留置所日記①続き


暗黒の夜を永遠に眠れずに過ごしていた頃、
布団から手を伸ばして鉄格子に触れてみた。
縦と横に太い格子状の鉄の棒が走っていて、その上からもっと目が細かいステンレスの網が張られていた。
その網に触れてみてどこかで見た事があると思った。

それは焼き肉屋の網だった。
同居人と行った中野の焼肉屋を思い出した。

酒が飲めない同居人と、肉で酒が飲みたい僕とでは食事にかける時間が違っていた。
定食屋感覚でパクパクと食べ進めるのが気に食わなく、それをあらかじめ僕に指摘されていた同居人は気を使って僕と同じペースで一枚ずつ食べた。
その時の同居人の表情が楽しくなさそうで自分はたらふくビールを飲んで楽しんだだけに面白くなく、店を出るとつい、軽い悪態をついた。

そんな微妙に自分の横暴が蔓延していた生活の記憶が蘇ると、布団の中で、酒を辞める事を考えた。
だが直ぐに、何を今さら、めでたい野郎だ。と思ったので考えるのをやめた。

取り返せない物だけが大事な気がして来る。
それよりも今ある物を大事にしよう。
言葉では何度でも言えるのだが、誰にも見つけてもらえない鉄の檻の中でポジティブな言葉は虚しさだけを引き連れて帰って来た。
そんなポジティブな言葉自体を憎たらしく思い再び悲しみに押し流されて行く。

一つだけ消されない蛍光灯がひたすら眩しく、いっそ穴が空くまでと思い、見つめ続けた。
白い視界の中に同居人の顔が浮かび上がってきて苦しくなった。
誰か助けてくれ。お願いします。
とイメージの中でいかにも悲劇的なアクションで大げさに誰彼かまわず土下座して懇願して回る自分の姿を思い浮かべた。

小さくて硬い蕎麦殻の枕を投げ出して、色の濃さの違うオレンジ色のこれまた硬い毛布2枚を重ねてそれに包まっていると、またどこかで見た事があるような気がした。

この色合いは、ホヤだ。
最寄りのスーパーで同居人とよく晩御飯の買い物をした。
晩酌がしたい僕に付き合って時折お刺身パーティが開催されていたのだが、その買い出しの際に見つけて二人ともその味を気に入り、必ずラインナップに上がるようになっていたパックの剥き身ホヤの色にそっくりだった。

店員に在庫を確認するほど二人で愛好したあのホヤに似た色の毛布に今、くるまっているよ。
と同居人に報告したくなった。
瞼を閉じていると頭の中が同居人の顔でいっぱいになった。
毛布を振り放って起き上がって周りを見渡すとどこまでも見慣れない無機質な牢屋の中だ。
地獄に来たと思った。
大げさに言い過ぎだと思われるかもしれないが本気で思っていた。

目を凝らして睨みつけるように確認した時計は午前2時を指していた、気がする。
横になり目をつぶってしばらく苦しんでいるといつのまにか眠りにつき、朝になっていた。

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