エキストラに参加した話

去年映画のエキストラに参加した。

映画配給会社に勤める友人が誘ってくれたのだった。

「主演は芦田愛菜だよ」

"芦田愛菜だよ"という文字列がいたって真面目なやりとりで使われることってあるんだ。

是非とも参加させていただきます。
場所はどこですか?

「法政大学の多摩キャンパス」

母校である。

母校も母校、まさしく俺が通っていた辺境のキャンパスである。。
2018年地球を一周して日本に帰った沖津は地球一周という行為の持つ空気にあてられてそのまま大学を中退していた。
2018年度に関して言えば退学届けを出すために一度行ったきりで、そのまま二度と来ることもないかもしれないと半ば本気で思っていた母校(と呼べるかも不明)のキャンパスに一つ余分に思い出が刻まれることになったわけだ。
わからないものですね。

ちなみに法政大学多摩キャンパスはドがつくほどの田舎にあり、また敷地も相当な広さを誇るが故に映画の撮影に使われがちであるという噂はたしかに耳にしていた。『デスノート』で藤原竜也、松山ケンイチ、戸田恵梨香が一堂に会したのも多摩キャンパスだ。

当日、家から撮影現場までの道のりと所要時間を完璧に把握している俺はむしろ若干の余裕を持って家を出た。これなら一年ぶりの多摩キャンパスを散策する時間もあるな、なんてことを思っていた。

結論から言えば「日曜ダイヤ」という悪魔が、しかし俺の母校散策タイムをぶち壊したのだった。キャンパスを目指すにあたりバスを一駅分追いかけ高校2年生の部活動以来となる全力疾走をかまし吐きかける等のハプニングもあったが普通に話としてはつまらないので割愛する。

遅刻ギリギリになってしまったと思ったのだが、沖津を誘った友達も、その友達が誘ったもう一人の高校の同級生もまだ来てなかった。
一番困るパターンだ。出演者もエキストラも皆控え室みたいなとこにそれぞれ入っていた。廊下にポツンと一人たたずむ沖津をスタッフとか偉い人っぽいのが「コイツなにしてんだろ」みたいな目で見てきた。
そうこうしてるうちに「エキストラの皆さんホールに集まってくださーい」みたいなことを絵に描いたようなADの見た目をしたADがおっきな声で呼び掛けはじめ、皆撮影現場となる大ホールに向かい出した。
おいおい参ったなこれ。向かう?待つ?いや待つでしょう。
控え室フロアに誰もいなくなってしまった。LINEの返信も来なくなったし。
スタッフが奥の方の部屋に向かって「芦田さん後○○分くらいでーす」みたいなことを言っている。
ウケる。ついにこのフロアには芦田愛菜とマネージャーと沖津だけになってしまったのだ。そんな瞬間があるものかよ。

友達が来たのはそこからもだいぶ経ってた気がする。
3人揃ってじゃあ行きましょ、となる。
ホールは学部の説明会とかで使われる相当なキャパシティを有する劇場みたいな感じのやつである。前方に舞台。椅子が階段状にずらっとある。一年生の時最初の登校日に学部ごとの入学式みたいなのやった覚えがある。学部生全員が収まるホールの2/3くらい埋まってたから相当な人数のエキストラがいらっしゃる。

ここで役どころを説明します。
芦田愛菜ちゃんの両親が宗教にハマってしまい、初めてその宗教の集会に連れてこられた的な場面らしい。つまり我々は信者の役だ。エキストラっぽ~~い!
舞台にも神秘的なセットが組まれている。

基本はすわってるだけで舞台上でなんやかんやしてるのを黙って見守るだけの撮影だが、山場が2つあった。
まず1つ目、ガッツリ歌わされた。信者全員で唄いました。歌詞カードが配られて何回か練習する。もちろん本番は手ぶらだ。我々は敬虔な信者ですので、歌詞など見る必要ござんせん。讃美歌じみた歌だったがそこはミッション系の学校に12年通った経験が役立つ。後ろの列の小学生軍団が限りなく「叫び」に近い全力熱唱だったので負けじと熱唱しておきました。
2つ目は「二人一組でテキトーに会話しろ」という指示。沖津達はなにしろ3人で来ているので1人あぶれる。俺です。
右隣の中年男性とバディを組むことになった。スタートの声がかかってからカットまで談笑する。
「私は一般の応募で参加しましてね」
「演技に興味もないただの会社員なんですけど趣味でエキストラの撮影にはよく参加してるんですよ」
「探しては応募して」
「今年もこれで3回目です」
色んな趣味があるもんだ。ミーハーとか好きな有名人がいるとかでもなくただただエキストラに参加しまくってるらしい。話しやすい人でよかった。
「この現場は撮影スムーズっぽいですね」
「あんま待ち時間ないです」
映画の撮影ってイコール待ち時間みたいなとこがあるのは知ってるけどベテランエキストラの感想はリアルだ。

撮影が終わって芦田愛菜の出番が終わるとご本人が舞台の上でマイクを持ってエキストラの皆さんに挨拶をするフェーズがあった。
うーん、マジですごいなこの人。「じゃあせっかくなんで芦田さんからも……」みたいな導入で始まった挨拶とは思えないしっかりした内容だ。
「主演を務めます芦田愛菜です。」
「皆さんのご協力でうんぬん」
「素晴らしいシーンになったかと思いますかんぬん」
この大人数の前で急に話ふられてこんなにきっちり喋り通せるもんかね。普通の大人でも無理な人は無理でしょ。テレビで観るより背が低くていらっしゃり、見た感じほんと普通の女児が舞台上でペラペラと挨拶する様は脳を混乱させた。

芦田愛菜とか愛菜ちゃんとか‥……。お前ら全員やり直しだ。そこに立っているのは芦田愛菜さんだ。

そんな芦田愛菜さんが主演を務めた映画『星の子』は10/9(金)公開だそうです。
沖津が参加したシーンは果たして使われているでしょうか。映ったりはしてないと思うけど普通に面白そうなので観に行こうかな。

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