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「読んだ人が元気になるような本にしたいんです」

大小の爆弾を飲み込まされたような1月です。みなさんお変わりありませんか。「お変わりありませんか」なんて、こんな呑気な言葉だってもう言えないくらい、ほんとうは泣き出したい。そんな思いの皆さん、あなたの肩をさすりたい。

今日はとても忙しい日で、私にしては珍しく三件も予定があり、3時間ごとに電車を使って街を移動する火曜日でした。

昨日一旦書き終わったアナログのイラストを出版社に持っていかなければならなくて、なのに大きなイラストを入れる書類ボックスが見つかりません。

折れ曲がったら困るものを持ち歩くために、サイズの合わない紙袋と段ボールをどうにか探して手に持って歩きます。人とぶつからないように、ドアに挟まれないように、化粧室に忘れてこないように、大切に持ち歩く紙袋。

出版社に着いて、編集さんに絵を一旦受け取ってもらおうと顔を上げた時に「末次さん、大丈夫ですか」
と言われ、ぐわっと泣きそうになりました

芦原妃名子先生の訃報を聞いて、漫画家さんだけじゃなく、ファンの皆さんにも衝撃が走り、もうたまらな気持ちが続いています。

言葉にならない。
言葉にならないけど、私たちはいま殺気立っている。
攻撃を受けたと思って、毛が逆立つような思いをしている。

だけどそうではない。そんな気持ちがしているだけで、線を引かなければならない。
だけど同じ職業の人間が怒らなくてどうするのだろう。
だけど、
言葉にしてしまうと違う誰かが追い詰められる。そうしたいわけじゃない。
だけど、だけど。

グッと言葉を飲み込んで、胸でもお腹でもないところに爆弾を詰め込んで破裂しないようにグッと体に力を入れていました。

「末次さん、大丈夫ですか」
「映画でお世話になった◯◯プロデューサーも心配して何度も連絡をくれています」

編集さんがそう声をかけてくれて、落ち着け落ち着けと空気を吸い込んでいた緊張が少し解けて、
たまらない思いをしているのは漫画家だけじゃないということを感じました。

映画化やアニメ化してもらう機会をもらった「ちはやふる」の時、私が出会ったのは度々コミュニケーションを取ろうとしてくれるプロデューサーさんでした。こんなふうに思っている、こんなふうに現場をリードしていこうと思っている、俳優さんとの関係もこう言うふうに構築している、原作のこう言うところを大事にしている・・・そんなことを伝えてくれる人でした。

原作を変える、変えない、映像化の際にもいろんな方針があり、思うようにならないことは双方にあります。

難しい調整作業を身をよじるようにしてくれている人に支えられ、漫画は漫画じゃない違う形を与えられます。自分一人でできる限界を超える時、新しい魅力をもらえることもあれば、望まない変化をさせられることもあるでしょう。

「なら、やらなくていいです」

そう言っていいんだということを、しっかりわかっていなければこの怖い戦いに出て行けないのです。
いつでも言っていい。いつでも引き上げていい。
そのくらいの強い権利を漫画家は持っている、だからこそ丁寧に話を聞きたいし、聞いてもらいたいのです。

紙に描いた新しいイラストを編集さんに渡してホッとするのは、一枚しかないアナログの絵が大切だからです。紙だったものの上に、命を乗せたと思っているからです。

新しい単行本の打ち合わせで、どんなふうな単行本のイメージがあるのかを深掘りして考える時間がありました。
どんな気持ちでこのタイトルをつけたのか、どういう思いを受け取ってもらいたいのか。
ふんわりとしていた空気みたいなものが、編集さんやデザイナーさんとの会話の中で新しい輪郭を見せていきました。

ああ、自分の中にこういう気持ちがあったのか。
あのキャラクターの肝はここにあったのか。
こういう未来に行くまでの話だったのか。

大きな木から切り出されていく彫刻のように、誰かとやりとりしていく中で見えてくるキャラクターの心。

それは自分のようで、自分よりももっと長く生きてほしい魂そのもののようで。

ふわっと現れては消えるダイヤモンドダストのような思いを形にするために、留めるために、物語に携わるみんなは力を合わせているのだと思える打ち合わせでした。

作品を創るために渾身でないといけない。
作品を守るために必死でないといけない。

飲み込んだ爆弾は、私だけでなくきっと今回ショックだった皆さんの中にもあるのです。

「読んだ人が元気になるような本にしたいんです」

デザイナーさんには結局ずいぶん単純なことを伝えてきました。
でもそれがどんなに大事で、どんなに難しいか、そしてどれほど尊いか、それが痛いほどわかるのは、元気をなくしている今だからかもしれません。

あなたを元気にしたい。
私がまず元気になって、楽しく絵を描くので、見ていてもらえたらと思います。

大事にされる作品が増えていくことを願ってやみません。
どんな人でも、どんな物語でも尊重されたうえで、面白いものにすることが絶対にできるはずです。

芦原妃名子先生のご冥福を、心からお祈りしています。


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