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山と先輩に救われた日。

「なんか、似てるよね。」
と、先輩は言った。

会社勤めをしていたころ、同じ部署の女性の先輩たちと仲良くさせてもらっていた。
わたしは転職組だったのだが、キャリアも年齢も上の、5人の先輩のグループに入れてもらった形になる。
そこで出会った2つ歳上のまみさん(仮名)が言ってくれた“似てる”という言葉。


まみさんは美人でさっぱりした性格、交友関係が広く男女年齢関係なく飄々とした態度、でも面白くて多趣味。社内の先輩方からも可愛がられていて、一言では言い表せない魅力のある人だった。

わたしはまみさんに憧れていた。美人なのはもちろん、人間的な魅力がとても豊富な人。男女問わずモテるような人だった。

そんな人に、似ているだなんて。


ランチタイムにみんなでお弁当を囲みながら、「ほんとですか!?」と嬉しさを隠しきれないわたし。
心の中では、めちゃくちゃうれしい!けど。。似てないよな、と思っていた。
わたしはまみさんに憧れているけれど、まみさんのようにはなれていない。
でもまみさんは、お世辞とか嘘とか言わない正直な人だということも知っている。

そのまま違う話に変わったので深く追求はしていないけれど
まみさんの中では”似てる”と思ってくれている。
それだけで十分過ぎるほどうれしかった。


その5人の先輩は度々飲みに連れて行ってくれた。
そして休日も遊ぶようになり、牧場に行ったり、山登りをしたり。
都会での仕事を忘れて自然を満喫する、大人の遠足のようだった。

山登りは最初にまみさんがハマっていた。
まみさんは自然の多いところで産まれ育っており、定期的に行きたくなるらしい。
「めっちゃ楽しいよ。Yuuuも一緒に行こう。」
5人+わたし、の6人は全員揃うことはなかったが
メンバーを入れ替え3〜4人くらいで何度か山を登った。


山には不思議な魅力がある。
山登りをする方はご存知だと思うが、山を登っている時間、そこにいるのはわたしたちと自然のみ。
すれ違う方がいる時もあるけれど、スタート時間も違えば歩くスピードも違うし
当時は山は混雑するようなところではなかったので、ほとんど人がいなかった。

その「わたしたちと自然のみ」の空間でおしゃべりをしていると
自然と心を開きたくなってくる。
たわいのない話をしていたはずが、だんだんと深く、心の根っこのような部分が登場してくるのだ。
これはお酒を飲んでいる時とも違う。
とても正直に、とても素直になれる。


ある日、まみさんとみやさん(先輩、仮名)とわたしの3人で山に登った。
のちにこの3人で色々と行動することになるのだが
もしかしたらこの山がきっかけとなったのかもしれない。


電車で待ち合わせをして、山に到着。
山はベテランのまみさんと、2,3回目のみやさんとわたし。
枯葉に敷き詰められた山道を登って行った。

なんの話をしていただろうか。
きっと仕事や、恋愛や、最近の出来事などを話していた時に
何かがきっかけで家族の話になった。
わたしは話の流れで、父親がいないということを言った。
思春期に色々と感じとった出来事もあり、よっぽど仲良くならないとあまり自分から打ち明けることはなく、誤魔化したり流したりすることが多かったのだが。

きっと、山がそうさせた。
そして先輩たちの人間力がそうさせてくれた。
まみさんも、みやさんも、とても優しくて正直な人だと思っていたから。


わたしの話を聞いたまみさんは
「よく、そんな真っ直ぐに育ったね。」
と言った。

それは、この話を打ち明けた相手の中で一番嬉しい反応だった。


この件については決して壮絶というわけではないのだが
”父親がいない”という事実は思春期の子供になんらかの影響を及ぼすことがある。
そしてまみさんの周りでもそのような環境の友人が数人いるらしく
その上で
「大変だったね」でもなく
「こんな話してごめんね」でもなく
フラットに話を聞いてくれて、今のわたしを見てくれた反応なのだと感じた。

みやさんも「そんな風に感じさせないよね。」といつものように柔らかく言ってくれた。


打ち明けてよかったと心から思った。
やっぱり好きな人たちだ、と思った。


山頂に到着し、すぐに降りることになった。
行きの電車で乗り間違えていたわたしたちは、スタート時点で予定の時間を少し過ぎていた。
暗くなる前に降りなければならない。
秋の山は暗くなるのが早い。

薄暗い山道を降りていくが、途中で道がわからなくなった。
”ベテランのまみさんについて行く”スタンスだったわたしとみやさんは、あまり下準備をしていなくて、地図も持っていない。
まみさんは、あれーおっかしいなあ。。とぶつぶつ言いながらぐんぐん進む。

さらに暗くなる山道。
そろそろライトをつけよう、ということになった。
山登りの必需品、ヘッドライトだ。
各々リュックの中をごそごそと探す。

「あ!電池忘れた!」とまみさんが叫ぶ。
「大丈夫です!予備持ってます!」とわたし。
まみさんに予備電池を渡し、すでに電池の入っていた自分のライトの電源を入れる。
しかし、どちらのライトも光らない。

しばらくポーチに入れっぱなしだったヘッドライトの乾電池は寿命がなくなっていた。
そして予備電池も古かったようだ。

慌てるわたしたちの最後の頼みの綱、みやさんを見ると

「ごめん、わたしのライト壊れてるみたい。。」


みやさんの電池を借りても使えず、ライトなしで降りることになった。
緊急事態発生。
辺りは薄暗いとは言えないレベルに暗くなってきた。

さすがにちょっとやばいと思いつつも
全員焦ることなく、怒ることもなく、なんとかなると言っていた。
なんとかするしかない。

とりあえず下に下に降りると
まみさんの野性の勘が働いたのもあり、道路が見えるところまで降りることができた。
スタート地点からは大幅にずれているが、バス停を見つけて無事に帰ることができた。


この「ライトつかない事件」は、その後何度も話のネタになった。
同行していなかった先輩からは
「3人いて3人ともライト使えないとかある?!」と残念がられ
「もー。山道は危ないんだからね。」と怒られた。

「もー。これだから0型3人組は!」


わたしたちは全員0型。
よりによってその日に、0型の特徴としてよく言われる大ざっぱさを発揮。

まみさんの「似ている」発言はこの部分もあったのだろう。

この事件を笑い飛ばしているわたしたちは少し似ているのかもしれない。
それはわたしにとって、とてもうれしいことで
先輩たちとの出会いにとても感謝している。


ここ何年かはそれぞれ引っ越しをして疎遠になってしまった。
わたしもまみさんもマメに連絡をとるタイプではない。
そんなところも似ている。

みやさんはたまに連絡をくれるので、数年に一度会っている。
相変わらず優しい人だ。
まみさんも、みやさんとはたまに連絡をしているらしい。


わたしは会っていない今でも、まみさんに憧れを持ち続けている。
憧れている部分は似ていないけれど
他は似ているところがある。
まみさんのようにフラットに正直に、相手に言葉を届けられるようになりたいと思っている。


あの時のまみさんの反応を時々思い出す。
「このままで良かったんだ」と思えたその言葉に
わたしは今もなお救われている。



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