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わたしのかるた高校選手権

時には5時台の新幹線に乗り、帰りは京都発の新幹線の終電に駆け込んで、近江神宮の取材を続けて、気がつけば15年経っていました。

その15年の間に、4回の妊娠出産。真夏に妊娠8ヶ月だったりするから行けないこともありましたが、10回は来た夏の近江神宮。

連載の原稿を終えて、初めて「取材じゃない近江神宮」に訪れた7月23日のことを書きたいと思います。

同行してくれた担当編集のUさんは6月に新しく担当してくれた方で、近江神宮に一緒に訪れるのは初めて。歴代担当さんからの「近江神宮ではここに気をつけろ!マニュアル」のメモを傍に「末次さんは、京都駅でマネケンのワッフルを買っていくんですよね?」とノコノコ買ってもらって乗り換える湖西線。

大津京駅で下車し、だいたいこの時間に着きます、と勧学館の方に連絡していた時間が迫っていたのでタクシーに乗り込む流れだったのですが、私はどうしてもやりたいことがありました。

「Uさん、大津京の駅から近江神宮まで歩いて行っていいですか」

近江神宮まではだいたい徒歩15分。いつも時間に追われている私は毎回タクシーのお世話になっていたのです。
でも高校生のみなさんはみんな行きも帰りも歩いているのを知っていました。私はどうしてもその道を歩いてみたかった。連載が終わって、もう何の取材にもならないのに。
真夏のこの道を歩いてみたかった。

白いタイルで覆われた歩道は目に眩しく強い照り返し。
7月23日は珍しいくらい風のある涼しい日でしたが、タイルの上を歩いていると感じるジリジリと逃げ場のない熱い石の温度。

「千早たちの冬の名人戦のシーンのとき、原田先生がタクシーを待ちきれなくて歩いて行こうとして転んでしまって、太一が見つけるシーンはこの辺りのつもりで書いたんですよね」
「でも実際に自分が歩いたことがないから、タクシーの中から撮った資料写真で描いてて、自信がないままだったんですよね」
そんなことを担当さんと歩きながら話してました。

近江神宮が見えてきます。まっすぐ伸びる大きな木に囲まれ、境内に入るとあっという間に暑さが引っぺがされました。
暑さは石に取り付くのだ、水分のある土と木の世界では夏は厳しいものじゃないのだ、と当たり前のことを深く感じる、神宮の空気でした。


もう何度来たかわからない近江神宮の境内。
天智天皇が祀られるかるたの聖地です。

この社に守られて思う存分漫画が書けたことに、私はどうしてもお礼が言いたかった。たくさんの縁に恵まれ、運にも恵まれた。努力はほんの少しだった。たくさん力をお借りした。
神様にこの思いが伝わるでしょうか?
奥の本殿を見上げて、心を捧げるようにつぶやいたら、肺がぐっと熱くなるような気持ちになりました。
この思いが伝わるでしょうか?

今年の競技かるた高校選手権は、史上初めて全国47都道府県すべてが代表を送り出すという快挙でした。出場校の多い県は代表を2校出すことができるというルールがあるので、全部で61校が参加。コロナ禍にあってどの高校も出場を辞退することなく揃うことができ、当日もスムーズに試合が進んでいきます。
スムーズに進んでいるように見えるその裏での、運営の皆さんの苦労はいかばかりか………

8会場全てYouTube配信があり、応援に行けないご家族もお友達もたくさん視聴してくれました。それは当然じゃなく、多くの方の努力と想いの結晶です。私が取材を始めた時はもちろん動画配信もなかったし、出場校も半分程度でした。個人戦への出場者は6倍に増えました。

毎年来るたびに、写真を撮ってお話を聞いて、沈黙が必要な試合中はみなさんの試合を見ながら物語のことを考えていました。
魔法のようにエピソードが繋がる瞬間はいつも、誰かの集中がみなぎる空間がもたらしてくれていました。
引き寄せ合うように要素と要素がつながって、まるで最初からそう決めていたように美しく物語が編まれる瞬間がありました。
嘘みたいと思うかもしれませんが、私にとってそんな奇跡が起こる瞬間は、その多くがかるたの試合の観戦中でした。

誰かの笑顔に、誰かの涙に、ひとつひとつの「ほんとうの気持ち」に触れた時に、自分の中に積もっていく確信がありました。
「あなたのおかげで、また漫画が良くなる」
もちろんみんな漫画のためになんか頑張ってないのだから失礼な話なのですが、私がこの畳の上で見つけた宝石は、必死になってここにきた皆さんがくれたものでした。


決勝戦と3位決定戦がが始まる浦安の間。
まさに今、これまでの努力を出し切ろうとする選手皆さんの背中。
集中を高めて試合に臨むみなさんのざわめきを感じながら、時間に追われ畳を去る自分。

私はもう夏の近江神宮に来ないのかもしれない。少なくとも、もう現役の気持ちでは来られない。ああ、楽しかった時間が終わってしまう。

私はここが、ここで戦うみなさんが大好きだったのです。

なんだかボロボロ泣いている私に、「来年も再来年もまた来られますよ」と担当のUさんは言います。
でもそうじゃないのです。
来られても、それは卒業生的立場です。ここで戦う現役の日々は今年で終わりです。

なんて楽しい三年間だったでしょうか。
15年も描いてきましたが、体感では三年間でした。
15年を三年に詰めて描いてきた漫画。私がどれだけここが好きで、どれだけ楽しかったか。
でもそれはきっと伝わるんだろうと、それでいいんだと、帰りの電車に乗りました。

もうすぐ最終話の247首がBE LOVE9月号に載ります。
どうぞたくさんの方に同時にゴールを迎えてもらいたい。
ネタバレをうっかり目にしたらどれだけイヤか想像するだけで怖い。
だからほんと早めに追いついて。早めに見て。一緒に読んで。
ああ絵馬にそう書けばよかったんだっけ?・・・と思いつつも、それでもかるたを頑張る皆さんの幸運の方が大事だわ、と思い直す近江神宮の1日でした。

https://pocket.shonenmagazine.com/episode/3270375685311245797

↑ちはやふる49巻の後の246首はこちらから読めます。よろしくお願いします。

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