がする。裏表があるキャラクター。

パワーストーンとしても人気があるのだけど、実はアクアマリンは結婚運の石であったりします。結婚後の家内安全なども範疇らしい。
もともとは船乗りが海に沈まないように海の色をした石を持つというお守り石という使われ方が多かったようですけども。
結婚式にサムシングブルー(何か青いものを)を取り入れる人にも、アクアマリンは宝石ならではのクラス感を与えてくれる。
婚約指輪にアクアマリンを使うのもなかなか素敵。ちょっとクラッシックな気配のある石だけど、水色はいつの時代もどこか最先端というか新しい気配を持つモダンさがある。
(婚約指輪も結婚指輪も、別にダイヤモンドである必要は全然ない。ダイヤじゃないとマナー違反とかルール違反とかないので大丈夫です。誕生石を入れる人もいる)

アクアマリンは、絶対に手が届かないものに触れたいという思いを受け止める。
水色、空色、海色。
いつも身近に見ているのに、圧倒的な量があるのに、絶対に手に入れることができない色をぎゅっとかためて小さく光る。


ゆるふわ宝石商のジュウリー綺譚。
ジュエリー用のビジネスアカウントに載せる前の下書き原稿です。
こういうのをまとめて5月の文フリ東京に出る予定です。

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