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#4 洞泉寺遊廓の山中楼が貸本屋へ 赤線からの転業

1.洞泉寺遊廓を知っていますか?

 遊廓や赤線に興味がある方なら、もしかするとご存知かもしれない。奈良県大和郡山市の洞泉寺遊廓。実は2020年3月、一度に4棟もの歴史的建造物が解体されるので多くの新聞やテレビで話題になった場所である。そのうち山中楼は解体直前に1日限定で一般公開が行われ、多くの方々訪れた。内部は廃業後住居として使われていたために遊廓の香りは薄れていたが、一般住居や商家とは違う独特の作りに多くの来訪者が目を見張った。


2.奈良の地方新聞『大和タイムス』に見える赤線地帯

 今回は奈良県の地方新聞「大和タイムス」に掲載された、奈良の赤線・特殊飲食店の動向について紹介する。特に、洞泉寺町に現存する山中楼が貸本屋に転業するなど、特定の業者名などが記載されており興味深い内容である。

まずは昭和32年11月17日の記事から。
※紙面の保存状態が悪く読めない文字は◼️であらわす。

正月を控え最後の一儲け?10月 84人もふえる 県下業者は減少・複雑な表情
 栄華をほこった遊里、県下の赤線地帯もいよいよ来年4月から姿を消す。ザル法と呼ばれてとかくの非難を浴びながらも、女性解放のかけ声から生まれた売春防止法によって遊里の繁栄史に終止符をうつわけだ。九月ごろまでは法案の延期を運動し、また延期を信じきって(た)業者もようやく考えだけは転廃業へ踏み切ったようだし、紅灯の町で春を売る女性たちを更生保護しようと設けられた県婦人相談所(奈良市興福院町)を訪れる売春婦も一時の低調さに比べて活気をとりもどし、10、11月と順調なあゆみを続けている。しかし一方、近づく正月を控えて最後の一もうけをするためか、これら赤線地帯で働く売春婦の数は急増、業者は減っているのに10月だけで84人も増えているなど、ますます複雑な表情を示している。<以下続く>

ここからわかった事実は以下である。
1)売春防止法は女性解放の掛け声からはじまったものだった
2)9月ごろまで法案の反対・延期運動があった
3)県婦人相談所がこの時期設置された
4)10月に接待婦が84人も増えた

 この84人の増加は、前々回のサンデー郡山の記事にあったように、11月1日から接待婦の新規雇用が禁止されるのを見越しての、駆け込み増加だったと思われる。続きを見てみよう。

 売春婦の更生補導を目的に4月から開設された県婦人相談所の窓口から見ると、ここを訪れた女性は全部で約30人。月別には4,5,6月が6、7人ずつ、7,8,9月はほとんどなく、10月4人、11月は10日までに早くも2人が相談に来ている。これは業者間でいわれた“9月朗報説”がくずれ、故実施の延期を軽く信じ込んでいた業者が、8月末の閣議決定、その後の売春◼️◼️などで見込みがなくなり、転廃業へ踏み切らなければならなくなったためだろうとみられている。しかし、今までに同相談所の門をたたいたのはほとんどが◼️のあるものばかりなので、話も早くまとまったがいよいよこれからが本当の仕事だと、同所では一時保護宿泊施設を完備するなど、受入れ態勢を整えて待機している。
<以下続く>

 こちらもサンデー郡山の記事では「相談に来る接待婦はほとんどない」とあった「婦人相談所」についての記載があるが、それを「順調」と報道する大和タイムスの立ち位置が想像できる。

◇・・・一方、業者の方もこのところほとんど連日会議を開いて転廃業へ真剣な話合いを続けている。しかし現在までに転廃業へ完全に踏み切ったのは郡山洞泉寺の「山中」が貸本屋、「竹中」が貸間に、岡町では「若駒」がアパートに、「万力」はマージャン屋、「御園」が牛乳屋の五軒だけ。奈良木辻でも「◼️屋」が八軒町でアパートを建築しているのをはじめ、大阪で印問屋を開業使用という業者もあるなど、積極的な動きを示した。特に木辻では全体を料理旅館にして営業しようという話も進めているようだ。

◇・・・しかし「転業は業者の死活問題だ売春防止法対策本部も県にできたようだが、業者との話し合いもいまだに一度もなく、国も一方的に転廃業せよというだけでそのために必要な資金などの補償は全然考えてくれない。みんなが言うほど業者も儲けていないのが実情だから、転業資金に四苦八苦している」というのが、業者の率直な意見だ。だから、転業へ踏み切るのは正月がすんでからになるだろう」という。

◇・・・こうして大詰めの慌ただしい空気を見せながら「転業資金の足しにしようと女性の数を増やして正月は最後の一儲けしたい」というのが大部分の業者の本心だろうと見られている。だから、赤線各所で肉体を切り苛む女性の数は、10月末で木辻では28業社148人、岡町25業社142人、洞泉寺14業社59人となっていて、合計は67業者、349人。もちろん昨年11月ごろの数字に比べれば少ないが、今年9月の68業者265人と比べると84人もの売春婦がわずか1ヶ月あまりに増えているわけ。これは正月を控えて一度辞めたものや他府県の転廃業で職を失った女性が流れてきているのがほとんど。

 ここからわかるのは以下である。
1.  岡町の特殊飲食店 若駒がアパート、万力が雀荘、御園が牛乳屋へ転業
2. 洞泉寺の特殊飲食店、山中(建物現存)が貸本屋、竹中が貸し間に転業
3. 奈良県内の特殊飲食店と接待婦の数、昭和33年10月末、木辻28業社148人、岡町25業社142人、洞泉寺14業社59人

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↑写真は現存する山中楼の内部。2020年3月5日に公開された。

3.世間の注目を浴びる赤線業者の動向

 では次に昭和32年11月17日の大和タイムスに掲載された記事を紹介する。

二店が廃業を届出 -暗い表情の赤線業者-
【郡山】(※以下、店名の後に氏名が記載されているが省略する)
 昨十六日、郡山市の2赤線地区から2業者が廃業を届出た。売春防止法全面発効が刻々とせまり県化赤線業者、接客婦たちの転廃業への動きがようやく活発化してきた。
 廃業を届出たのは郡山市岡町「日光」、同市洞泉寺町「大和川」の二軒、いずれもやめて行く接客婦が増加する反面、「新規雇用はご法度」の取り締まり方針に接客婦入手をピタリと封じられ廃業へ踏み切ったもの。これですでに廃業した岡町「花月」、同「万力」の廃業2軒と、新規雇用ができないため、実質的には廃業と同様の岡町「みその」、同「若駒」、洞泉寺町「たけの井」の三休業者を含め、計七業者が転廃業したことになり、31年末現在業者七十三軒に接待婦二百84人を誇った県下赤線も六十六業者、接客婦数269人と減少、ドタン場で“かせごう”派や、“ケ・セラ・セラ“派もぼつぼつ真剣な表情を見せはじめたようだ。
 一方、これら業者は何に転業しようとしているだろうか。去る5月1日発足した全国性病予防自治会転業対策◼️奈良支部がこのほど行なった希望アンケートからのぞいてみると(11月15日71業者現在調べ)、料理旅館24軒(14%)、旅館21軒(30%)、芸妓置屋5軒(7%)、料理屋2軒(3%)のほか、下宿屋、アパート、喫茶店、ホテル、ダンスホールが店一軒、不明十四軒(二〇%)といったところで、料理旅館、稽古置屋など水商売への横すべりが大半。ただ、さきほど麻雀屋に転業した岡町「万力」が経営不振で店閉めをするなど“先駆者”の失敗に業者の表情は暗い。

 ここからわかった要点を挙げる。
1. 岡町の特殊飲食店 日光、花月、万力、みその、若駒 が廃業
2. 洞泉寺の大和川、たけの井が休廃業
3.転業は料理旅館や旅館業を希望する店が多い
4. 法案が施行されないと楽観視してた接待婦も廃業後を真剣に考えだした
5. 先に転業した麻雀屋はうまくいかなかった

 このように、サンデー郡山11月17日の記事よりも具体的な店名や数字が掲載されているため、当時の様子をさらにリアルに知る貴重な内容である。同じ日のニュースでも新聞によって伝えている内容が違うため、できる限り複数の媒体から情報を集めるのは有効だ。次回も大和タイムスから、奈良の青線と白線の記事を紹介したいと思う。

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※参考文献『大和タイムス』大和タイムス社 1957


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