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「床挿し」家にまつわる短編ホラー小説

明るく暖かいところで、のんびりと花見でもしたくなるような春爛漫のこの日に、わたしはそれとは正反対の薄暗くじめっとしたところに足を踏み入れようとしている。
しかも花見に行くよりもウキウキしながら。

数日前、「おもしろい物件みつけたよ」と友人から連絡が入った。
友人は不動産関係の仕事をしていて、おもしろそうな物件を見つけると、わたしにこっそり内見させてくれる。
ちなみにわたしとその友人が言う「おもしろい物件」とは、個性的な家とか、間取りが凝っているとか、そういう意味ではない。
いわくがありそうとか、幽霊が出そうとか、探りたくなるような秘密がありそうとか、そういった意味だ。

待ちに待った当日、約束の時間より早めに待ち合わせ場所の駅前に行くと、友人はすでにそこにいた。
仕事を抜け出してきた友人はスーツに身を包んでいて、聡明で仕事のできるかっこいい社会人といった雰囲気を醸し出している。
一見するとオカルトなど興味なさそうなタイプに見えるが、口を開けば、呪いだの霊だのおどろおどろしい話題ばかりで、完全にそっちの世界にとり憑かれている。もちろんわたしも人のこと言えない。二人そろってとり憑かれている。

同年代の人たちが、結婚や子育てやマイホーム購入など、人生という名のゲームのコマを順調に進める中、いまだにこういうことを共に楽しめる同志が残っているのはなんとも心強い。

お互いの近況やら最近仕入れた都市伝説やらをだらだらとしゃべりながら歩き、春の陽気にほんのり汗ばむころ目的地に到着した。
畑が多く、その中に住宅がまばらに建てられている、静かなところだ。

「ここだよ」
友人が手のひらでその家を示した。
「おお、ここかあ」
外から見たところなんの変哲もない普通の家だ。屋根瓦は灰色、外壁は茶色のトタン張り、大きな掃き出し窓。昭和後期か平成初期に建てられたであろう、古びた小さな平屋。
ブロック塀に囲まれていて、鉄製の門は錆びて年季が入っている。駐車スペースは割れたコンクリートの隙間から草が生えている。
「お客様、どうぞ」
不動産業者がお客を招くように、友人がうやうやしくわたしを中に招き入れた。
芝居がかったそのしぐさに笑いそうになりながらも、わたしは門から中に入る。
門から玄関へと歩く部分だけコンクリートで固められていて歩きやすいようになっている。それ以外は土で、人が住まなくなった家にありがちな枯れた雑草が生い茂っている。
門から入って左側には庭があり、枯れた雑草に埋もれるようにして、色とりどりの小さなかざぐるまがたくさん土に刺さっている。
劣化したかざぐるまが風に吹かれてカタカタとかすかに音を立てている、その光景がなんとも物悲しい。
見ようによっては何か宗教じみていて不気味な感じもする。

でもまあ、ただのモグラよけだろうな。
風車が風に吹かれ回ることで、地面に振動が伝わる。モグラはそれを嫌がって近寄ってこない。野菜でもここで育てていたのかな、それをモグラにやられないようにしたのだろう。

今のところ何も怪しいものはないが、わたしは充分堪能していた。
「さていよいよ中に入りますか」
友人が鍵を鍵穴に差し込み何回か回す。向きを90度変えれば開くタイプのものではなく、何回か回さないと開かない古いタイプの鍵だ。でもこれの方が泥棒に鍵を破られにくいと聞いたことがある。だったらみんなこれにすればいいのに。

玄関の引き違い戸が開け放たれる。
他人の家の匂いがほんのりとすると、人の縄張りに勝手に踏み込んでいるような気分になってきて、それがまた気分を盛り上げてくれる。
玄関には靴箱が置かれたままだ。このように家具や物が放置された家の方が想像力を刺激してくれて、これまた気分を盛り上げてくれる。

家の中の扉は湿気がこもらないように開け放たれていて、玄関からでもすべてを見渡せてしまいそう。
じわじわいきたいのにもったいない、少しずつ見ていこう。
玄関を入って目の前、右半分は壁。そこはトイレになっている。
左半分は短い廊下で、突き当りが洗面所とお風呂場。古びてところどころカビが生えたりタイルが剥がれたりしているものの、特に変わったところはない。

となると友人が「おもしろい」と感じたものは、こっちだな。いよいよ本丸、リビングへ突入。開けっ放しの引き違い戸から中へと踏み込む。
そこは広々とした14畳ほどのLDKで、冷蔵庫や食器棚やダイニングテーブルなどの家具が置きっぱなしではあるが、すっきりと片付いている。
奥には和室と洋室が見える。
その和室を見て、わたしはすぐに異変に気が付いた。
「床挿しだ」
「さすがに、すぐ気づいたね」
にやにやしながら友人が答えた。
「この状態で売りに出してきたの?」
「うん、そう」
床挿しとは、畳と畳の合わせ目が床の間にささるように配置されていて、縁起が悪くタブーとされている畳の敷き方だ。
大工さんも畳屋さんも当たり前に知っている常識で、プロでこういう風に敷く人はいないから、建てられた当初は正しく敷かれていたはず。
ということは、それを知らない素人が畳を一度はがして敷き直したということになる。
「畳をはがしたか」
わたしがぽつりと言うと、友人がキラキラした目でわたしの顔を覗き込んでくる。
お互い好きだよね、こういうの。
「やっぱりそう思うよね」
「会社の人たち、なんで直さないの?」
「さあ、面倒くさいんじゃない」
友人はわたしがどういう結論を出すか気になってうずうずしているようだ。
「畳はがして何かを埋めたとか」
「やっぱりそう思うよね」
畳をはがして、その下の板もはがして、その下の土に死体を埋めるという、いつ見たかも覚えていないドラマのワンシーンが思い浮かぶ。
現在の住宅の基礎はべた基礎と言って、コンクリートで全部を固めてしまうのが主流なので、束がある部分しかコンクリートで固めない古い家でしかできないことだ。
ん?まてよ?
「でも埋めるなら、畳一枚だけはがせば充分だよね」
そう言うと友人は、うんうんとうなずく。
全部をはがすなんて手間のかかることをしなくても、何かを埋めるには畳一枚のスペースで事足りる。
何がないかな、畳を全部はがさなければならない理由。
「脱税対策で、畳をはがしてお金を敷き詰めて隠した、とかは?」
再び友人がうなずく。同じように考えたのだろうな。
でも脱税なんて質素なこの家には似つかない。
「ねえ、畳はがしちゃだめかな?」
「もちろん、いいに決まってる。そのつもりで呼んだのだから」
さすがわが友人。

さっそく畳を一枚はがしてみるが何もない。下の板にも何かしたような痕跡はない。畳の裏にも何もない。
拍子抜けしてしまった。これは単に、大掃除で畳をはがして、間違えて敷いてしまっただけかもしれない。がっかり。

庭にたくさん刺さっているかざぐるまと同じで、何でも怪しいと思えばそれなりのストーリーがこじつけられてしまう。

「何もないね」
友人もつまらなさそうにそう言う。
確かに何もないけれど、何かが引っかかる。
なんかこの床挿し、わざとらしいんだよな。この敷き方が変だと気づいた人に直してもらうのを待っているような。
「ねえ、売主はどんな人だったの?」
「個人情報はお教えできません」
こういうときだけ、不動産会社の優秀な社員に戻るのね。
まあ、あたりまえか。
「何か思いついたなら話してみてよ。当たっているかこっちの表情で判断して」
友人がそういうのでわたしは考察を述べ始めた。
「家具やら荷物が置いたままだから、引っ越しじゃないよね。だったらもともと住んでいた人は亡くなったのかな。そしてこの家を受け継いだ人も、とりあえず金目のものがないかどうかだけ確認して、あとは整理もせずすぐに売りに出したって感じ」
友人がにやにやしながら聞いている。当たりかな?
「さっさと手放すということは、この家に思い入れがないし、住んでいた人とも交流がなかった。受け継いだのは遠い親戚かなあ」
相変わらずにやにや顔の友人。
「住んでいた人は自分の死後、誰がこの家を受け継ぐかは予想ついていただろうし、畳の敷き方など気づかずにすぐ売りに出されることも予想がついていた。だったら、この床挿しは住んでいた人から売られた不動産会社への何らかのメッセージだ」
得意げに言い切って友人の方を見ると、さっきはがして柱に立てかけておいた畳を見てなにやら青ざめている。

「どうしたの?」
「ねえ、これ」
友人が畳のへりを指さす。
畳の側面、その5㎝ほどの厚さの部分に黒いマジックペンで書かれた小さな文字。

「こどもにころされるこどもにころされるこどもにころされる」

その文字が畳の側面をくるりと一周するように書かれている。

友人と顔を見合わせるとお互い考えていることは同じようで、二人して他の畳の側面もすぐに調べ始める。和室に敷かれていたすべての畳の側面に同じ文字がぎっしり書かれていた。

住んでいた人は子どもに命を狙われていた?
子どもなら床挿しになど気づかないだろう。だから見つからないように畳にこっそりメッセージを残して、床挿しだと気づいた人に発見してもらいたかった……?


「子どもなんていないよ」
守秘義務はどうした、怖くて一人で抱えていたくないのか、友人は吐き出すように一気にすべてを教えてくれた。
「ここはね、年配の女性が住んでいたの。女性に子どもはいない、独り身だったから亡くなったあとは、甥がこの家を受け継いですぐに売ったのよ。」
それに自分の子どもに殺されるのなら、こどもと書くより名前を書くだろう。そっちの方が確実に告発できるのだから。


こどもにころされる
そのこどもとは誰なのか、いや何なのか。
こどもはどこに行ったのか、それともまだここにいるのか。
こうなってくるとあらゆる意味合いが変わってきてしまう。

甥は思い入れがないからすぐにこの家を手放したのではなく、何か不気味なものを感じたか、知っていたかで、さっさと手放したかったのかもしれない。

カタカタカタカタカタカタ……
無数のかざぐるまが風に吹かれて音を立てている。
本当に、モグラよけ?
劣化した色とりどりのかざぐるまがとたんに気味の悪いもののように感じた。


おしまい

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