自分の市場価値を高めたいっていうのは「いい奴隷になります」宣言と同じじゃないのかな

自分を安売りしてはいけないというのはごもっともなのだけれど。
じゃあ高く売ればいいのか?というと、「いい」らしい。
でもこれに私はものすごく警鐘を鳴らしたい気持ちになる。

私が自力でビジネスを回してそれで食っていくようになって、はじめて世の中の事が見えるようになった。すべてではないけれど。
ずっと同じ日本語をしゃべって同じ義務教育を受けて育った人たちの世界にあるのに、ビジネスを動かすようになったら見えるものがかなり変わってしまって、外国に移住してしまったような気持ちになる時さえある。

「月商と月収は違う。年収と年商も全然違うんだ、お前はもう帰れ!!」
「働いたうちの半分国に納めるんだから、半年間タダ働きしているようなもんですよ」
「会社員でしょ、銀行どんどん金貸してくれるよ、あなたに価値があるなんて誰も思っていない、所属している会社に価値があるんだよ」

世の中こういうふうに動いていたんだね。知らなかったよ。

脱社畜っていって、自分の市場価値をあげていこうっていうやつも、気持ちはすごくわかる。やり方はクソダサいけど、ちょっと今までとは違うやり方で「高い奴隷」になろうというあれだ。
普通は、東大とか有名な大学を出てます、英語しゃべれます、なんとかの免許持ってます、といって「高い奴隷」として売り買いされるわけです。
それができない低学歴で低能な人でも、その個性を生かしてウケるコンテンツにできたら「高い奴隷」になれますよ、みたいな話なんですよね。
(言葉は悪いけど。ごめんね)

きっと目指している先は違うんだろうけれど、作ってある道は結局誰かの奴隷になるための養成所であることには違いがないと思う。
これが、私が商売をはじめて見えるようになった、新しい世界の在り方です。

ある意味それしか道がない、というのも、残酷な現実だと思う。
そして、高い奴隷が裕福に幸せに暮らしていて、それがとてもいい事に見えるというのも、また事実だ。

だけど、気を付けてほしい。

高い奴隷に全員がなれるわけではない。(少なくとも私はなれなかった)
そして、奴隷として売り込んで成功したらいいけれど、失敗したら、徹底的に搾取されるだけの奴隷になる。(私はこれだった)
ほとんどの人が、搾取されるだけの「普通の奴隷」になっている。奴隷として市場にでちゃったから。

自分を高く売ろうというのは、結局は奴隷として生きるという宣言に他ならないと思う。それを分かってやっているのだろうか、というところが、とても引っかかるのだ。
だってそういう人たちが書いているブログとかは「誰にも縛られず自由に生きて稼ぐ」とかいう題名がついていることが多いんだもん。矛盾しすぎている。

奴隷じゃない生き方もあるとは思うが、こと経済に関しては、どこかで働いてお給料をもらうというスタイルがとても多く、よい奴隷になる方が効率がいいし、社会的にも認められやすい。
奴隷であることは、社会の安定に寄与している。
だから、奴隷をやめろとは思わないです。いきなりやめたら路頭に迷うし、そうなってまで奴隷を疎む必要はない時代です。高い奴隷を目指すのもいいだろう。それが幸せへの最短距離かもしれない。

でもね、魂の自由まで失う必要はないんじゃないの?ってことです。

高い奴隷になろうと努力するのは、「社会的に向上心のあるよいこと」とされる。
それは誰にとってだと思う?
あなたを安く使ってやろうという側の人間、既得権益側の人間のいい分なんですよね。そこをよーくかぎ分けなくてはいけない。

高い奴隷として大切に扱われて幸せに暮らすというのも成功した生き方だと思う。でも、多くの人は、高い奴隷にはなれない。既得権益側の人間にいいように使われる安い奴隷なのだ。だからこそ、高い奴隷になろうと必死に頑張る。
それは、すごくわかる。本当にすごくよくわかる。

でも、最初から奴隷的な生き方に憧れている人って、そんなに多いのかなと思う。

それがいいとされているから憧れているだけ、鼻にかけているだけで、実際には奴隷っぽい生き方がいいとは思っていない人だって結構いるんじゃないかなって思う。
仕事なんて、おまけというか。
本業が副業というか。
本業は趣味だったり、創作活動だったり、犬の散歩だったりする人の方が、圧倒的に多いんじゃないのって思うことが、たまにある。
本業はナンパとセックスみたいなやつもいるけど、それも人間という動物としては王道過ぎる本業だ。

誰かの奴隷になる事が立派なこと、なんて考えは、「誰かを太らせるため」でしかないぞ、ってことだ。
それがやりたいことならやればいい。でも、別に全員が市場価値の高い奴隷になるなんて、どうかと思う。

低学歴で低能であっても、才能は溢れている。
トム・クルーズは学習障害で文字を読むことができないというのは有名な話だけれど、一見勉強ができないとされても、才能がないなんて事は絶対にない。その人なりの才能が必ずある。
それを、別に高い奴隷になるために無駄遣いする必要はないんじゃないかと思う。

そりゃ、お金になったほうがいいとは思うけど。
でもわずかなお金にするために、もっとひどい事になっているケースはすごくたくさんある。
わずかなお金につられて詐欺にあう人はすごく多い。詐欺師は貧乏人を狙ってくる。そのほうが楽で効率的だからだ。私の家族は詐欺にあったことがある。詐欺にあってしばらくは地獄の様相だったという。
私自身もとても人に言えないようなことはあった。
端的に言って、地獄だ。わかりやすく地獄。

高い奴隷になりたくて苦しむ人の気持ちは、わかる。すごくわかる。
そうやって努力して高い奴隷になった人が、「お前らもこうしたらいい」というのも、わかる。

でも、そもそも奴隷のような生き方がいいのかどうか、ということを、少しだけ心に留めておいてもいいんじゃないのかなって思う事がある。
自由だ、リッチだ、幸せだと煽っている側が、なんの利益も持っていかないなんて事あるわけない。彼らの養分になる覚悟はあるだろうか?
少なくともどうせ搾取されるなら、私はより良い社会になる方向に、搾取されたいと思う。どうせカモになるのなら、クズな小悪党に食われるのは嫌だ、より社会に寄与することか、自分にとって名誉な食われ方をしたい。

何を言いたいのかというと、自分の市場価値を高める、というのは、けしていい事だけではない。根本的に間違っていることだってある。

ということだ。
そしてどうしたらいいのか、というのは、私なりの道は見えているけれど、それが全員に意味のある普遍的なものかどうかは全然わからない。

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自分の市場価値を高めたいっていうのは「いい奴隷になります」宣言と同じじゃないのかな

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貯金ゼロから二回起業した人の金の話

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