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ニーチェ「栄養と土地の問題」

何を食べるか、どこに住むかという問題は、哲学者や神学者のどんな骨董的問題よりも、人類の幸福に関わる重要な問題です。

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これとはまったく別にわたしの関心をひく問題がある。その問題は、神学者のどんな骨董的問題より「人類の幸福」にかかわりがあるのだ、すなわち栄養の問題だ。
手塚富雄訳『この人を見よ』「なぜわたしはこんなにも利発なのか1」

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実際わたしは、壮年になるまで、いつも粗悪な食事ばかりしてきた。──道徳的に表現すれば、「非個性的な」「無私な」「愛他的な」食事ばかりしてきたのだ。
「なぜわたしはこんなにも利発なのか1」

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栄養の問題と関係が深いのは、土地と風土の問題である。
「なぜわたしはこんなにも利発なのか2」

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天才が存在しうるための条件は、乾燥した空気、澄んだ空──すなわち活潑な新陳代謝、巨大とさえいえる多量の力をたえず獲得しうる可能性をもつことだ。
「なぜわたしはこんなにも利発なのか2」

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栄養の選択、気候と土地の選択、──これにつづく第三の、断じてわれわれがしそこなってはならぬことは、各自に適応した休養法の選択である。
わたしの場合には、読書はすべてわたしの休養の中にはいる。
「なぜわたしはこんなにも利発なのか3」

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しかしよく食い、よく飲むことは、わたしの兄弟たちよ、けっしてむなしい技術ではないのだ。打ち砕くがよい、けっして楽しむことのない者たちの表を。
手塚富雄訳『ツァラトゥストラ』「新旧の表13」

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