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16/17 CL Final 『16/17シーズン 5つの戦術トレンドから読み解くレビュー』。

最強の盾か、最強の矛か。今シーズン、全てのゲームで得点を記録しているレアル・マドリードはクリスティアーノ・ロナウドを筆頭とした質的な優位性を最大化することを得意とするチームだ。ドリブル成功数の多さも、彼らの攻撃的なスタイルを象徴している。

一方のユベントスは、智将マキシミリアーノ・アッレグリの指揮下で「攻撃的なチーム」への転換を目指しながらも、BBC(バルザーリ・ボヌッチ・キエッリーニ)を中心とした守備陣は健在。CLにおいて「オープンプレーからの失点は1失点のみ」という堅牢な守備陣を誇るイタリアの貴婦人は、相手を抑え込む術を知り尽くしている。

今回は、私も記事を寄稿している「月刊フットボリスタ」の5月号のテーマである[16-17を支配した5つの戦術トレンド]をベースに、16/17シーズンの欧州フットボールを総括する頂上決戦を読み解いていこう。

既に雑誌をお買い上げ頂いた方は、是非読み直しながら楽しんで欲しい。もし持っていなかったら、是非とも購入を検討して頂けると幸甚だ。

①可変システム

初期配置状態から「可変」することによって特定のゾーンでの数的優位を生み出す可変システムは、基本的に陣形をベースとするゾーンディフェンスへの対応策となった。

ユベントスは両サイドバックが中央に絞りながらキエッリーニが前に出ることで中盤を捕まえる「守備の可変システム」を駆使することで、ハイプレスという武器を手に入れた。(9p レナート・バルディ氏のコメント)

バルセロナ戦のように、前にボールを運ぼうという意識が高い相手であれば「守備の可変」による高い位置からのプレッシングは大きな武器となる。一方、Spielverlagerung.comの議論から引用するとレアル・マドリードは「世界で最も"press resistant”なチーム」だと表現されている。

ルカ・モドリッチ、トニ・クロース、マルセロといった圧倒的な個人技術を武器にする選手を揃えたレアル・マドリードは、個人戦術ベースでのプレス突破を得意としている。"press resistant(プレス耐性がある)”というのは、彼らにとってはピッタリのワードだ。

前半の10分までに何度か高い位置から仕掛けるプレッシングを成功させ、レアル・マドリードのゴールへと迫ったユベントス。彼らが序盤に大きなチャンスを生み出したパターンは、前からのプレスで奪うことで「下がりながらの対応」をしなければならない状況を生み出すこと。中盤が下がったところで、2トップは前に残る。その間を、ピアニッチが使うことで攻撃をコントロールしたのだ。

しかし、的確に調整しながらゲームを運んでいくのがレアル・マドリード。マルセロを中心とした左サイドからのボール循環に切り替え、イスコも左サイドをサポート。2トップの1枚が左に流れることでバルザーリを抑え、数的に安全な状態を作り出すことでユベントスのプレスを牽制する。

左への過度な密集は、ユベントスの攻撃における「生命線」を奪い去るものにもなった。サイドバックのマルセロが高い位置に出ても、その背後のスペースはバックパスを受けるためにサポートに入ったトニ・クロースやイスコが埋める。バルザーリのオーバーラップは期待出来ない状態で、頼みのダニ・アウベスもディバラへの供給路を断たれる。

「トランジションゲーム(50p~52p ウルティモ・ウオモの記事を参照)という手段を奪い取ること」が、レアル・マドリードの周到な策でもあった。裏抜けが得意なイグアイン、スピードで仕掛けるディバラの存在感は、彼らの左サイドを中心とした攻撃戦術によって希薄なものになっていく。

先制点も、左に流れていたロナウドが突然右へとポジションを移したことによって「過度に右サイドへ寄ってしまった」ユベントスの守備網を攻略したことによって生まれた。カルバハルとロナウドが、アレックス・サンドロのスペースを一瞬で切り崩したのだ。

②5レーン理論

本来、今季のユベントスは「5レーン理論をベースとした攻撃」を得意としたチームだ。ダニ・アウベスの獲得によって、右サイドに様々なパターンプレーが完成。内側・外側へのランを使い分けながらコンビネーションプレーで抜け出し、ディバラが右サイドのハーフスペース(28p~29p ウルティモ・ウオモの記事を参照)に侵入する形は伝家の宝刀になりつつある。

バルセロナ戦でのゴールも、クアドラードが大外のレーンから侵入。ディバラは右サイドのハーフスペースでボールを受け、ゴールを沈めた。大外からマンジュキッチが飛び込む形も加わり、ケディラも積極的にエリア内に侵入する。

実際、マンジュキッチの同点ゴールも「エリア内で、イグアインとマンジュキッチが近い位置を取る」ことによって生み出された。サイドバックが高い位置を取れれば、マンジュキッチを内側に入り込ませることで前線の的を増やすことが出来る。トッテナムの例(32~33p 寺沢 薫氏の記事を参照)に類似した「両サイドのオーバーラップを担保する1つの手段」に、3バックへの変換がある。バルザーリが中央に絞りながら右CBとして振る舞えば、逆サイドのアレックス・サンドロを押し上げることが可能なのだ。

しかし、レアル・マドリードは徹底的に右SBのカルバハルを孤立させ、オーバーラップからチャンスを生み出した。こうなってくると、マンジュキッチがある程度は下がらざるを得ない。オーバーラップが少ないバルザーリではなく、アレックス・サンドロのサイドに蓋をすること。これによって、レアル・マドリードは5レーンを埋めさせなかった。

イグアインとディバラ、2人をCBが担当出来る形になってしまえば、レアル・マドリードは余裕を保つことが出来る。ケディラの上がりもイスコによって制限され、後半はパスの出し手であるピアニッチにもプレッシャーが強まる。

③中盤空洞化

ユベントスは、アントニオ・コンテ時代には3バック+ピルロによる組み立てによって、アタッカーを高い位置に押し上げるようなシステムを武器としていたチームとして知られている(37p、序文)。南アフリカW杯では、メキシコ代表がCBラファエル・マルケスからの正確なロングボールによって、中盤の空洞化を成立させた。

中盤の空洞化は、正確なロングボールを供給することが出来るCB、もしくはDMFを必要とする。アタッカーを増やすことで「相手のDFラインにとって、1on1の状態を作り出す」ことは、同様に②の5レーン理論にも関連する思想ともいえる。

一方で、中盤の空洞化は不完全なシステムでもある。長いボールを跳ね返されれば、無人の中盤からカウンターで走られることにもなるからだ。ユベントスも、ボヌッチとピアニッチの正確なフィードに連動して「空洞化」に近い攻撃を仕掛けることがあるが、ケディラの傑出した戦術眼がリスクをマネジメントしている。

レアル・マドリードは、中盤の空洞化からは真逆の道を進んでいる。カゼミーロ、モドリッチ、クロースに加えて、イスコを起用。中央の主導権を奪うことは、彼らにとって「前からのプレスを回避し、前線の質的優位を最大化する」ことに繋がる。

④パワーフットボール

マキシミリアーノ・アッレグリが発見した「新たな武器」は、マリオ・マンジュキッチの左サイド起用だった。元々はウイングやセカンドストライカーとしてプレーしていたとはいえ、数年は強靭な肉体を武器としたセンターフォワードとして君臨した彼をサイドに置くことは、アッレグリにとっても「思い付きに近いアイディア」だった。

状況に応じて、彼らは「ロングボールによるパワープレーも辞さない(53p 片野 道郎氏の記事より引用)」。実際、序盤はマンジュキッチへのロングボールによって、右SBのカルバハルとの「高さのミスマッチ」を攻略。レアル・マドリードの前への勢いを削ぎながら、自陣へと押し込む上で重要な役割を果たした。

しかし、前述したようにレアル・マドリードは的確にボールを循環させることによって「ユベントスを自陣に押し込む」ことに成功。マンジュキッチも高い位置を取れなければ、ロングボールの的になることは難しい。後半は高い位置からのプレッシングも合わせることで、完全に「力付くの策」までが封じ込まれた。

⑤進化型マンツーマン

ゾーンディフェンスを主軸にしながら、マンツーマンを組み込む「進化型マンツーマン(64~66p ウルティモ・ウオモの記事を参照)」は、ゲーゲン・プレッシングを発展させる1つの手段となった。

CLの決勝で、マンツーマン的な要素を的確に組み込むことに成功したのはジネディーヌ・ジダンだ。前半は、右サイドのハーフスペースに侵入してきたディバラをトニ・クロースが「マンツーマン」で抑える。守備力の高いカゼミーロが釣り出されることを避けつつ、相手のキーマンを抑え込む妙手だった。

更に、後半はトニ・クロースが高い位置でピアニッチをマンツーマンマーク。真綿で首を絞めるようにプレッシャーを強め、徐々にユベントスを追い込んでいった。

レアル・マドリードは個々の質的優位を最大化しながら、ユベントスの攻撃力を摘み取っていった。前からの積極的なプレスを封じ、ロングボールの逃げ場を無くし、ディバラの動きを封じる。そうなれば、ユベントスの攻撃手段は前線に孤立するイグアインだけになっていく。更に、後半は前からのプレスを強めることでユベントスの逃げ場を封じていく。

様々な手段を得たユベントスだったが、レアル・マドリードはその1つ上の段階にあった。相手の手段を1つずつ奪い取り、ギアを上げるようにプレースピードを上げていく。最新の戦術トレンドから見ても、「銀河系軍団」は世界屈指のチームだったのだ。



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