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冷え性 Sensitivity to cold

人間に温もりがあることは生きるうえでの唯一の掬いだと思う。性愛に興味は無いけれど他人に触れて体温があることを確認するとなんだか生きてる心地がしない?人が肌を触れ合う行為には思考が介在しない何か意味のあるものが隠されているような気がする。

温もりを感じることは傷つけられることに似てる。あなたの手の冷たさがわたしを傷つける。

残酷なのよ。だって、たとえ感情が機能しなくなったとしてもあなたの手が冷えているのなら、わたしはその手を今すぐ温めてあげなきゃいけない、と否応なく思ってしまう。

わたしは、それがつらい。

体温なんてもの人間に存在しなければよかったのに、と思う。口の中を甘噛みしてしまったときのように違和感だけがそこに残る。小さな引っ掻き傷を腕につけるとそこから長い時間をかけて徐々に蝕まれていく、そんな痛みが一番痛くて、そして気持ちが良い。そうだろ?

・・・ぽた、ぽた。

裂けた傷口から朱殷色しゅあんいろの生温い液体が雨水のように滴り落ちるのを観察する。あたたかい、とわたしはおもう。わたしの身体からあたたかさがどんどん逃げていく。そしてゆっくりと、あたたかさを溜め込めない身体になっていく。

私は死にかけていた。私は出血していた。医者は言った。「永遠に出血することはありえません。血が出つくすか、どこかで止まるか、どちらかです。永久に出血するってことはありえない」

それでもわたしの場合には、永遠に出血するみたいに思えた。

ねえ、わたしは死にかけているのよ、

雪上に身を横たわらせてゐる。周りの雪は体温によってゆるやかに融かされてゆく。あたたかさは次第につめたさに変わる。そこには底冷えしたように刺々しく無慈悲で、透きとおったわたしの身体だけが残ってゐる。

雪は銀白色をしているとおもっていた。
でも人間が歩いて踏みにじった後の雪はまるで血飛沫みたいに斑々とした泥土で、汚れきってしまっている。もっと深淵へ誘ってくれ、とわたしはおもう。もっと深く沈めよ、と。まだ踏み躙られていない雪をどうか、わたしにみせてくれませんか、真白な雪が血月で染められてしまうまえに。

⿴⿻⿸

ひとに興味が無い、とあなたは言う。
知っている。みんな精神の冷感症なんだ、とぼくは言葉を付け加える。
「あきらめた方がいい。何度生きるという行為を積み重ねたとしてもOrgasmはやってこない、きみには圧倒的に"何かが"欠けている、ということを知っていくだけだ。」
無意味な生行為せいこうい
「そうだ。」
「してもしても満たされない。」
「そうだ。」
「どーせ掬われない。」
「そうだ。」

正直な人ね、とあなたは言う。
そうだよ、とぼくは答える。

⿴⿻⿸

つめたい風がどどうと吹く。土手の草はざあざあ波打って、裸木は空間を裂くように左右に揺れている。それは切りたくても切れないものを「切りたい」と密かに祈っているわたしを見ているみたいだった。

蟹の爪のようなこずえの先端に付いた青葉が枯れて堕ちる。わたしは何もかも振り落として生きてきたはずだったのに。あとは、空気のようにあたりまえにそこにあるものをただ切るだけなのに。どうしてもそれを躊躇ためらってしまうのだ、

⿴⿻⿸

わたしはあなたが動けないように両腕を掴む。きみの"かわいさ"を盗みたいだけなんだ、とぼくは言う。やめて、はなして、と抵抗している。でも動ける筈がない、きみとぼくには圧倒的な力の差がある。"ぼくはどうしたって男なのだ"、しようがないのだ、

あなたは息を切らして、わたしをまっすぐに見つめてゐる、わたしと同じ眼で
そうそう、それだよ、きみはもっと忘我の境で彷徨うべきなんだ、狂えばいい、もっと、

あなたはわたしの両腕を掴み返す。
窓から射した斜陽が、あなたの頬を紅く灯す。
「こんな生行為を繰り返して何になるの」
と陰険な横目で睨みながら、掠れた声でそう呟いている。

きみは乱れた髪を直そうともしないで
ただ何も言わず、わたしの首を噛もうとする。
ぼくは目を瞑って「きみの好きにすればいい」と空虚な言葉を返す。

「きみに殺されるのならしようがないよ」
と、虚ろな眼をしたぼくが言う。
「そのコトバ、誰にでも言ってるんでしょう」
と、憎悪に満ちた眼をしたあなたが言う。

「よくわかったね」
その言葉を発する前にはもう、わたしの首を思いっきり噛んでいた。きみは胸元に垂れていた長い髪を背中にやって、血管の浮き出た白くて細長い首を露わにさせる。

噛まれた場所がジンジンと痛んで、ゆっくりと熱を帯びていくのを感じる。あったかい、とわたしは思う。生きている、とわたしは思う。

あったかいでしょう、とあなたはわたしの思考を読み取ったようなことを言う。あたたかいよ、とぼくは答える。でもね、ときみはぼくの言葉を遮って、深い沈黙の後にこう言った。

あたたかさはいつかさめる、さめればまたあたためたいと思う、あなたの手が冷えていて、わたしの手があたたかいのなら、あなたはまたわたしの体温を思い出さないといけない、そしてそれもいつかは忘れてしまう、そしてわたしじゃない誰かの手に触れてあなたはまたわたしの体温を思い出す、

あたためることは、傷つけることなんだよ、
わたしを忘れないためのみえない傷なんだよ、


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