人生どん底からの這い上がりエピソード 【4】すぅさん編

”人生どん底からの這い上がりエピソード”
記念すべき第四回目のゲスト様は...
MSPトレーナーのすぅさんです!

▽すぅさん (@mspkyoto)

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✅全文文字起こし

【前半パート:どん底 ▶0:00~6:13

ー父親の認知症介護

僕、今42歳なんですけど。
ちょうど20歳ぐらいかな、
当時から人間の能力は無限にあって
そこを引き出したりとか
開発するところに興味がありまして。

自己啓発的な部分で、
右脳開発、退行催眠、速聴、コーチングとか
いろんな自分自身のメンタルであったり、
能力を引き上げたり、
部下や後輩、クライアントさんの力を
引き出す手伝いっていうのを
なんだかんだで20年ぐらいやってたんですけど、

今回すぅさんのどん底エピソードっていうのが
後にお話しする
MSP=(マキシマムステートプログラム)と
出会うきっかけでもあったんですが、
実はすーさん、
去年の年末に父親を亡くしまして。
その父親との話になるんですけど。

3年ぐらい前にですね、
実は父親が認知症になりまして。

ある時、母親から父親の様子がおかしい
っていうことで相談があってで、
まあ実際に実家に帰って
父親と喋っている中で
聞いたことあると思うんですけど
母親の顔を見て、

『お前、誰や』

って言ったりとか、
実際に名前を言うけど、

『お前じゃない』

みたいな、
そういう現場を目の当たりにしまして。

最初、”あ、これは大変だな ” っていうような
気持ちになってたんですけど。

そこから継続的に
介護のサポートをすることになったんですけど、
ニュースでね、介護って
ほんと大変っていうことは知ってたんですけど、
自分の父親が認知症っていうものになって
本当に優しかった父親が
急に母親のことキレたりとか、
もちろんすぅさんにもですね、
人を殺すような目で

『お前出て行けとか』

って勘当になったり。
または殴りそうな格好したりとかですね。
そういうのを見ていると
どんどん心が正直病んでいったんですね。

ー20年間の学び通用せず

さっき言ったみたいに、
僕は20代からメンタルっていうところに関しても
ずっと色んなトレーニングとか勉強して。

”そうそうには崩れない”
って自分の中で自負してたんですけど、
でも、いざ自分の父親の認知症介護を
実際目の当たりにした時に
今までの勉強したものが全く効果がなくてですね。

もう本当に実家に帰るのも嫌やし、
それだけじゃなくて

”今まで自分が
学んできたもの・鍛えてたものって
一体何だったんだろうな”
っていうダブルの衝撃で。

仕事も手につかなくなったりとか、
正直、その介護って実家に行って
どうこうするだけじゃなくて
実は父親自身も認知症として
意味分からない状態になっているだけじゃなくて、
素の時、ちゃんと意識がはっきりとした状態も
持っているみたいで
自分自身がおかしくなってる
って自覚しているんですよね。

だから、離れたときに自覚してた自分を
ちゃんと振り返って電話かかってきたときに
泣きながら謝るんですよね。

『ごめんな』
なんかもうおかしいわ』
『自分でもうどうにもならへん』

みたいな、そういうの聞いてても、
電話聞きながら自分自身も泣いてしまうし、
泣いている自分を見て妻もすごく心配するし。

本当に認知症介護っていうのは
本当につらいものであり、
実の父親と向き合わないといけない...
現代のすごい問題だなって。

本当に自分自身も
どうしていいかわからないっていうのが
大体2年ぐらいですかね、
心身共にズタボロになった
っていうようなどん底の第一章がありました。

✅Pからの質問▶6:14~11:10

Q1. 当時のお母様はどんな様子でしたか?
母親はずっと父親と二人で住んでたから
向き合わざるを得ないっていうところはあったので。
あと子供に心配かけたくないっていう思いで。

本当に自分自身がやばい時に改めて連絡くる
っていうような状態やったんやけど。

でも正直、激しいときは
父親も泣いて母親も泣いて
その間にすうさんが立たされてる
っていうこともいっぱいあった。
Q2. 警察に通報するほど
大きな出来事は起きませんでしたか?
幸い通報とかまではなくて。
よくあるのは一人で出て
家に帰ってこれへんみたいな。
そういうのも結構聞いたりするんやけど。

実家は自営でお店をしてたから
父親のなかでは店が大優先。
だからあんまり遠くに
結局行ってないってのが幸いというか。
行ったとしてもご近所さんに
喋りに行ってちょっと家帰れへんくて、
ご近所さんに家まで送ってもらったっていうぐらい。

逆に店にいることで
ちょっと大変なこともあったんやけど。
実際にお金の勘定とかできないから
自分でもそれがわかっていたから。

お客さんの対応はするけど、
お金の勘定は基本的に母親がしたりとか。
仲の良いお客さんにそのまま
ちょっとやっといてみたいな状態になってたりとか。
結構進行はしてたよね。

会社員しながら介護が大変やったから
介護と向き合おうと思って
その時は一旦会社辞めて。
父親の介護の方に向き合った。
 Q3. そうなると奥様との
時間も必然的に少なくなりますよね?
その中でも意識して
奥さんとの時間は取ろうとしながらも、
一緒にいてても結局すうさん自体が
暗いっていうのも見破られているから
変な感じだったよね。
 Q4. 別居とかするわけでもなく
一緒に居た感じですか?
そうやね。困ったら力になるよって。
でも、正直見せたくなかったよね。

例えば、実家に連れて行って
そういう父親の様子とか、
母親の気丈な態度であるとか、
その間に立たされている自分を
嫌な辛いシーンを見せたくなかったから。

あくまでも対応自体は
自分一人でやってたっていう感じかな。
良い記憶のままで残ってほしかった

言葉でなんかあったとしても
やっぱり目で見てしまうと、
それが印象に残っちゃうから。
もうそれだけはちょっと避けたいなと思って。
相談はしたとしても実家には
あんまり連れて行ってなかったかな。

後半パート:這い上がり 】▶11:11~

ー転機

結婚してしばらくしたら
認知症の対応になって、
その後にMSPと出会ったのかな。
MSPはなんかのメールマガジンで知った。

(MSPと出会った時怪しいとかって思いましたか?)
いや全然。
以前に何か勉強したことある人の
繋がりの情報でもあったし、
元々能力開発的な部分って
どれもこれもなんか一見怪しいから。

そういうのも含めて
昔からずっと携わってきたから
そこに対してはあんまり抵抗はなかったというか。

【どん底 part2】▶12:33~19:44

ー脊髄損傷+全身麻痺

MSPに出会ってしばらく経ってから、
父の症状はどんどんキツくなってきてて。

それこそデイサービスっていって
日中だけ施設に入る場所を案内したとしても、
デイサービス行った瞬間に

『仕事やらなあかん。』

って店に帰ってきて
結局デイサービス利用できなかったりとか。

後で聞いたら、
母親に暴力振るってたりとか
ガラスドアを力強くガンガン閉めて
窓ガラスが割れそうになったりとか。

そんな状態になってたんやけど、
ある時、階段下りてる時二階から落ちて。

落ちたことによって、
脊髄が損傷して全身麻痺して
入院するっていう事件が起こりました。

落ちたところが悪かったのか、
脊髄に傷が入って手足がもう動かなくなって。
首くらいしか動かなくて。
喋ることしかできない
っていう状態になって。
ちょっと言葉悪いけど、
植物人間の手前みたいな。

そういう状態になって、
家にも帰ってこれなくなったというか。
入院し続けないといけない状態になって。
家の中での認知症の対応自体は一旦なくなった。

ただ、その後つらかったのが、
世間はもうコロナ全盛期やから
家族の面会が一切できない。

かつ人工呼吸器も付け始めたから
そこからほぼ父親と会話することもできへんし、
もちろん会う事もできへん。

ただただ着替えの服を持って行く時に
看護師さんに渡すっていうことしか出来ない。
そういう状態に入った。

ー薄れていく父親の面影

病院もずっと入院できひんから
4ヵ月、5か月ぐらいになったらもう行けなくなって。
*退院*のタイミングで父親と対面するっていう。

やっぱり全身麻痺で人工呼吸器、
食事はほぼ管を通してって感じやったから
3,4カ月ぶりに会う度にどんどんどんどん
顔も身体も痩せこけていってる。
だんだん父親の面影がなくなっていく。

何とも言えない...
毎回毎回そんな対面をしてましたね。

たまに看護師さんに
写真だけ撮ってきてほしいっていうので、
写真もらうんやけど、
我が子ながらでもあまりにも父親の
痛々しい姿を写真で見るのも正直つらかった。

母親は会えない分、
せめて写真だけでも会いたいっていうので、
看護師さんにお願いして写真もらうんやけど
その写真の姿を見るたびに心苦しかったね。

ー最期の日 

ある日の夜11時半ぐらいに
病院から電話かかってきて。

基本的に病院からの電話は母親にじゃなくて
全部すーさんに入れてもらうようにしてて。
その11時半ぐらいに電話かかってきたときに

『もう命がまもなく...
もしかしたら亡くなるかもしれない』

みたいな連絡があって。

その時に、妻も一緒に来てくれて。
母親にも実家着くぐらいに連絡して。

その時は1日ぐらい病院に入らせてもらって。
何もしてあげれへんからじっとその部屋にいたけど。

”もう1日ぐらいは命が持ちそう”

みたいな話になって、一回帰って。
その次の日の夜に、兄貴も東京から呼んで、
兄貴のお兄さんと親戚のお姉さんも夜に来て。

父親にまた会いに行くっていう時に
家に居ても良かったけど、
なんとなく行ったほうがいいかなと思って
病院に行ったら、
そのタイミングで父親が息を引き取った。
看取ることができたっていう感じですね。

ー弱い自分を押し殺して

強がってたね、ずっと。
普段は関西にすーさんいるんだけど
兄貴が東京やから。

結局母親のサポートしかり
父親の介護できるのは
自分しかいなかったから。

頼ることができんかったというか、
自分がなんとかしなきゃっていう思いだけで。
ずっと向き合ってたね。

✅Pからの質問 ▶19:45~26:20

ー無力感

Q1. 父親の認知症介護、入院、
そして最期を看取るまで一番
心がキツかったことは何でしたか?
一番つらかったのは正直、
MSPと出会う前が一番しんどくて。

特にしんどかったのは、
夜に父親が泣きながら、

『ごめんな。』

って言う言葉であったり、

『もう自分おかしいけど、どうにもできへん』
『子供がかわいくて仕方ない』

みたいな。
そういう愛を伝えてきてくれるんやけど。

でも、その裏腹で
自分でコントロールできへんところで、
周りをすごく巻き込んでしまってて、

『もう辛い......』

って泣きながら
伝えてきてくる電話の声。
その電話で話しているときが、
もう本当に一番つらいっていうか。

どうしてあげることもできひんし。
もちろん直してあげることもできへんし。

けど、その電話かかってくる時、
後ろで大体母親が泣いてて。
父親を止めきれへんから、
すぅさんに電話してきて父親に代わって
そういう電話になるっていう。

なんかほんまに無力感。
認知症に対して何もしてあげれない無力感と、
自分自身がそこに対しても
心も身体も支えきれない無力感。

これがMSPに出会う前、
一番つらかったことかな。

こういう言い方決してあかんけど
ほんまにスマホの画面に出てくる
自宅の番号とか母親の携帯とか
父親の携帯の番号を見るのが、
ある意味恐怖というか、
ゾクッとして。

毎回自分自身を
”ちゃんと律しなきゃな”
ってなったりしながら
電話に出るっていうのが
ほんまに辛かったね。

倫理観をずっと自分で
説いていかんといけないというか。
見捨ててもあかんし
でも、見捨ててもいいのか
とか。

この対応はもう仕方ないのか。
いやでも、父親やから
それ以上のことをしないといけないのか。

みたいな、誰も教えてくれない
自分の中の倫理観をずっと問いただして。
でも答えてへんみたいな。
そんなことがずっと続いてたよね。

ー泣くしかない

Q2. 当時、奥様は
どんな言葉をかけていましたか?
声をかけることで、
すぅさん自身暗くなるのも分かってたから。
暗すぎた時は

『大丈夫?』
『何でもゆってな』

みたいな。

”受け入れるよ”
っていうような感じで
常に接してくれたから。

逆に、入り込まれ過ぎたら
しんどかったから、
そこら辺をうまく空気読んでくれた感じ。

正直、何回か部屋を暗くして
寝ようとしているときに
もう抑えきれなくて
何回かもう声出して泣いたし。
その時も、

『泣いていいよ。』

とか、あえて触れんかったりとか。
本当に良い距離感で接してくれた。

泣いた自分にもびっくりしたね。
本当に感情が抑えきれんくて、
我慢しきれなくて泣くしかないみたいな。
あれがつらいときの涙なんやなって。

ーそれでも活動し続けた 

Q3. その出来事があっても
MSPの活動は続けたんですか?
介護で自分が心身ともにボロボロになった時に、
MSPに出会ったんやけど、
最初はMSP自体、
気を紛らわしたかったというか、
気分転換に受けてたんやけど。

すごい不思議なんやけど、
介護している時は
本当に優しかった父親が
急にキレたりとか、
母親の顔見て『お前誰や。』とか。
またはスーさんの顔見て
急にキレ出したりとか、

そういう見たくもない現実を
目の当たりにするたびに
結構心に矢がグサグサ刺さっていってるような。
メンタルのヒットポイントが
どんどん削られているような感覚があったんだけど。

MSPを受けてから今まで刺さってた矢が
本当に体の前で止まったような感覚
があって。

それを感じてから、
目の前の現実は確かにつらいんやけど、
心・メンタルまでは疲れないというか、
傷つかないっていうような感覚になって。

そこから介護自体、結構フラットに
向き合えるようになった
っていうのは正直ある。

実際、それがすぅさん自身、
MSPを広めようと思ったきっかけでもあるんやけど。

【這い上がりpart2】▶26:23~34:06

自分自身はMSPに出会って
父親の介護をするにあたって
すごいメンタルしんどかったけど、

結構フラットに向き合えるようになって
救われた分、でも、考えた時に

”MSP知らない人で、しかも
介護とかしている人は同じように
心身共にクタクタになっているんやな”
って思ったら、

”そういう人にもMSPを広めて行きたいな”

って思ってたから、
活動を止めるんじゃなくて、
別に介護だけじゃないんだけど
メンタルを強くしたいとか
心の感情の動き・揺れを少なくしたいなという人には
自分の発信を通じて出会ってくれたら
笑顔作れるんじゃないかなと思って
活動は止めていなかった。

”止めるわけにはいかん”

っていう感じかな。

ー同じ境遇にいる人たちへ 


”自分一人で背負わなくていいよ”
って言いたいし、

悩みを誰かに言って
解決することはないかもしれんけど、
でも、心のいたたまれない部分って
吐き出すことによって、
再度もう一度、
介護に向き合えるっていうものもあると思うし。

抱えること自体が
やっぱりしんどくなってくるから。
何でもそうやけど、
思いを吐けるというか
吐く場所はどこでも良いし、
聞いてもらえる人でもいいし。

で、聞く人も
何もしてあげれへんかもしれんけど、
でも聞くことはできるし。

溜め込まず、悩みをいろいろね
共有していったら心が軽くなるので。

”溜め込まなくていいよ”


っていうのは言いたいね。

すぅさんもそうやし、
そういうのをわざわざ人に
言ってなかったけど、人に言うと

『実は私も今こうで...』
『ちょっと前そうなってた』

とか、兄弟でも介護やってるとか
意外に結構やってる人が多くて。

そういう中で色んな意見もらえたり、
同じ境遇の人もいるっていうところでも、
結構気持ちが楽になる所があるから。

文句じゃないし、
悩みの捌け口っていうのを
探してみるっていうのも
いいなって思う。

悩みってほんまに抱え込むと
どんどん勝手に大きくなっちゃって。
考えがどんどん悪循環するから、
どこかに『吐く』ってことは
大事かなって思うね。

ー心が解放された瞬間

ほんまに言えた時って、
MSPで心のメンタルが激変して、
父親が入院して一旦、
別の形ではあるけど介護が離れたとき。
この2つを持って初めて、

”実は、ちょっとこういう状態で...”

っていうのを人に言えた。

実際、MSPに出会ってなかったら、
仮に父親が入院してたとしても
誰にも言ってなかったと思う。
それでさえ抱え込んでいたと思うね。

皆さんの前では暗い表情は
一切見せてなかったと思う。
だから他の人からも

『最近顔暗いけどどうしたん?』

っていうのさえ
言わせんかったと思うね。
だからほんまに、
そういうケースは自分から吐くしかない。

自分自身、介護と向き合って
MSPと出会ってクライアントさんに
MSPとの関わりの中で話し聞いていくと
介護だけじゃなくて、

【今の現状と夢・目標に向かっている最中のギャップ】

とか、やっぱりみんな
心の葛藤、心が傷付いてて
心が疲弊しているのは
共通してるんだなあって。

この約2年ぐらいMSPの活動しながら
つくづく思っている。

✅【番外編:MSPについて】▶34:07

ーMSPのセッションとは具体的に何をするの?

僕は目安90分ぐらいの
セッションしているんやけど、
大きく構成で言うと

①そもそもMSPって
そもそも何?っていう説明をして

②その中で今の
その現状と叶えたい未来に対しての
ギャップをクライアントさんにお聞きして

③その後にMSPの施術を行う

MSPって【姿勢・表情・刺激】
この3ポイントで身体に変化と
能力を発揮するから、
MSPの施術自体は5分ぐらいで終わる。

いきなり5分ぐらいで
変化して気づく人は
よっぽどの人以外は気づかへんから、
30~40分かけて体感チェックをした後に
5分ぐらいMSPして、

その後に同じように
また身体をチェックして
どう変化してるか
っていうのを感じてもらってる。

最後に変化した後の感想とか
それに付随する補足説明っていうのをして
90分のセッションは終わってるかな?

ーMSPの施術は直接?間接?

MSPは基本的には直接会って行います。

ーMSPを受ける際の諸費用

基本的にすぅさん関西にいるんやけど、
東京とかに行くときは6人くらい集めて
交通費は参加する方にはいただかなくて
基本的にセッション代のみ。

もし東京以外のところで
受けたい場合は
交通費または何名か集めてもらったら
セッションしに行くっていう感じかな。

ー予約方法

予約はすぅさんのTwitterアカウントから
DMもらったらそこでやり取りしてます。

ーMSPを受けた方の中で変化が大きかった事例

例えば、
会社員の方に受けていただいた時に、
色んなプロジェクトを
任される方なんやけど
その際なぜか上司から
全然協力してもらえなくて。

非協力的な状態で
結構しんどいっていうような方が、

”能力が上がって仕事が早くなったらいいな”

みたいな想いで
MSPを受けに来てもらったんだけど

この方に実際にMSPを受けてもらったら、
上司の方がプロジェクトに対して

『なんか俺手伝うことあるか?』

って言ってくれて。

今まで嫌われてたと思ってたのに、
自分自身が変わると
周りがすごい協力的になったりとか。

自分の発言が会社の中で通ったりとか
それで仕事しやすくなったっていう人は
会社員の方にはいらっしゃいました。

会社員から起業された方も
いらっしゃるんですけど、
その方は年収3倍ぐらいやったかな?

会社員から
起業するきっかけもMSPで作れて。

MSPって人との出会いも
どんどん変わっていくから
その出会いを元に
色々仕事をいただいて大体3倍ぐらいになった
っていう方もいらっしゃいますね。

人間の能力って
まだまだ発揮されてない人がほとんどで。

スイッチを入れることによって
自分自身も把握してなかった
能力っていうのが発揮されることで、
自分が変わると周りが変わるんで。

人生にとって
いい流れがやってくるっていうのが
MSPの特徴やし、
身体自身も変化することによって
シンプルに疲れにくくなったりとか。

ストレスも受け流せれるようになるんで、
溜めにくくなるからしんどくなくなったりとか。

だから、主婦の方やったら
家庭に笑顔が増えるから
家族が幸せに感じるようになったとか、
そういう声も実際にあって。

本当にみんなに受けて欲しい、シンプルに。
見てみてほしい世界中の人に。

ー次回のMSP開催

大阪 7/2 (土) 、7/3 (日)
福岡 8/6 (土) 、8/7 (日)
東京 8/13 (土) 、8/14 (日)

以上、3か所で開催予定!!

ー定員数

基本的に今は個別セッションでやってるので、
1日大体MAX5人ぐらいなので、土日で10人ぐらい。

事前に "興味あります" っていう形だけでも
DMもらったら比較的興味ある人に
それぞれ日程を聞きながら
みんなが参加しやすい日に合わす
っていうのをよくやってます。

興味ある方は
参加するしないは全然いいので

”興味あります”

っていうだけでもDMいただければ、
もし日程が決まったら
一応ありますよという
お知らせはさせてもらいます。

✅ リプレイ再生はこちらから!







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