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『銀河英雄伝説』の言葉

 こんにちは。柚子瀬です。

 先日、『銀河英雄伝説』(以下『銀英伝』という)正伝・外伝をひととおり読み終えました。『銀英伝』に出会ってからまだ日が浅いですが、この作品には並々ならぬ思い入れがあります。原作からではなくアニメから入ったのですが、110話もあるアニメの正伝は気づいたらもう4,5回はみてます。だからなのか、個人的に今はアニメの印象がけっこう強いです。原作をひととおり読んで、アニメの良さが一段と際立ったように映りました。そして原作をここまで丁寧に、また補ったほうがいい部分は補ってくれたアニメが制作されたことには感謝してもしきれません。

 アニメを4,5回みて、原作をひととおり読んでも、いまだに『銀英伝』を語る言葉はみつけられません。今はまだなにを言っても不正確な気がするのです。もう少し時間を置いて、私のなかにある作品に対する想いが固定化されてきたら文章を書きたいなと思っています。それはまたの機会に譲って、今回は原作をひととおり読んで印象に残った言葉を記していこうと思います。まだ一度しか通読していないですし、メモし忘れたのもあると思うので、暫定的なものとして。今後何度も読み返す機会があるだろうから、その都度加筆していこうかと。それでは、書いていきます。

田中芳樹『銀河英雄伝説2 野望篇』(創元SF文庫)

「もうすぐ戦いがはじまる。ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。勝つための計算はしてあるから、無理をせず、気楽にやってくれ。かかっているものは、たかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利にくらべれば、たいした価値のあるものじゃない……それでは、みんな、そろそろはじめるとしようか」

176頁

「政治の腐敗とは、政治家が賄賂をとることじゃない。それは個人の腐敗であるにすぎない。政治家が賄賂をとってもそれを批判することができない状態を、政治の腐敗というんだ。貴官たちは言論の統制を布告した、それだけでも、貴官たちが帝国の専制政治や同盟の現在の政治を非難する資格はなかったと思わないか」

272-273頁

「ラインハルトさま」
 赤毛の若者の声に、小さな怒りと大きな哀しみのひびきがあった。
「相手が大貴族どもであれば、ことは対等な権力闘争。どんな策をおつかいになっても恥じることはありません。ですが、民集を犠牲になされば、手は血に汚れ、どのような美辞麗句をもってしても、その汚れを洗いおとすことはできないでしょう。ラインハルトさまともあろうかたが、一時の利益のために、なぜご自分をおとしめられるのですか」

283頁

 こんなことにたえねばならないのだから、なまじ出世などするものではない。出世した、地位があがったといって他人はうらやむが、ピラミッドというものは、頂上にちかづくにしたがって足もとは狭く危険になるものだ。そのあやうさに思いをいたさず、地位の向上ばかりを願う人々の存在が、ヤンには不思議だった。

343頁

田中芳樹『銀河英雄伝説3 雌伏篇』(創元SF文庫)

「体制にたいする民衆の信頼をえるには、ふたつのものがあればよい。公平な裁判と、おなじく公平な税制度。ただそれだけだ」

47頁

田中芳樹『銀河英雄伝説4 策謀篇』(創元SF文庫)

 主賓などになるとパーティーのあいだじゅう〝空腹〟と題された彫刻よろしくたちつづけていなければならないことは、ヤンの例でよくわかっている。くわえて、品さだめの対象として衆人の目にさらされるとあっては、笑顔をつくるのに多少の努力が必要になろうというものだった。ヤンが歎息まじりに言ったことがあるように、やりたくないことをやらずにすむ人生というものは、どうやら金属ラジウムより希少であるらしい。

249頁

田中芳樹『銀河英雄伝説5 風雲篇』(創元SF文庫)

 ラインハルトのベッドをととのえにきたエミール少年が敵将ヤン・ウェンリーを非難した。逃げまわって堂々と戦わないのが卑怯だというのである。金髪の若い独裁者は、微笑とともに美しい頭を横にふった。
「エミールよ、それはちがう。名将というものは退くべき時機と逃げる方法とをわきまえた者にのみあたえられる呼称だ。進むことと闘うことしか知らぬ猛獣は、猟師のひきたて役にしかなれぬ」
「でも、公爵閣下は、いままで一度もお逃げになったことがないではありませんか」
「必要があれば逃げる。必要がなかっただけだ」

221頁

「勝たねばならない、か……」
 ヤンはほろにがく笑った。〝ねばならない〟という思考法は、彼の好むところではなかった。心のおもむくままにすべてがかなうものではないにせよ、なるべくは自主と自発の道を歩みたいものだ。実際は、人生の足跡のひとつひとつに後悔の塵がつもっているのだが……。

229頁

「信念なんぞないくせに、戦えばかならず勝つ。唯心的な精神主義者からみれば許しがたい存在でしょうな、こまった人だ」
「……私は最悪の民主政治でも最良の専制政治にまさると思っている。だからヨブ・トリューニヒト氏のためにラインハルト・フォン・ローエングラム公と戦うのさ。こいつは立派な信念だと思うがね」

249頁

「それほど民主主義とはよいものかな。銀河連邦の民主共和政は、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムという醜悪な奇形児を生んだではないか」
「…………」
「それに、卿の愛してやまぬ──ことと思うが──自由惑星同盟を私の手に売りわたしたのは、同盟の国民多数がみずからの意志によって選出した元首だ。民主共和政とは、人民が自由意志によって自分たち自身の制度と精神をおとしめる政体のことか」 
 そこまで言われると、ヤンは反論しなくてはならない。
「失礼ですが、閣下のおっしゃりようは、火事の原因になるという理由で、火そのものを否定なさるように思われます」
「ふむ……」
 ラインハルトは唇をゆがめたが、そのようなしぐささえ金髪の若者の優美さをそこなうことはできないようであった。
「そうかもしれぬが、では、専制政治もおなじことではないのか。ときに暴君が出現するからといって、強力な指導性をもつ政治の功を否定することはできまい」
 もの思わしげな表情でヤンは相手を見かえした。
「私は否定できます」
「どのようにだ?」
「人民を害する権利は、人民自身にしかないからです。言いかえますと、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム、またそれよりはるかに小者ながらヨブ・トリューニヒトを政権につけたのは、たしかに人民自身の責任です。他人を責めようがありません。まさに肝腎なのはその点であって、専制政治の罪とは、人民が政治の害悪を他人のせいにできるという点につきるのです。その罪の大きさにくらべれば、一〇〇人の名君の善政の功も小さなものです。まして閣下、あなたのように聡明な君主の出現がまれなものであることを思えば、功罪はあきらかなように思えるのですが……」
 ラインハルトは虚をつかれたようにみえた。
「卿の主張は、大胆でもあり斬新でもあるが、極端な気もするな。私としては、にわかに首肯はしかねるが、それによって卿は私を説得することをこころみているわけなのか」

333-335頁

田中芳樹『銀河英雄伝説6 飛翔篇』(創元SF文庫)

「信念とは、あやまちや愚行を正当化するための厚化粧であるにすぎない。化粧が厚いほど、その下の顔はみにくい」
「信念のために人を殺すのは、金銭のために人を殺すより下等なことである。なぜなら、金銭は万人に共通の価値を有するが、信念の価値は当人にしか通用しないからである」
 なおもヤンに言わせれば、信念の人などという存在ほど有害なものはない。こころみにルドルフ大帝を見よ、彼の信念は民主共和政を滅ぼし、数億人を殺したではないか、ということになる。〝信念〟などという言葉を他人が一回使うごとに、ヤンはその人物にたいする評価を一割ずつさげていくのだった。

115頁

「ほしいと思うのは、身体がそれをもとめているからだ。だからほしいものをすなおに食べたり飲んだりするのが、いちばん健康にいいんだよ」

116頁

「メモなんてとる必要はないんだ」
と、ヤンはユリアンに語ったことがある。
「忘れるということは、当人にとって重要でない、ということなんだ。世の中には、いやでも憶えていることと、忘れてかまわないことしかない。だからメモなんていらない」

130頁

田中芳樹『銀河英雄伝説7 怒濤篇』(創元SF文庫)

「皇帝ラインハルト陛下、わしはあなたの才能と器量を高く評価しているつもりだ。孫をもつなら、あなたのような人物をもちたいものだ。だが、あなたの臣下にはなれん」
 ビュコックは視線を横にうごかした。頭部に血のにじんだ包帯を端整とはいえぬかたちにまきつけて、彼の総参謀長が一本のウイスキー瓶と二個の紙カップをかかげてみせた。老元帥は微笑してスクリーンに視線をもどした。
「ヤン・ウェンリーも、あなたの友人にはなれるが、やはり臣下にはなれん。他人ごとだが保証してもよいくらいさ」
 ビュコックの伸ばした手に紙コップがにぎられるのを、ラインハルトは一言も発せず見まもっている。
「なぜなら、えらそうに言わせてもらえば、民主主義とは対等の友人をつくる思想であって、主従をつくる思想ではないからだ」
 乾杯の動作を老元帥はしてみせた。
「わしはよい友人がほしいし、誰かにとってよい友人でありたいと思う。だが、よい主君もよい臣下ももちたいとは思わない。だからこそ、あなたとわしはおなじ旗をあおぐことはできなかったのだ。ご厚意には感謝するが、いまさらあなたにこの老体は必要あるまい」
 紙コップが老人の口の位置でかたむいた。
「……民主主義に乾杯!」

222-223頁

民主主義とは政治という名の高級ホテルの賓客になることではない。まず自力で丸太小屋を建て、自分で火をおこすことからはじめなくてはならないのに。

280頁

「ユリアン、吾々は軍人だ。そして民主共和政体とは、しばしば銃口から生まれる。軍事力は民主政治を産みおとしながら、その功績を誇ることは許されない。それは不公正なことではない。なぜなら民主主義とは力をもった者の自制にこそ真髄があるからだ。強者の自制を法律と機構によって制度化したのが民主主義なのだ。そして軍隊が自制しなければ、誰にも自制の必要などない」

285頁

田中芳樹『銀河英雄伝説8 乱離篇』(創元SF文庫)

「運命というならまだしもだが、宿命というのは、じつにいやな言葉だね。二重の意味で人間を侮辱している。ひとつには、状況を分析する思考を停止させ、もうひとつには、人間の自由意志を価値の低いものとみなしてしまう。宿命の対決なんてないんだよ、ユリアン、どんな状況のなかにあってもけっきょくは当人が選択したことだ」
 半分以上は、自分自身に言いきかせるための言葉だった。
 ヤンは、自分の選択を〝宿命〟という便利な言葉で正当化したくなかったのだ。自分が絶対的に正しいのだ、と思ったことはヤンは一度もない。いつも、もっとよい方法があるのではないか、より正しい道があるのではないか、と思いつづけてきた。士官学校の一学生だったころも、大軍を指導する身になってからもそうだった。彼を信頼してくれる人、彼を非難する人は多く存在したが、彼にかわってくれる人はいなかった。だからヤンは、自分の才能と器量の範囲内で考え、思い悩まなくてはならなかったのだ。〝宿命〟と言ってすませられるなら、そうしたほうがずっと楽だった。だがヤンはまちがうにしても自分の責任でまちがいたかったのだ。

48-49頁

「つまりは、人は人にしたがうのであって、理念や制度にしたがうのではないということかな」

132頁

「人間は主義だの思想だののためには戦わないんだよ! 主義や思想を体現した人のために戦うんだ。革命のために戦うのではなくて、革命家のために戦うんだ。おれたちは、どのみち死せるヤン提督を奉じて戦うことになるが、その場合でも、この世に提督の代理をつとめる人間が必要だ」

218-219頁

田中芳樹『銀河英雄伝説9 回天篇』(創元SF文庫)

「言葉では伝わらないものが、たしかにある。だけど、それは言葉を使いつくした人だけが言えることだ」
「だから、言葉というやつは、心という海に浮かんだ氷山みたいなものじゃないかな。海面からでている部分はわずかだけど、それによって、海面下に存在する大きなものを知覚したり感じとったりすることができる」
「言葉をだいじに使いなさい、ユリアン。そうすれば、ただ沈黙しているよりも、多くのことをより正確に伝えられるのだからね」
そして、
「正しい判断は、正しい情報と正しい分析のうえに、はじめて成立する」
とも、ヤン・ウェンリーは言っていた。

104-105頁

田中芳樹『銀河英雄伝説10 落日篇』(創元SF文庫)

「死ぬことなど。すこしもこわくはない。だが、オーベルシュタインのまきぞえになるのは、ごめんこうむる。奴と同行して天上に行くことにでもなったら、おれは奴をワルキューレの車から突き落としてやるからな」
 声が大きすぎます、と、幕僚のオイゲン少将がたしなめると、オレンジ色の髪をした猛将は、目と眉をいからせた。ビッテンフェルト家には、代々の家訓がある、他人をほめるときは大きな声で、悪口を言うときはより大きな声で、というのだ、おれは家訓を守っているだけだ。そう言ってから、二度つづけてくしゃみをした。ハイネセンは、季節が三週間ほど逆行したような寒気のなかにあった。

106頁

……伝説が終わり、歴史がはじまる。

347頁

 以上です!

 本のなかでも小説はとくに個人的な価値の占める割合が大きいのだと思います。私はただ、私がどう受け取ったかを書くことしかできません。それでも、私がいいなと思ったものを私以外もいいなと思ってくれたらうれしいし、自分のためという側面はあってもだからこそ文章を書いています。『銀英伝』は私には多くを与えてくれました。私以外のことは私には語る資格はありませんが、多くの人に少なからぬ影響を与えている作品です。よかったらぜひご一読ください。

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