もーきんずばばばばーん! 13

第13話 霊山の庵

 キンケイ・ギンケイはその名の通り全身が金色・銀色の、尾の長い雉の仲間である。左右に巫女姿のキンケイ・ギンケイを配し、白い神職装束の雉野真雉は、大きな神棚に向かい祝詞を奏上していた。他に室内には只一人、床几に座るマガモのみ。警察庁長官である。SPも連れずに居るここは都心にほど近い、政治結社神州鳳凰会本部の「祈りの間」。雉野真雉はこの結社の会長の肩書を持っていた。他にも幾十の肩書を持っていると言われている。

 長い祝詞を終え、雉野真雉は柔和な笑顔で長官を振り返った。

「これで安心、長官の武運長久を神様にお願いできました」

「ははっ、ありがとうございます。ですが、何分その」

 長官はやや俯き、真雉と視線を合わせられないでいた。

「お気持ちはわかります、警察が軍と事を構えるなど、政府としてはもっての外、正に国難の事態、可能であれば穏便に済ませたいと思うのは責任者として当然の事です」

「はい、真にそう言った訳でありまして、出来うることならその」

「ですが」

 雉野真雉の眼が、段々と怪しい光を帯び始めた。この部屋が暗闇なら、本当に眼が発光する様を見られたかもしれない。一方それに応じるように、長官の眼は徐々に光を失って行く。

「既に託宣は下ったのです」

「た、たくせん」

「神はこう告げられました。軍部撃つべし!」

 真雉の強い口調に、長官は雷に撃たれたように立ち上がった。

「ぐ、ぐん、ぶ、うつ、べ」

「軍部撃つべし!」

「ぐんぶ、うつべし」

「軍部撃つべし!」

「軍部撃つべし!」

「祈りの間」に、二人の絶叫が響いた。


 十分程後、警察庁長官が鼻息荒く帰って行くと、雉野真雉は眼元を押さえ、深く溜息をつき、弱々しく笑った。

「やはり歳ですね、体力がもちません」

キンケイとギンケイに両脇を抱えられ、大仰そうに立ち上がると、そのまま廊下に出ようとして立ち止まった。

「ああ、忘れていました」

 真雉は小さく振り返ると、首をクイッと下に曲げた。バリンッと大きな破裂音と共に天井が破れ、何か小さな塊が落ちて床に叩きつけられた。「祈りの間」には周囲の廊下から、おそらく真雉の護衛であろう、十人を超えるキジ達が駆け込んで来た。その前で、謎の小さな塊は、四本脚でむくりと立ち上がる。

 それは小さな犬に見えた。しかしボディは滑らかな金属光を放っている。その犬は、現代に存在しない技術で作られたロボット犬であった。

「捕まえなさい」

 真雉の命令にキジ達は翼を広げ足を踏み鳴らし、ロボット犬を追い詰めようとした。しかし、敏捷さにおいては相手の方が一枚も二枚も上手であった。ロボット犬はキジ達の間をスルスルと滑るようにすり抜ける。すり抜けた上に、最終的に真雉の足元にまで達し、犬歯を剥き出して、稲妻の速度で首筋へとジャンプした。驚いた真雉は、首を大きく横に振るった。再びバリンッと空を裂く音がしたかと思うと、ロボット犬は跳ね飛ばされ、部屋の反対側の壁を突き破って外へと落ちた。だがそれを追う者は誰も居なかった。雉野真雉が昏倒したからである。ただ、現場にはロボット犬の右前脚だけが残されていた。

     ◆

 同時刻、鳳凰会本部を出て官邸に向かう警察庁長官の車の前に、一羽の輝かんばかりに美しいタンチョウが舞い降りた。しかし警護の車からSPが飛び出した瞬間、もうタンチョウの姿は無かった。そして警察庁長官は、車の後部座席で泡を吹いて倒れていた。

     ◆

 ソファの内線電話が鳴った。だがベルの音が違う。官邸からの直通電話だった。

「はい、はい閣下、了解致しました。お手数をお掛けします」

 短い電話だった。ダチョウは静かに受話器を置いた。コウテイペンギンはその顔を覗き込んだ。

「どうだった?」

「芽は摘まれた、とのことだ」

 オオワシは大層疲れた風に、

「そりゃあ良かった」

 と吐き出した。

「でもおかしくないか、『摘んだ』じゃなくて『摘まれた』なのかい」

 コウテイペンギンは、言い回しが気になるようだった。

 

「さあな、そんな細かい事など一々気にしても仕方ない。今は兵を休める方が先だ」

 ダチョウは再び内線電話の受話器を持ち上げ、「内線一」のボタンを押した。

「私だ、第一戦車部隊は撤収、兵は通常待機、以上だ」

      ◆

 帰宅しても『彼』はまだ戻っていなかった。母さんは勿論まだだ。僕は一階でもう三時間もテレビをぼうっと見ていた。戦車部隊が撤収して行く様子が画面に映し出されている。テレビの特別番組の現場記者は、一体何故撤収するのか、とまるで撤収しない方が良かったかのような事を喋っている。だが詳しい内容までは聞き取れない。頭が回らないのだ。

 ハシブト権太の言葉が思い出される。『彼』の事を、一体どれほどの者が、どれくらい知っていると言うのか。それが気になって仕方ない。早急に『彼』と話さなければならないのに、こんな大事な時に『彼』は居ない。苛立ち、焦り、腹を立て、でも今は待つしかないと諦める。自分の無力さを改めて痛感する。

 テレビの画面がまた騒がしくなった。今度は機動隊がバリケードの撤去を始めたらしい。番組の現場記者がヒステリックな声を上げ始めたのを見て、僕はテレビを消そうと立ち上がった。

 ゴトリ、と二階から随分大きな音がした。僕は走った。足音など気にせず、ドンドンと廊下を階段を踏み鳴らし、ばたばたと羽ばたきながら、二階へと駆け上がった。ドアを思い切り開くと『彼』が床に寝転んで居た。普通の状態でない事は一目でわかる。ボディ全体に傷や歪みがあり、何より右前脚が失われていた。

「どうしたの、これ」

 もう完全に脳がキャパオーバーだった。言葉が出てこない。

「心配するな。致命的な損傷部位は無い」

「でも腕が」

「走るだけなら三本脚でもなんとかなる。バランスが崩れるからスピードは出ないがな」

「でも」

「まず充電してくれんか。バッテリーがもうカツカツだ」

 僕は慌てて彼を持ち上げ、そっと尻尾をコンセントに挿し込んだ。成すがままにされる『彼』は、まるで死体のようにぐったりしている。

「大丈夫?」

 他に言葉が見つからない。さっきまでテレビを見ながら、『彼』に言いたい事をあれこれ考えていたはずなのだが、何一つ思い出せない。

「ああ、充電が終れば動けるさ。それよりな、聞いて驚け」

「何」

「ワシらはどうやら、とんでもない化け物を相手にしているようだぞ」

『彼』は、鳳凰会本部の天井裏から覗き見た事を語り始めた。

     ◆

「せっかくなんだから、縁側とかありゃあいいのにな」

 圭一郎が窓の外を見ながら突然言った。

「縁側?」

 縁側は知っている言葉だった。

「縁側でスイカとか食べたりしたらさ、ああ、田舎の夏、って感じだろ」

 そうだね、と答えながらコロは思った。この世界のカレンダーでは夏休みはどうなってるのだろう。一年丸々休みなんてことは流石に無いだろうか。「季刊 児童小説」は既に閉じている。「お山の大将」はもう読み終わっていた。次に移動するなら、重いしここに置いて行こう。

 テレビはつけっ放しになっているが、もう圭一郎も見ていない。軍本部前の睨み合いは終わったようだった。ハチクマ先生は大丈夫だろうか。カラス達の話では軍に捕まっているらしい。圭一郎に尋ねてみても、大丈夫大丈夫としか言わないが、窓の外をぼんやり眺めている様子を見るに、やはり心配しているのではないかとも思う。

「おー、帰って来た帰って来た」

 圭一郎が声を上げた。窓から外を見ると、カラスコンビがピョンピョンと歩いて来るのが見える。

「おし、飯にしようぜ、飯」

 そう言うとウキウキと台所に向かった。もしや、単にお腹が空いていただけだったのだろうか。

     ◆

 それにしても良い蜂だ。間食として差し入れられたミツバチをつまみながら、ハチクマ先生は思った。自分が普段食べている安売りのアシナガバチなどは比べ物にならない。他の事はともかく、こと食事に関しては、ここは文句の言いようが無かった。

 軍と警察の睨み合いは終わったようだが、自分が解放される様子は無い。それとこれとは別という事、もしくはまだ終わっていないという事か。ニュースでは、国家公安委員長と防衛大臣が更迭されたという。しかしそんな事で解決できるのなら、何故もっと早くやらなかったのか。同じ内閣の閣僚なのだから、大事になる前に上で決着をつければ良かったのだし、そもそも総理大臣が命令すれば、話は簡単に終わったはずだ。

 本来なら軍と警察の正面衝突などと言うのは内戦寸前の状態だ。亡国の危機だ。ワイドショーまがいの特別番組などでワーキャー言ってられる状況では無いのだ。連立政権だからとか派閥政治だからとか、後付の理屈は色々つけられるが、やはり政府に干渉する大きな力の存在を感じざるを得ない。それが小国財閥なのか、あるいは別の何かなのか。わからない。こんな所に居たのでは何もわからない。圭一郎とコロは無事だろうか。特にコロが心配だ。圭一郎は、アレだ。まあちょっとやそっとの事では大丈夫だろう。

     ◆

 鼻がムズムズした。高度が上がって気温が下がったせいだろうか。俺とコロは今日もまたイヌワシの足に掴まれ、空を飛んだ。山を一つ越え二つ越え、山脈の最高峰に近付いた頃にはもう夕方になっていた。

「なあ、晩飯は向こうで食うのか」

 と、隣を飛ぶカラス二人に聞いてみる。

「もーきん、さっき食べたばっかじゃん」

「まだ二時間も経ってないじゃん」

「いいじゃねえか、育ち盛りなんだからよ」

 山脈の最高峰は鬱蒼とした緑の中に所々岩盤が露出して、荒々しい印象だ。

「ここは修験道の修行場として有名なお山なんだよー」

「いわゆる霊山なんだよー」

 カラスの観光ガイドを聞きながら、俺たちは山の中腹の岩場に降り立った。イヌワシを残し、カラスコンビの先導で少し歩くと、小さな鳥居を潜り、獣道のような細い道に出た。頭上には重く重なった緑が屋根を作り、正に昼尚暗し、いわんや夕方をや、といった雰囲気である。道を歩いて行くと、不意に一つ、宙に浮くが如くロウソクの明かりが灯った。次第に暗くなり行く空に逆らう様に、ぽつり、ぽつりと道の脇にロウソクの明かりが灯って行く。自動で火が付く装置でもあるのだろうか、進んで行くにつれ、灯るロウソクは増えた。そして行き着いた先、道の両脇にびっしりとロウソクが灯る場所に、小さな茅葺屋根の庵があった。良く言えば庵、悪く言えばあばら家である。

「おい、ボロいな霊山」

「ここは道路から遠いからねー」

「人なんか滅多に来ないからねー」

 当たり前のようにそう言うカラスたちに、俺は自分の感覚がおかしいのかと一瞬思った。

「それ、大丈夫なのか」

「うん、大丈夫大丈夫」

「そうそう、大丈夫」

「マジかよ」

 カラスコンビは、まるで自分の家であるかの様に気軽に障子戸を開け、中に入って行く。俺とコロはしばらく顔を見合わせていたが、こんな所に立っていても仕方無い。思い切って入ることにした。中に入ると正面は土間で、すぐ右手に囲炉裏が見える。囲炉裏には鉄鍋がかかっている。その向こうに、それは立派な体格の、そしておそらくは相当に歳を経た、タンチョウが座っていた。

 その脇に居るグレーの小さいのはカッコウだ。いや、小さいと言ってもスズメやセキレイに比べればそれなりに大きな鳥なのだが、なにぶんタンチョウの隣に居るので、実際以上に小さく見える。それでもコロよりは大きい。けどまあ俺やカラスコンビに比べれば二回り程小さいので、小さいと言って問題は無いはずだ。

「お前、今チビって思っただろ!」

 いきなりカッコウに怒鳴られたのはビックリした。

「これ、おやめなさい」

 タンチョウにたしなめられ、カッコウは黙ったものの、不承不承と大きく顔に書いてある。

「ごめんなさいね、気にしないで。さあ、そこに座って、待っていたのよ」

 俺とコロは勧められるままに囲炉裏の前、タンチョウの真向かいに座った。

「さて、何から話しましょうか、何が訊きたいかしら」

 俺の訊きたい事は決まっていた。

「俺と、このコロがまた普通に暮らすにはどうしたらいい」

 するとタンチョウは、とんでもない事を言い出した。

「神様を取り戻す事ね」

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