Re: 往復書簡という言葉の持つ特別な響きについて

前回の内容はこちら


堀元君

もらった手紙、懐かしいですね。手元をちょっと探したけど、見つからなかったので、後日ちゃんと探します。

さて、返信しづらい内容でしたね。

往復書簡というと思い浮かぶのは、昔の著名人などの書簡です。

伝記や歴史書物なんぞに、ちょくちょく出てくるやつです。

私は、大学時代に1900年代前半の量子論黎明期の科学史が好きで読み漁ってましたが、当時の人々は実に様々に量子論を受け取りました。量子論自体への反感、量子論の解釈での対立、などなど。そして、それらの思い、読んだ論文の感想などを手紙でやりとりしました。手紙が、当時の科学界の量子論の受け取り方を映し出すわけです。

また、ローマ帝国史も好きですけど、紀元前の共和国から帝政への移行期(「ブルータス、おまえもか」のカエサルが有名でしょうか)には、文筆家として現代でも有名なキケロがそれはもう方々の友人にあてて手紙を書くわけです。この手紙があることで、共和制から帝政へと移行するローマの貴族たちの反応、当時の情勢が分かるわけです。

ちなみに、キケロの手紙は友人の一人アッティクスが書簡集として出版しています。キケロは文筆家・政治家であったので、その価値はただならぬものではありますが、書簡を公にする行為は紀元前からあるわけですね。ただ、アッティクスは自分の返信を書簡集に入れていない(はず?)ので、これは「往復」書簡ではないですが。

と、思いつくことを書きましたが、やはり手紙は後世に残る形と、個人的な内容とを併せ持つ面白い資料だなと思うわけです。書いた時点で、公にする意図はなく、しかし往復に時間を要するからこそ、推敲がなされる。

手紙文化が廃れていくように思われる現代に、こうした資料的な側面を補う代替物はあるのでしょうか。

後世の人は、現代を掘り起こすときに何を参考にするのでしょう。

最近の伝記ものというと、ジョブズの伝記あたりが浮かびますが、ジョブスの手紙なんて載ってましたっけ。周囲の人々へのインタビューを主として構成されていた気がしますが、あれは直近の話題でないと無理ですね。100年後にジョブズの伝記を書く人は何を資料にしてジョブズ個人を掘り下げるでしょうか。

うーん、脈絡がなくなってきました。

後世に伝記を書いてほしい人は、手紙や日記をまめに書いておくのが良いのでしょうね。

堀元君は、日記なぞつけているでしょうか。

2018年4月20日 酩酊結城


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?