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ミニシアターでバイトする私と『VA-11 HALL-A』

Time to mix drinks and change lives.
一日を変え、一生を変えるカクテルを! 

そんな一言で、このゲームは始まる。

「ゲームと人生」というテーマで、私が選んだのはVA-11 Hall-A: Cyberpunk Bartender Action』というゲームです。

この仕事をしていると、「あなたの一番好きなゲームは?」とよく聞かれるのですが、そのたびに私はこのゲームの名前を挙げてきました。
「面白いゲーム」なのは当然ですし、「面白いゲーム」なら他にもたくさんやってきました。
その中でもあえてこれを選んだのは、プレイ当時の生活も含めた「思い出補正」がかかっているのではないかと思います。今回、素敵な機会をいただいたので、その思い出を振り返ってみることにしました。

話は大学時代まで遡ります。

大学時代

私は高校時代から演劇をやっていて、大学でも舞台系のサークルに入っていました。俳優になりたいとか、そういうキラキラした夢があったわけではありません。
当時4年生の先輩が放った「ここは酒なんか飲めなくてもやっていける!女の子もいっぱいいるぞぉ!」という発言を真に受けて入ったのです。
(それ以降ぱったりと女子部員が入らなくなり、部室が男塾のような雰囲気になるのはまた別の話)

少しだけ、私の父についてお話しておきます。
飲み会の多い会社で営業マンをしていた父は、深夜に顔を真っ赤にして帰ってくることが多く、無理やり飲み会に参加しては肝臓を壊し、ときには救急車に運ばれ、いつも二日酔いで顔をカオナシくらい真っ白にしながら出勤していました。

「お酒を飲むと、あんなんになるよ!」
私はことあるごとに母からそのように言われ、その結果、知らず知らずのうちに「酒=悪」という方程式が脳みそに刷り込まれていきました。
それから何年か経ち…カオナシの血を色濃く受け継いだ私は、酒の飲めない大人として健全に育ちました。


それはさておき、そんなたまたま入ったサークルで、私は舞台の持つ魅力にどんどんとハマっていきます。自分が書いた脚本を自分で演出し、人手が足りなければ自分が役者として舞台に立つ。舞台という「無の世界」から「無数の世界」を創りだすその過程に言いも知れぬ幸せを感じていました。

4年生になり、就活も一段落ついた頃、私たちは着々と「卒業公演(引退した4年生が主体となって行う最後の公演)」の準備を進めていました。
飛び抜けた才能をもって劇団四季に入ったり、そのままプロの役者になった人もいました……
が、大半の人たちはこれを最後に舞台から離れていきます。文字通り、これが人生最後の舞台となるわけですね。

そんなある日、誰かが「どうせなら、本格的なカメラで撮りたい」と言い始めました。それまでの私たちは手持ちのハンディカメラを三脚で固定するだけという「運動会のパパスタイル」でしか撮影を行ったことがありませんでした。かといって、自前で高いカメラを買う余裕もない。
悩みに悩んだ挙句、私たちは同じ学内の「映画研究会(映研)」というサークルに声をかけることにしました。海外撮影も行う本格派集団として有名だった「映画研究会」は、黒い噂も絶えない怪しいサークルでもありました。「1回も映画を観ずに卒業するただのヤ○サー」とか「奴らに3階からゲ○吐かれて顔が○ロまみれになった」とか「入部時に部長が審査してるから可愛い女の子しかいない」とか…そんな奴らにお願いして大丈夫なのか…?
そう不安になりながらも、実際に私たちがお願いをしに行った時は案外(1秒に1回、「岩井俊二はすごい」と言う人以外は)普通の人たちしかいませんでした。

交渉がまとまり、映研の部室を出ようとしたとき、私は出口のそばにある物を見つけました。
取っ手の部分に引き金のようなものが付いていて、引き金を引くとカタカタと中のフィルムが回りだす謎のカメラ。あまりの物珍しさに、私は思わず「なにこれ?」と部員に話しかけていました。

「8mmカメラ」──映写に免許資格が不要で取り扱いが簡単ということもあり、80年代にビデオテープに代替されるまで広く使われていた昔のカメラ。
扱える人もすでに卒業し、ホコリを被ったまま部室端っこで眠っていたカメラに、私はなぜか心魅かれてしまいます。ペタペタとカメラを触りながら「へー」とか「ほー」とか言いながら、突っ立っている私。そんな変人を追い出そうとしたのか、映研の部員が

「確か、あそこなら詳しい人がいた気がする」

と言って、私にとある映画館を紹介してきました。

大学卒業後

大学卒業後、私は予備校で英語講師として働き始めました。
教えることが好きだったのと、学生時代にやっていた塾講師のバイトが楽しく、教育関係の仕事なら向いてるかもしれないと思ったからです。

話は飛んで、ある年の年末。実家に戻った私は、暇つぶしに面白そうな映画を探していました。
その時、ちょうど『エルネスト』という映画が公開されており、『モーターサイクル・ダイアリーズ』という映画が大好きな私は「チェ・ゲバラと共闘した日系人の生涯を描いた作品」というそのあらすじに興味を持ちます。

ネットで上映館を探し始めて、数十分が経過。
どうやらマイナーな映画ゆえに、大きな映画館では上映されていないことが判明します。
「県外に出ないとやってないか…」
諦め半分で上映館を探していると、検索に一つの映画館が引っかかります。

VA-11 HALL-Aとの出会い

私がゲーム翻訳という仕事をするに至るまで、大きなきっかけとなったゲームが2つあります。
1つはMOBAジャンルの大作ゲーム『Dota2』
(このゲームに関するエピソードは、また別の媒体で公開する予定です)

2つ目が今回ご紹介する
サイバーパンク・バーテンダー・アドベンチャーゲーム『VA-11 HALL-A』です。

主人公はバーテンダーのジル。
客の注文に応じて様々なカクテルを提供し、カクテルの種類によって物語が分岐していくという変わったシステムのゲームです。

グリッチシティ

このゲームの舞台であるグリッチシティは、コテコテのサイバーパンクWorldといった感じで、人々は当然のように体を機械化し、人間と同じように生活するアンドロイドも住んでいます。この世界では体に注入されたナノマシンを通じて、全市民が監視されており、加えて当然のように暴動や汚職が横行しています。
しかし、ストーリーを進めても、主人公がそれらの問題を解決することはありません。彼女の目的は政治家を倒して街を変えることではなく、あくまで「バー」という閉鎖した空間の中で、目の前の客にカクテルを提供することだからです。
街で巻き起こる問題のほとんどは個人の人間にとってどうでもいいことであり、解決したいのは「仕事を辞めたい」とか「愛してる人に振り向いて欲しい」とか、どこにでもある普通の悩み。そんな悩みを抱えた者たちが、一時の自由を求めてバーに出向くわけです。

勇者が世界の敵である魔王を倒すように、主人公が社会に対してアプローチをかけて、解決のために立ち上がるというストーリーにはなりません。そんな世間のごたごたよりも、主人公にとっては過去の自分が彼女にしてあげられなかったことや、元カノの妹と仲直りすることのほうがはるかに重要な問題なのです。

脳みそも飲みに来る

リリースされた時の衝撃は忘れられません。
このサイバーパンクな世界観と、レトロPCテイストなビジュアルが私の心に深く突き刺さり、来る日も来る日も『VA-11 Hall-A』をプレイする日が続きました。
関連グッズは全て買い漁り、『VA-11 Hall-A』の専用アカウントを作って配信実況をしたり、舞台宣伝の一環で身に付けた動画編集技術でファンムービーを作って動画サイトに投稿したりもしていました。

下ネタやスラング、オマージュネタが大量に散りばめられたこの作品をきっかけに「インディーゲーム」の世界にのめり込み、『Undertale』などの名作にも食指が動いていくわけですが…その辺りのことは割愛します。

田舎のミニシアター

1913年に開館した老舗映画館「高崎電気館」。
平成13年に一度休館し、平成26年に所有者から市が寄付を受け、 10月に新たな文化活動拠点として運営を再開したレトロな雰囲気の映画館です。

映画を鑑賞したあと、私は知る人ぞ知るニッチな映画館を見つけたことによる優越感と、上質な映画の余韻に浸っていました。

夜になり、辺りが暗くなると、ぽつぽつとアーケード街の照明が点灯し始めます。

当時の高崎商店街。
よく見ると「おしゃれ」なお店も。

「関東と信越つなぐ高崎市」──古くから交通の要衝と呼ばれるこの街には、昭和懐かしい雰囲気のアーケード街があります。
一見すると、商店が並ぶ少し寂れたアーケード街といった感じですが、裏を回るとキャバクラや無料案内所、スナック、パブといった接客の伴う飲食店がずらりと並んでいます。それもそのはず、この辺りは昔、花街だったようなのです…真偽の程は分かりませんが。
しかし、この場所に住んでいない限り、(もしくは役所にでも勤めてない限り)そんな情報が入ってくることもないでしょう。

昔ながらのお店が立ち並ぶ商店街。裏側には飲み屋やキャバクラなどが軒を連ね──

最近、どっかで同じようなところを見たような…
帰る前にもうちょっとだけ見ておこうと思い、来た道を引き返していきます。

ここでチケットのもぎりをする。
今は使われていない。

館内をブラブラする私。
受付近くの壁にチラシが貼られている…

「アルバイト募集」
受付、映写業務

時給880円

……末広がりで縁起がいい!
(現在、時給はもっと上がっているようです)

そんなチラシをボーッと見ているところに、ガッシリとした体型のおじさんが話しかけてきました。
「ここ、あんまり知られてないから…バイトが集まんなくてね…」

(熊さんみたいなのに、すごい小声)

それが館長の第一印象でした。

歴史を感じる映写機が置かれている。

電気館の中に置かれていた映写機を見て、ハッとあの時のことを思い出します。

(ここは…あの時、映研の奴に教えてもらった映画館だ…)

「あの、8mmカメラあります?」
「あるよ」

倉庫から8mmカメラを取り出してくる館長。
「こんなのよく知ってるね。」

「昔、見たことがあって…ここってどういう人が観に来るんですか?」

「昭和映画が好きな人とか、俳優さんとか…監督もたまに来るよ」

何の変哲もない会話──しかし、心のどこかでワクワクしている自分に気づきます。まるで、シナシナになった植物に暖かい光が差し込んできたような、そんな感覚。
私は役者や監督になりたいと思っていたわけではありません。ただ、面白い世界に浸っていたかったのです。
「それがなければ自分で作ってしまえばいい!」
そうやって、神様が私に与えてくれたのが、たまたま「演劇」だったのでしょう。
面白い舞台とは何か、観客にウケるストーリーとは何か、人を魅了する演出とは…そんなことばかりを考えていた大学生活。決断しないと。ここで働けば、絶対に何か得られる……多分。

はっきり言って接客向いてない

初めてやったバイトで店長に言われた一言です。
10年経った今でも許せない……というのは冗談ですが、それから「接客」がトラウマになったのは事実です。
今までいろんなバイトをしてきましたが、愛想が悪い!もっと早くして!と怒られながら、お金の代わりにちょっと傷つきながら帰る──生活のためとはいえ、そんな時間が苦痛でしかありませんでした。
それも要領よくこなせるなら、楽しかったり将来に繋がったりするかもしれませんが、残念ながら私は不器用なので、何もかも上手くいかずに怒られまくっていました。

しかし、この映画館ではそれ以上に得がたい経験をさせていただきました。
映写技師でもあった館長から直接映写の手ほどきを受けたり、バイトの特権で上映中の映画を好き放題観たり、つながりのある監督を経由して映画のエキストラとして参加させていただいたり……どれも貴重な思い出です。

電気館でバイトとして働き始めてから1ヶ月。
それくらい経ってくると、どんなお客さんがここに来るのか分かるようになってきます。
シネコン(イオンのような大型商業施設に入っている映画館)とは異なり、大きな1つのスクリーンで昭和映画や海外のニッチな映画などを上映する電気館。
そのため、そこに来るお客さんも根っからの映画好きが多く、ときには名だたる映画監督(大林宣彦監督や是枝裕和監督など)や俳優の方々が訪れることもありました。

私の映画好きレベルなどここに来るお客さんたちに比べれば、たかが知れています。ですが、映画の知識を抜きにしても面白い人が多かったように思います。

編集長ドノヴァン

『VA-11 Hall-A』には、悪徳編集長のドノヴァンというキャラが登場します。真実かどうかも分からないゴシップ記事を大量に垂れ流すメディアのボスであり、大モラハラおじさんです。大物ヅラするわ、セクハラはするわでとにかくとんでもない人物なのですが、物語を進めていくうちにプレイヤーの中の人物像が徐々に崩れていくのが分かります。

(以下、ネタバレ注意)──────────────────────────
一見すると、ドノヴァンはただの嫌なおじさんにしか見えません。
しかし、プレイヤーがイイ感じのカクテルを提供していくと、次第に彼が事実とかけ離れた報道をすることに対し、嫌悪感を抱いていることが分かってきます。
会社のスポンサーから大きな成果(=閲覧数)を求められていたドノヴァン。
最初は「おばあさんが犬を助けた」程度だった記事がどんどんと刺激的にな
っていき、「おばあさんが轢かれそう」になり、挙句の果てに「おばあさんが死んでしまう」ようになってしまったのです。
自身の矜持と社会の狭間に揺れる、非常に人間的なキャラです。
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『VA-11 Hall-A』をプレイしていると「自分もこの場にいたい!」と思うことが何度もあります。当時の私にとってその感覚は新鮮で、どこか不思議なものがありました。こんなフィクションっぽさがモリモリのゲームなのに、これほど一人一人のキャラが身近に感じられるゲームはそうそうありません。
1度プレイすれば、その圧倒的に緻密な人物描写のリアリティをもって「所詮、こいつはゲームの中のキャラだからな」という思いを吹っ飛ばしてくれることでしょう。

一日を変え、一生を変えるカクテルを!

ある日、私は秋葉原のとあるバーに向かっていました。
お酒は相変わらず飲めません。それでも、どうしても飲みたいカクテルがあったのです。

バーに入って、カクテルの名前を見ていると、『VA-11 Hall-A』をプレイしていた時のことを思い出します。

必死にカクテルを作って、慣れて、少し余裕がでてきて…
テレビを興味のありそうなチャンネルに変えてあげたり、場の雰囲気に合わせてテレビを消してあげたり、お気に入りの曲ばっかり流したり、ムードのある曲に変えてみたり…

お客さんの一人ひとりに愛を持って接する。
あの映画館でも、私はそんな存在になれていただろうか。

『VA-11 Hall-A』コラボバーで飲んだ「シュガーラッシュ」

そうして、初めて飲んだお酒は
甘くてほろ苦い、大人な味がした。

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本稿はReimondさん主催の「ゲームとことば」というアドベントカレンダー21日目の記事です。