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あの日、見ていなければ〘裏面〙




 カタン──。

 郵便物の音で、志藤は微睡みから連れ戻された。

「夢か……」

 一人息子は学生寮に入り、帰省時以外は夫婦二人の静かな住まい。妻は数十年ぶりの同窓会に出かけ、いつにも増して静かな書斎。
 とは言え、閑静な家並みの一角に於いて、窓から玄関先の音が届くのは別段珍しい事でもなかった。
 物思いを押しやり、ポストを確認する。かつて『ポストマン』──郵便配達員をしていた志藤にとっては半ば習慣と化しているが、それだけでもない。

「もう忘れてもいいのだがな……」

 休みにしか聞く事のない些細な音が、唐突に志藤を過去に引き戻す。
 昭和から平成に移り変わった今になって、小さな町の小さな局で働いていたあの頃──25年程も昔に。

 高校卒業後、志藤は地元の郵便局に就職した。
 そうは言っても小さな町の事。配達員としてだけではなく、あらゆる業務に携わっており、中でも特に頼りにされたのが絵手紙の見本制作だった。美術部員であった事、手習いをしていた腕を買われたのである。
 簡単なスケッチをねだられる事は高校時代にもあった。しかし、目を留めた客の「この葉書、綺麗ねぇ」と噂する声は、それ以上に彼の密かな誇りとなっていた。

 ある時、志藤は配達に行った先で一人の娘に出逢った。近隣では名の知れた家の娘で、後に妻となる鈴村花枝である。
 若い男たちの憧れの的であり、もちろん志藤も知ってはいた。ただ、名前くらいしか知らなかったし、そもそも自分と関わる事などないとも思っていた。
 
 それが故に、実際に言葉を交わし、人柄を知ってしまうと、惹かれていく気持ちを抑えるのは難儀なものだった。
 彼女の背景を見れば、一配達員でしかない志藤に成す術はない。まして、彼女に想いを寄せる男は多く、特に町村と言う同級生は高校生になる前から彼女を想っていたと聞く。卒業後は彼女の兄と同じ大学に通って懇意にしており、さすがにそのためだけの進学とは思えなかったが、心底花枝を慕っている事は間違いなかった。

 ポストの前で祈るように目を瞑っていた町村の姿、『カタン』と小さな音を立てて吸い込まれた文。
 それが志藤の胸に焼き付いて離れない。

 その文は、きっと花枝に宛てたものなのだろう、と志藤は直感した。
 その時、まだ花枝と直接の面識がなかった志藤には、町村の強い思慕の念が感じ取れただけだった。

 その後、卒業して仕事にも慣れた頃、玄関先で向かい合う花枝と町村を見かけた。
 恥ずかしそうに下を向く花枝の様子に、志藤はそっとその場を離れるしかなかった。
『二人は想いを通じ合わせているのだろう。あの時の文で』
 そう思うと胸が疼かない訳ではなかったが、町村の想いの深さを想像すれば、当然の成り行きとも思えた。

 だが、そんなある日、志藤は花枝から思わぬ誘いを受けた。次の休みに自宅に来て欲しいと。花枝の父が絵を描ける人間を探しているのだと言う。
 志藤はためらった。確かに、美術部だった事は間違いないが、部活動でかじった程度、しかも油絵ではなく手遊び程度の水彩画しか描けない身である。

『父と約束してしまったんです。一度お話だけでも……』

 押し切られて了承したとは言え、その時の花枝の笑顔が志藤の運命を決めたと言っても過言ではなかった。

 そこからの話はトントン拍子だった。
 彼が描き溜めていた絵を見、花枝の父と兄は即決したのだ。優しく淡い色彩がイメージ通りとし、宣伝に使う絵を志藤が任される事になったのである。
 何度も試行錯誤を重ねた結果、チラシは好評を博した。手書きの毛筆文字も後押ししてくれた。

 腕を買われた志藤は、花枝の兄・繁人に自分の片腕になって企画物のデザインを手がけて欲しいと請われた。自分には無理だと断り続けた志藤だが、鈴村家からの押しは強く、散々悩んだ末に郵便局を辞めた。

 皮肉なもので、それを決定づけたのは忘れるはずもない、町村の存在だった。

 張り合うつもりなどなかった。
 ただ、招待を受けた時の花枝の笑顔が幾度も脳裏に浮かび、たたずむ町村の姿をいつしか払拭してゆく。その事に気づいた時、どれほど花枝に惹かれていたかを思い知り、転職は必然の選択となった。
 コツコツと努力を重ね、ついには押しも押されぬ存在へと。それはつまり、花枝の相手としても認められたと言う事だった。

 二人は結婚し、息子に恵まれた。仕事も順調だった。正確に言えば、順調に回るように努力を惜しまなかった。
 ともすれば地味な印象の志藤だったが、地道な姿勢を賞賛する者は多く、繁人の信頼も篤かった。
 志藤にとっては、いつも傍らにある花枝の笑顔が幸せそのもので、苦労を感じる事などなかったのだ。

 だが、時折、不意に呼び戻される。
 あの日、ポストの前にたたずんでいた町村に。『カタン』と文が吸い込まれる音に。

 それでも、志藤は知っていた。花枝の文箱にしまわれた1枚の絵の存在を。
 文箱には、志藤が花枝の誕生日に贈る絵手紙がしまわれており、大切に束ねられた一番下にそれはあった。
 1枚だけ違う紙に描かれた絵は、紛れもなく高校時代の彼の手によるもの。譲った相手など記憶になくとも、状況から見て、町村が文を添えて送った事は疑いようがない。
 後に志藤が手掛けたチラシを見、花枝は添えられた絵が町村の手によるものではないと気づいたのだ。そうでもなければ、絵だけが残されている理由に往き着かない。

 今さら話を蒸し返し、町村を追及するつもりはなかった。そもそも彼との音信は途絶えており、どこでどうしているのか志藤も知らない。
 それよりも、花枝が本当の事を知っている、その事実だけで十分だった。志藤が描いた絵と知っているからこそ、絵手紙と共に大切にしまわれているのだから。

 それを思うたび、また花枝の事が愛しくなるのだ。

「さてと……そろそろ到着の時間だな。さぞかし荷物も増えてる事だろうな」

 その姿を想像して目を細め、志藤はゆっくりと立ち上がった。





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※注)
毎日、違うお題が提示される(らしい)他のサイトに読者として行った折、最新のお題として挙がっていたテーマ『恋と郵便』をお借りしました。(その日のうちにそのお題を使わなければならないワケではないようでしたが)
お借りした理由は、私が得手じゃないテーマだったことと、たまたまその時気が向いたから、だけですw 表面も出るかも知れませんww
 出しましたwww → 〘 表面

ちなみに、これが『最新』だったのはたぶんきっと恐らくメイビー2ヶ月くらい前ですw(放置民)
無謀にも自分で文字数制限を課したため、拗れて捻れて収拾が付かなくなるダーク展開にする余裕がなく(え)、何の変哲もない超ご都合展開しかない話です(〃・д・) -д-))ペコリン(何故、最後に書くのだ)
 
 
 

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