人生どん底からの這い上がりエピソード 【3】さくらさん編

”人生どん底からの這い上がりエピソード”
記念すべき第三回目のゲスト様は...
人生を最輝させる人、さくらさんです!

▽さくら|人生を最輝させる人(@sakura_703711)

スクリーンショット (4)



✅全文文字起こし

【前半パート:どん底 ▶0:00~5:42

ー人生谷あり谷あり

『人生山あり谷あり』
っていうじゃないですか。
でも人生谷あり谷ありでしたね。
もう渓谷みたいになっちゃって、本当に。
いやぁー...もう山あるの?みたいな。

人生の前半はかなり壮絶でしたね。
そのお陰でメンタル超合金って
自分で言ってるんですけど
めちゃくちゃ強くなりましたね。

心の病も自分で克服できたし。
病院を頼らずに自分で
悟りを開いたんですよね。
今日は "第1弾" ということで
若い時の話をしていきましょうか。

ー25歳、二股事件

25歳に何が起こったかというと、
最初公務員やってたんですけど
その時、研修期間だったんですよ。
私は今後の仕事のための勉強だから
そっちに力を入れたかったんですね。

恋愛なんて全然する気がなかったんですけど、
すごいアプローチをしてきた人が一人いて
まあじゃあいいかと思って付き合ってみたら
なんと二股をかけられたんですね。

もう人生初の二股で。
二人で会ってるのに電話とか来ちゃって。
で、その彼氏の父親から電話がかかってきたり。

その彼氏は元々北海道で勤務して
千葉に来たんですけど、
前に北海道に彼女がいたんですけど
その子と別れて千葉に来たんですね。

『その子が空港に来てるから
俺今から会いに行くわ』

って、意味わかんなくないですか?
二人で会ってるのに。

そんなんされて
"いや、意味わかんねぇよ"
と思ったけど、

”じゃあ、ここで待ってよう”
と思ったけど、いやちょっと待って。

”なんで私がここで
待ってなきゃいけないんだ”
と思って、帰ったわけですよね。

その時は、
こんな男なんてと思ったけど、
ずっとやっぱり引っかかってたっていうか、
なんか気になっちゃって気になっちゃって。

勉強にすごい力を入れようと思っても
手につかない。失恋はする。
私の中でちょっとした
どん底だったんですね。
今思うと可愛いどん底ですよ、本当。

その当時、
25歳にしてはまあまあの衝撃っていうか。
二股かけられたことなかったから。

ー余命宣告と看病

落ち込んでたところに
泣きっ面に蜂なんですけど、
母が末期がんで余命3ヶ月
って言われたんですね。

『神様はいないのか...』

って思って。
滅茶苦茶落ち込んだんですよ。

私兄弟三人なんですけど、
姉が福岡、兄が京都で私は千葉で
地元は茨城なんですね。
そっから母の看病が始まり...

兄は来なかったんですけど、
姉と私で交代交代みたいな。

だけど、姉も福岡から来ているから
お金も結構きついから
私がほぼほぼ見てたんです。
付きっきりで病院に泊ったりして
看てたわけですよ。

ー母の死

結局もう駄目だったんですね。
若すぎて死と向き合うのが初めてで...

【 死 】

というものを
受け入れられなかったんですよ。

今思うとね、
黄疸が出て尿が出なくてみたいな。

"あ...死ぬ前の兆候だな......" って。

おばさんたちは、
兄弟三人に気を遣ってか

『延命治療は行なわなくていい』

って、病院に言ってたらしいんですよ。
そんなのは知らないもんで。

夜中一人で私が見ている時に
心肺停止になったんですね。

『ピーー-』って
いわゆるドラマみたいなね。

でも私、何もできなくて。
心臓マッサージとか教わってたから
やればよかったんですけど、
そういうことも出来ないぐらい
もう呆然と立ち尽くしちゃって。

本当に何て言うのかな?
人生で一番悲しかった日みたいな...

ー-------------------

後半パート:這い上がり 】▶5:43~16:18

ー全ては捉え方次第

そこでどうやって
切り抜いて行ったかというと、
人生なんて辛いこと
ばっかりではないじゃないですか。

『絶対つらいことの後って
良いことが必ずやってくる』

だから、

『今が人生の底辺だな』
『あとはここから上がっていくだけ』

って自分に言い聞かせて、
なんとか這い上がれたっていうのが
25歳にして最初に悟ったというか。

本当にそのときは
これが人生の底辺だと思ったけど
この後また更にすごい底辺が
くるわけなんですけどね。

母親の死以上の大きい波が
第2波、第3波ぐらい来て。

ー母の教え  

母が 【 継続の大切さ 】 を教えてくれて。

小学校の時友だちに誘われて剣道始めたんですけど、
その友だちは辞めちゃったんですけど、
母は私のこと辞めさせてくれなかったんですよ。

"なんで辞めさせてくれないのか"
と思ったけど、
そこで継続する大切さを知ったっていうか。

だからちょっとやそっとじゃ
諦めないって言うかな?

ー武道との出会い

あと武道って、すごい精神力を鍛えられて。
剣道とかやっててよかったなと思いました。
やっぱね、メンタル面もろに出ますから。
武道って相手が強そうだなって思ったら負けるし。

『どんなにつらく苦しいことも
自分を形作る一つの要素』

と捉えて、
私がこの経験をするってことは
何か意味があるのかなって。

ー前世でのやり残し 

ちょっとスピリチュアル的な話をすると、
スピリチュアルカウンセラーの方に
見てもらったことがあるんですけど、
人間って生まれてきたときに
【 使命 】を与えられてるんですって。

その壁が現れるっていうのは
その使命を果たすために必要な要素というか。

人間ってあの前世でやり残した事を
宿題として課せられるんですけど、
壁が出てきて諦めた人っていうのは
来世でも同じ宿題をやるんですよ。

なんて言うのかな...
与えられた使命のための経験であり、
その出てきた壁っていうのは
乗り超えるべくして現れている壁だな
って私は思ってて。

なんか壁が現れたら、

『また神様が私に挑戦状を叩きつけてきたなぁ』
『やってやろう!』

みたいな。もう捉え方ですよね。

失恋で参っているなか、
母親の余命宣告を聞いて深夜の病室で
たった一人で母を看取ったんですよ、25歳にして。
そりゃもう相当きつかったんですけど。

まあ強くなりましたし、
親の死に目に会えない人もいる中
そうやって看病して
最後だけでも親孝行できたの
ってなんか幸せだな
って思えたし、
何でも捉え方だなってそこで学んだんですよね。

どんな辛いこともやっぱね、
その後の人生に生きてくるし。
何でもプラスに捉えようと思ったんですね。
人生もう捨てるとこはないと私は思ってて。

なんでもね、その人が成長するために
与えられた課題というか。
それを乗り越えたらやっぱり人として
大きくなれるみたいな。
そういうふうに捉えているから。
だから何があっても私は絶対にもう逃げない。
って思ってるんですね。

―なんでも前向きに捉える

心の病にせよ、夢を叶えるにせよ、
やっぱ捉え方次第なんですよね。
それをどう捉えるか?

『失恋しました。どうしよう...』
って言ってマイナスに捉えるのか

『失敗しちゃったらどうしよう...』
ってマイナスに捉えるのか

そうじゃなくて、

『あー失敗したけどじゃあ次はこうしよう!』
って言って前向きに捉えたりね。

失恋も、
『この人とご縁がなかったんだ、
じゃあ次の人と幸せになろう!』
みたいな。

失敗をただの失敗だって終わらせるんじゃなくて
次に繋げるための経験だ
って思って。
前向きに捉えるのってめちゃくちゃ大事だなと思って。

ー病んだ時

だからね人生って捉え方なんですよね。
さっきから何回も言ってるんですけど、
どんなに辛いことがあっても本当捉え方次第で
人生って本当好転するんですよ。

ネガティブに捉えちゃうと
落ち込んじゃうんですよね、人って。
負の連鎖でどんどん悪いふうに
考えちゃうんですよ。

誰かの言った言動を気にして、

『私、嫌われてる。どうしよう...』
『人に会いたくないな...』
『人ともう関わりたくない』

みたいな思っちゃってたんですよ。
病んだ時って。

でも、いやちょっと待って。
別にそんなこと周りの人は
思ってないんじゃないかって思ったんですよ。

意外と自分が思っているほど
人は私のこと気にしてないし
考えすぎじゃないかって思ったんですよ。

だから自分で嫌われてるかもと思って
距離とっちゃってたんですね。
そうすると人はどんどん離れていく。

じゃなくて自分から歩み寄って行かないと
人が離れていくなっていうのも
そこで悟ったんですね。病んだ時。

カウンセリングとかの中で
確かにカウンセラーの話で
立ち直れたのがあるんですけど、
結局そこに自分で気づいて
乗り越えたんですよね。その病んだ時って。

たぶんそれを気づけないと思うんですよ、
みんなはね。
だから病んでも長引いちゃうっていうか。

今病んでる人に私はすごい
手を差し伸べたいっていうか救ってあげたくて。

ー死を踏みとどまった理由

病むと【 死 】という言葉がね
頭を何回もよぎるんですよね。

私、家帰る途中に踏切があったから
何回も吸い込まれそうになるんですけど、
でもそこで這い上がったのは、

『なんで私がパワハラ野郎のために
死ななきゃいけないんだ』

と思ったんですよ。

『なんでこいつらのために死ななきゃいけないんだ』
『こいつらのせいで死んだらもう本当悔しいじゃん』

って思えたんですよね。

そこから快進撃じゃないけど
立ち直れたんですよね。
やっぱり何事も捉え方だなあって。

ー心の病を克服する方法

だから今病んでる人にも
夢とか目標を持って欲しくて。

絶対悔しい思いをしているから
病んでるわけであって。


その思いをね、
過去にフォーカスするんじゃなくて
もう未来に使ってほしいんです、

するとめちゃくちゃ【 原動力 】になる
って私は思ってて。

それが心の病を克服する秘訣
なんじゃないかなって。

・捉え方を変える
・未来にフォーカスする

過去はもう振り返っても
しょうがないじゃないですか。

もう終わってしまったことを
クヨクヨ悩んでも。
その悩む時間を別に当てる。

未来のその夢や目標に充てる
っていう考え方ですね。
それができたら本当に
もう後やるだけですからね。

夢に向かってあとは
もう淡々と努力するだけなんで。

みんなそこが弱いのかなあ。
継続が弱いっていうか淡々と夢に向かって
努力するのが苦手な人が多いのかなって。

ただただこいつらを見返してやろう
っていう思いですよね。
絶対こいつら見返して成功してやろう
っていう思いだけなんですよね。

だって悩んでたって
何も進まないじゃないですか、結局ね。

悩むのってそいつらに時間を
割いてるようなものじゃないですか。
だったら自分の未来に使おうって思ったんですね。

病んでた時って訳も分からず
泣いたりしてたんですね。
なんかそういう時間が無駄だなって。
それで勉強が手につかないのって
なんでそこまであいつらに
やられなきゃいけないんだと思って。

私の貴重な時間を何であいつらのために
割かなきゃいけないんだって思ったんですよ。
だったら、

”この悔しさをバネにして這い上がってやる!”

と思ったんですよね。
そこの切り替えができたっていうのは
めちゃめちゃ大きいですよね。

✅Pからの質問 ▶16:19~27:14

ー自分で乗り越える

Q1. 母親の余命宣告を聞いた時は
さくらさんはどんな気持ちでしたか?
もう泣いててもしょうがないっていうか
現実を受け止めないといけないかなって。
心の整理をつけたというか
覚悟を決めたんでしょうね。

つらい悲しいって言ってるだけじゃあ、
乗り越えられないなと思って。
どこかで線を引いて乗り越えないと。

母も私が悲しんでることは
多分望まないなってのがあって。

そういう時って自分で乗り越えないと
誰も助けてくれないんですよね、
つらく苦しいことって。

その時何が必要かっていうと【捉え方】ですね。

捉え方を変えないと
いつまでも思い出しちゃうし、
乗り越えられないな
ってその時悟ったかな。

そこで乗り越えたのが自信になったんでしょうね。

人生って無駄なことって
何一つないと思ってて。

若くして母親を亡くしても
めちゃめちゃつらかったんだけど
同じような境遇の人、
若くして親を亡くした人の気持ちが分かったから
私はいい経験だったなって
そこで思うようにしてしたんですね。

すごくつらく苦しいけど、
でも"母のためにも私はこの後の人生幸せになろう" って思ったし。
捉え方次第で人生ってすごい好転するなって思ったんですよ。

ー幼少期

Q2. 多くの人はどん底の経験した後に捉え方が変わったり、
考え方が変わったりすると思うんですけど、
さくらさんの場合は幼少期の頃から
切り替える癖があったんでしょうか?
割とそうだったんですかね。
末っ子の甘えん坊だったはずなんですけどね。
でもやると決めたことは自分でやるタイプかな。

ー無力感

Q3. 一番大切な人の目の前に
自分しかいないっていう環境の中で、
自身を責める時間もなかったと思うんですよ...
心肺停止っていうのとか。
当時その場に居た時の気持ちって覚えていますか? 

ものすごい無力感でしたね。
人間ってこんなに無力なんだなあと思って。

ー離婚

Q4. 一人で弱っていく母親を看ていた時は
何か会話をしましたか?
そう、何がつらかったって母がね、
抗がん剤の副作用で幻覚を見てたんですね。

私に結婚してほしかったらしいんですよ。

私は失恋したばかりで結婚どころじゃない。
また彼氏を見つけるところからで、
母は幻覚を見てて私に子供がいて結婚している
みたいなそういう幻覚を見てたんですよ。

それがまあつらくて。
母に子供を見せられなかった
っていうのがつらかったんですね。

その当時、離婚した元夫と
付き合うか付き合わない微妙だったんですよ。
だけどね、唯一母がね、
うちの元夫を見てるんです。

地元のコンビニまで送ってくれて
そこで母と落ちあって私は実家に帰ったんですけど、
その時一応会ってるんですよ。

で、元夫の夢の中に母が出てきて
『娘をよろしくお願いします』
って言ったんですって。

だからそのエピソードがあるから
私はずっと元夫と離婚できなかったんですよ。

結婚する段階から反対されたんですよ。
付き合う段階からみんなに反対されて
あたしもそう思ったんだけど、
この人を変えてあげようと思ったんですよ。
まあ変わらない

人の性格ってね
三つ子の魂って言うじゃないですか。
まあ変わんないんですよ。

わがままで自己中で
思いやりも優しさもないみたいな。

よく11年も紙の上だけ
結婚生活してたなと思って。

だから、その母のエピソードが
ずっとひっかかってたんですよ。

母が認めた人だからと思って
我慢してたけど最後、お母さんにお墓参りで

『ごめん、お母さん無理だった!!』 

って言って離婚したんですけど。


✅Pからの質問

Q5. 母を失ってしまった直後の
人間関係に変化はありましたか?
初対面ではガンガンは近寄れない。
若干人見知りもあるし、
ちょっとこの人どういう人かな?
って人となりが分からないと
すぐには近づけないんですけど。

でもそれもね、
時間の経過とともにそれがね、
だんだん時間が短くなったかもしれない。
割と初対面でも喋れるような。

立場が人を変える
っていうか。
ここは頑張って自分から
話さないといけない場面かな
みたいな感じで、
自分を奮い立たせるっていうか。

あ、自分から行かなきゃなみたいなふうに
思うようになったっていうんですかね。
やっぱり人って変われるんですよ。

”変えよう!” と思うと。

まあ確かに時間はかかりました。
病んですぐ人と関わりたくないから
起業した
ってところもあって。

組織に居るのが本当に嫌になった
っていうか組織の本当の闇を見たんですね。
汚い部分を見ちゃったから。

人事もやったからすごい
自分のことも見えるし人のことも見えるし
とにかくもうなんか嫌だったわけですよ。

本当人と関わりたくないと思って
起業したんだけど
やっぱり人が好きっていうか。

やっぱり自分の中の根底にある
”人の役に立ちたい” っていうのは
やっぱ消えなかったんですよね。

ー焦りとの付き合い方

Q6. 夢は一朝一夕では叶えられないじゃないですか?
その過程で湧いてくる ”焦り” はどのよう対処していますか?
第一段階として焦りより私は悔しさを
原動力に目標を達成したんですね。
人間って悔しさを原動力にしやすい。
特に日本人はそういう気質らしいんですよね。

自分を追い込んだり、
その悔しさをバネにする原動力って
ガソリンに火をつけてるような感じですよね。
メラメラ燃えるわけですよ。

悔しいこととかを思い出している時間が
無駄だなって途中で気づいたんですよね。
パワハラされたことを何回も思い出して
悔しい思いをしてても

時間の無駄だなと思って。
そこでクヨクヨしてる暇があったら
一問でも一ページでも問題解こうと思ったんですよ。

そこに迎えたことがやっぱり大きかったかなって。
この悔しさを原動力にして試験受かってやろうみたいな。
そこが心の病克服した原動力じゃないかなと思うんですよ。

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【番外編:さくらさんの最終目標】▶27:15~37:23

ー人の役に立つ仕事 

公務員になっても人の役に立ってるって
実感が湧かなかったんですよ、正直ね。
それも辞めた理由なんですけど。

そういう原動力っていうのは
やっぱり自分を前に出すっていうか。
夢や目標があると前に出れるんですよ。

だから病んでる人にとって夢や目標って
すごく程遠いと思うかもしれないんですけど、
実は私は特効薬じゃないかなって思って。

人は夢や希望があるとそこに向かうんですよ。
でも病んでる時って思考が過去に向いちゃうんですよ。
過去の嫌だったことを何回も思い出しちゃう。

でもね、それってもうめちゃめちゃ時間の無駄で。
何回も何回も嫌なことを思い出しても脳裏に刻まれるだけでね。
前に進めないなってそれも勝手に自分の中で気づいたんですよ。
で、自分のやりたいことなんだったんだろうって
自分を見つめ直したみたいな。

ーアラフォー女性を救いたい

やっぱり人の役に立ちたい。
中でも私はアラフォー女性を救いたい
っていうのが昔からあって。

そこに向かっていくことで
立ち直れたっていうのもあるんですよね。
だから夢とか目標とかってめちゃくちゃ大事で。
それがやっぱりね、
原動力になるなと思ってるんですよね。

ー最終目標 

最終目標は、
人生の再出発を応援したい】っていうのが
コンセプトなんですけど。

それにはさっきも言ったように
アラフォー女性を救いたいっていうのが
根底としてあって。

何でアラフォー女性かっていうと
人生で一番悩みが多くて
多種多様な悩みを抱えている世代が
アラフォー世代の女性なんですよ。
その人たちを救いたい。

まずなんで最初そう思ったかっていうと
行政書士の受験仲間ってすごい離婚率高いんですね。
離婚して起業してみたいな。そういう人がすごく多くて。

でもね、実際に受かってみて、
行政書士の勉強する勉強法を売ってる人がいて
その人の指導で受かったみたいな感じなんですけど

”年収1000万も夢じゃない”

って言われて、
そこに夢と希望を持って受かったんですけど
現実は甘くないし、行政書士として何やろうって
あんまりイメージが湧いてなかったんですね。
公官庁に出す書類とかやってもつまんないし。

結局ね、自分がアラフォー世代を救えるのって
なんだったって離婚問題とかしかなくて。
なんかそれじゃあ、ちょっと違うよなあって思い始めて。

いろいろやってきて、
でも結局何がしたいかっていったら、

『離婚したいけど、経済的に不安で...』
『資格取ったけど上手く軌道に乗せられない』

とか、弁護士もね、
生活保護を受ける時代なんですよ。

だからね、ただ士業になったからって
食っていける時代じゃない。
しかも行政書士は単価が他の士業に比べて
めちゃくちゃ安いんですよ。

そこでね現実を見て ”嘘だろう...” と思って。
”これに人生を捧げてきて何これ?”と思って。
だからそういう苦労をさせたくないっていうか。

あと副業をやりたい・起業したい人を応援したい。
スムーズにそれが実現できるシステムを
ずっと作り上げたいっていうのが最終目標なんですよ。

だからいま、
手始めにLステップって公式ラインの
シナリオ配信とか自動でやる仕組みを
今から学ぶっていうところなんですけど。

SNSとかも全部学んで。
【私の所に来たらビジネス立ち上げられます】
みたいな。

そういうシステムを作り上げたいなと思ってですね。
当然全部自分がやるわけじゃなくて、
いろんな人に力を借りてシステムを作っていきたいなあ。

会社設立とかも行政書士としてできるし。
離婚したいのも当然背中を押すこともできるし。
経済的に不安で何もできないみたいな人を
作りたくないんですよね、要は。

人生の再出発したいんだけど
お金がなくて離婚できないとか
そういう人いるじゃないですか。
経済的に不安で。

離婚斡旋するわけじゃないんだけど、
それを理由に我慢するのって
このあと何10年も合わないと
思っている人と添い遂げるんですか?
っていうところで。

それも幸せじゃないよねって。
離婚斡旋業じゃないんだけど
経済的に不安で一歩踏み出せないんだったら
そういうこともサポートしてあげたいみたいな。

トータルサポートみたいなことをして
行きたいなと思ったんですよね。
そのためにも自分がこれから
たくさん学ばないといけないんですけど。

【人生の再出発のシステムを作り上げる】

っていうのが私の最終目標ですかね。
そんな感じで、
今夢に向かって勉強中って感じです。

死ぬまで挑戦し続けたい

誰かに何かを言われて諦めるのって
めちゃくちゃ後悔するんですよね。

死ぬときに後悔したくないじゃないですか。
それがね、やっぱり一番で。
人生って死ぬまで修行だと思ってて・
死ぬまで私は勉強し続けようと思ってますね。
死ぬまで挑戦し続けたいと思ってて。

挑戦するとすごい刺激を受けるし成長できるんですよね。
だから挑戦するのって心の病にも有効だと思ってて。

目標があるとなんかわくわくしません?
"これやって自分が成長して..." みたいな、
その先をイメージするとなんかワクワクしてくるんですよね。

みんなにもそれを味わってほしいっていうか。
やる前から諦めるのって
めちゃくちゃもったいないと思ってて。

私の強みはどの段階で病んでても
的確にアドバイス・声をかけられる
と思うんですよ。どういう状態でもね。

もう本当どん底の人にも声かけられるし。
今ちょっと回復してきて
これから夢を持とうって人にも
声かけられるそれが強みだと思うんですね。

実際自分が病んだところから
目標達成まで持ってけてるから。
どの段階の人にも対応できるんじゃないかな。
本当に病んでる人は私のところに来てほしい。

ー適性より願望重視

本当はね、人生相談とかしたかったんですよ。
だけど私の職業適性的に1対1は向いてない
って言われてもうなんかそれもショックで。

やる気満々だったんですよ。
コーチングとかそっち方面がいいかなって。
カウンセラーになりたかった
っていうのもあったんですけど。

コーチングがいいんじゃないって言って
そっち方面で動き出した矢先に
1対1は適性がないって言われて
”うわ、マジか...”ってなって。

ものを作るのが向いてるんですって。
そのエンジニア的なね。
でも若干それは納得で
とにかく人の為に何かをしたいっていうのが
大前提なんですけど、

確かにものを作る喜びとかあるんですよね。
だからエンジニア的な気質があるらしいです。
意外なんですよ。

本当は人生相談とかしたくてやろうと
思ってたのに向いてないって言われて、
もうがーんみたいな。

向いてなくてもいいからちょっとやりたいな
と思ってはいる。

ただ物理的に本当に時間がなくて
出来なかったってのもあったんですけどね。
コミュニティを作りたいなって気持ちは
今でも消えたわけでは無いんですよね。

いろいろ方向性考えつつやっていこうかなと
思ってるんですけど。

やりたいことがありすぎるから
一人じゃ当然出来ないなと思ってて。

チームでやって行きたいなって言うのはありますよね。
自分がとりあえず一通り勉強するんですけど
あとはちょっと人に振ろうかなと思って。

ー-------------------

【次回の予告】▶37:24~

次はプロフに書いているようなことなんですけどね。
それこそ『もう死んでやる!』って自殺騒ぎですよね。
本当に今だったらもう笑い話なんですけど。

パワハラされた上司との面接中、

『もう死んでやる!』
『飛び降りてやる!』

って。壮絶でしょう。
だけどもそのパワハラをバネにして資格を取って
職場を辞めたわけですよ。
さわりだけ言うとね。

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