見出し画像

坂口恭平日記展@熊本市現代美術館 

2023/02/16 日記の続き

真宗寺で石牟礼道子のお墓に手を合わせたあと、市電に乗って熊本市現代美術館へ。

美術館がある通町筋に近づくと、「坂口恭平日記」と書かれた大きな横断幕が見えた。熊本の街中に掲げられた彼の名前を見て、なんだか自分まで誇らしい気持ちになった。

会場にはパステル画が700点も展示されている。
そのうち200点はすでに持ち主がいて、この個展のために全国から集まってきた。


たくさんのパステル画を眺めていると、意識がぼーっとなる。
海と川と空を、自由に漂っているような不思議な感覚になる。
電線のたるみ、光の揺らぎ、夜の静けさ
どうしてこんな絵が描けるんだろう。

会場に流れるBGMも心地よくて、ひたすら気持ちいい。
ここに布団をひいて寝れたら最高だろうなと思った。

会場内にはパステル以外にも坂口恭平がつくったものたちが集まっている。
革靴、イス、ギター、ガラス瓶、セーター
器、畑の神様、手びねりの立体物、フライパン

ここにいると自分もなにか作りたくなるような、そんな空間だった。


眺めていると、会場にふらりと坂口恭平本人がやってきた。
真ん中のアトリエスペースで、おもむろにギターを鳴らし、鍵盤を叩き、サックスを吹く。即興で歌を歌い、それを録音する。ライブというよりも創作の現場を目撃した感じがしてドキドキした。

フリージャズの後、少し喋り、一緒に写真を撮った。彼はいつも気さくで、私は勝手にお兄ちゃんだと思っている。

初めて坂口恭平のことを知ったのは、私がまだ熊本の高校生だった頃。
Twitterのつぶやきから興味を持ち、その後『独立国家のつくりかた』を読んだ。パーッと視界が開けた気がした。それから、当時彼の仕事場だった零亭(ゼロセンター)にあるツリーハウスにお邪魔したり、お弟子さんの絵を見せてもらったり、彼がプロデュースしたポアンカレ書店で娘のアオちゃんのプラ板を買ったりした。坂口恭平の活動を追いながら、私の行動範囲も一気に広がっていった。

熊本の街中にある橙書店や食堂PAVAO、ライブハウスNAVAROも坂口恭平のTwitterで初めて知った。そこには普段出会えないようなカッコいい大人たちが沢山いて、高校生だった私はドキドキしながら通った。

そして少しずつ、大嫌いだった熊本の街を好きになっていった。

坂口恭平の作品や発言はいつも驚きがあって励まされる。特にTwitterの投稿では思っていても言語化できなかった感覚を絶妙なタイミングで発信してくれるので、いつも頷きながら「いいね」を押す。

投稿が静かになると、深い鬱の森で苦しんでいるのではと本気で心配になるし、動きすぎていると躁状態になっていないかなと少し不安になる。
って私も人の心配してる場合じゃないのだけど。

美術館を出て、近くの大好きな喫茶店「ラフタイム」でランチをたべ、久しぶりの街をうろつく。

喫茶店ならラフタイム、ぶらうん、アロー、珈琲院。本屋なら橙書店、長崎書店、長崎次郎書店。古本屋なら舒文堂と汽水社。
熊本に帰ってきたらいつも寄る場所は大体決まっている。喫茶ぶらうんは閉店したと聞いてとても悲しかった。以前店舗があったビルを眺めて、ママの笑顔を思い出す。

長崎次郎書店を出て、隣の八百屋の前で信号待ちをしながらTwitterを覗くと、「これから爆音DJをやる」と坂口恭平の呟き。今回の個展は当日中なら何度でも出入りできるので、すぐ向かった。

長崎次郎書店から現代美術館までは歩くと結構な距離がある。市電に乗ろうか迷ったが、待つ時間がもったいないので早足で向かった。途中、新市街のDenkikanあたりで足を捻る。ブーツじゃなくてスニーカーで来ればよかった!と後悔しながらも無事間に合って、会場の椅子に座る。

坂口恭平は息子ゲンくんの歌やアガる曲を爆音で流しながら、すでにノリノリだった。もはや美術館というよりクラブ状態。

パステル画を眺めながら、その場にいる人たちがそれぞれに身体を揺らした。
最後は学芸員さんもノリノリでやってきて、打ち上げパーティーのような幸福感に包まれる。
(個展が始まってまだ一週間しか経っていないのに!)

そして誰よりも楽しんでいる坂口恭平の姿は、見ているだけで元気が湧いてくる。この時ばかりは、さっき捻った足の痛みも、しんどいことも忘れていた。

「さあ みなさん現実に戻りましょう!」と蛍の光的な静かな音楽を流し、解散。
最後は大きな手でがっつり握手をしてもらえて、ほんとうに嬉しかった。
久しぶりに会えた喜びに浸りながら、坂口恭平行きつけ「ジャニ」のスリランカカレーを食べにいく。今度はちゃんと市電に乗って。

美術館を出た頃には、すでに私の目にはパステルのフィルターがかかっていて、目に映る景色すべてが坂口恭平のパステル画に思えた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?