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2月20日 「アレルギーの日」にちなんだ短編小説

風邪をひいた。学校を休むほどでもなかったけれど、咳がしつこく続いていた。咳が減ってきたと思ったら、次はくしゃみや鼻水が増えてきた。変に長引くと思ったら、どうやら風邪から花粉症に移行したよう。

毎年、花粉症の症状で春を感じる。桜が咲き、新生活という華やかな季節なのに、わたしは春がくるのが毎年ユウウツ。冬が終わってしまうのもユウウツ。
 
春は花粉症、夏は湿気と暑さにやられて、秋には秋の花粉症。冬がわたしにとっては一番過ごしやすい。だから、冬の始まりは嬉しく、冬の終わりは悲しい。
 
ついでにインドアでこもりがちな人間なので、春がきて夏がきて活発になっていく人々を見るのがユウウツ。自分ももっと頑張っていきいきしなければならないような気分になってきて焦る。

せっかく嫌いな数学の授業をさぼって保健室で寝ていられるというのに、ユウウツなことばかり頭をよぎる。

花粉の症状で体がだるいのか生理のせいで体がだるいのかどっちなのかわからず、授業を頑張る気にもなれず。生理痛と言った方が休ませてもらえそうなのでそういうことにした。先生はなるべく授業に出るように促したがっているのは分かったが、私だって本気でだるい。意地でもベッドを勝ち取る。

そして勝ち取ったベッドの上で、軽くまどろんでいると、保健室の扉が開く音がして誰かが入ってきた。なにやら話し声が聞こえて、入ってきた人と保健室の先生が一緒に出ていった。

閉められたベッドのカーテンの隙間からそっと覗くとやはり先生はいなくなっている。

おお、貸し切り。嬉しい。と思っていたら、隣のベッドに人がいる気配。わたしが来た時からカーテンが閉まっていたから、人がいるのかいないのか、分からなかった。

「開けてもいい?」

向こうから、声がする。わたしの返事を待たずにカーテンが開き、隙間からちょこんと顔がのぞく。

ああ、なんだ。同じクラスの子だ。同じ友達グループではないものの、挨拶やちょっとした会話くらいは普通にする子。向こうはわたしと先生のやり取りを聞いていたのかな、声でわたしだと分かったのかも。

「花粉症がひどくて。そっちは?」
鼻声でその子が話しかけてくる。
「わたしも一緒。花粉症でだるい。生理もだけど」
わたしも鼻声で答える。
 
ベッドに寝転んで、カーテンの隙間からお互いの顔だけ見える。なんだか変なシチュエーション。
 
あの先生さあ、ただの花粉症でしょって言うの。ひどくない。どれだけつらいか知りもしないのに。花粉症って軽くみられがちだよね。わたしアレルギーひどくてさ。でも分からない人には分からないよね。仮病みたいに疑ってきて。うんざりする。
 
退屈していたのか、その子はおしゃべりがとまらない。わたしもつられておしゃべりになる。花粉症にはじまり、友達のこと、噂話、推しについて、進学どうする、親への愚痴。
 
本来は授業中。体調が悪いとはいえそれをさぼっている。遠くから聞こえるピアノの音、運動場からの掛け声。そこから隔離されているかのような自分たち。ちょっとした優越感と、軽い罪悪感。

お互いが同じようにそれを感じていた。共犯者のような心地いい一体感。そのせいでいつもよりおしゃべりになっていたのかも。
 
しかし楽しい時間はずっとは続かない。しばらくすると先生が戻ってきてしまって、会話はそこで終わってしまった。
 
それをきっかけにその子ともっと仲良くなった、ということもなく、わたしたちの関係は何も変わらなかった。まあ、そんなものだろう。
 
一緒にいても、もう共犯者のような一体感は味わえないかもしれない。
そのことにあの子もわたしも気づきたくなかったのかもしれない。

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