石川辰三「生きてる兵隊」(2)

作者の紹介;

浜野健三郎「評伝 石川達三」に従って、石川の生涯を振り返ってみる。
明治38年7月2日、秋田県横手町に誕生。父祐助は英語教師。文武両道に優れ神童の誉れ高き、と言われている。母親うんは大館の富裕な家の生れ。若くして未亡人となり、祐助と再婚。美人と言われていた。浜野は、石川にはエディプス・コンプレックスが見られるとその著書に書く。
石川は、孤独感を子供のころから味わう。父の転任に伴い、東京や高梁(岡山)で小学生時代を送るが、田舎者、方言などの理由で仲間外れとなる。生母との死別も経験し、その後一時的に居候(東京の六郎叔父の家に)も経験する。中学受験失敗もあった。これら全ては小学校6年間の出来事である。
「私を知っているのは私だけ。一人きりの悲劇なのだ」
中学3年に読んだ賀川豊彦「死線を超えて」の主人公に共鳴。キリスト教への親近感を抱くも、しかし洗礼は受けなかった。
大正14年、早稲田大学付属第二高等学院に入学。英文科、新聞記者志望。
文学との接点を作ったのがクラス内の同人誌「薔薇盗人」。大阪朝日新聞に「幸・不幸」を出して応募する。翌年入選となる。山陽新報に「寂しかったイエスの死」が連載される。
昭和2年早稲田大学文学部へ。昭和3年学資が続かず退学。昭文閣(電気業界の業界紙を発行)に就職。その後編集長に。文学修業するが、うだつがあがらぬまま時間がたっていく。
落後者意識の石川。ブラジル移民になる決意をする。昭和5年3月、神戸に向かう。
移民の実態と、彼らを生み出した政治的、経済的環境を知った時の驚きと怒りの大きさ。
「…暫く泣いていた。この衝撃を、私は書かなければならないと思った。いつの日か、何とかして書かなくてはならぬと思った(「出世作のころ」)
ブラジルから1年後帰国。移民を描いた「蒼氓」は評価されなかったが、石川に幸運が訪れる。
昭和10年、創設されたばかりの芥川賞の第1回受賞。受賞には、いくつかの幸運が潜んでいた。
昭和12年12月25日、中央公論社の従軍の誘い(日中戦争の本格化が背景にある)にのって中国大陸へ出発。

石川は、後日、勧めに乗って従軍記者となったことに関して、その執筆意図を以下のように回想している。:
「内地の新聞は嘘だ、日本の戦争は聖戦で、日本の兵隊は神兵で、占領地は和気藹々たるものであると言うが、戦争はそんなお目出度いものではない。痛烈な、凄惨な、無茶苦茶なものだ」(「ろまんの残党」
その後の裁判でも同様趣旨を繰り返す原文はカタカナ)。
「国民は出征兵士を神様のように思い、わが軍が占領した土地はたちまちにして楽土が建設され、支那民衆もこれに協力しておるかのごとく考えているが、戦争とはさようなのどかなものではなく、戦争と言うものの真実を国民に知らせることが真に国民をして非常時を認識せしめ、時局に対して確乎たる態度をとらしむるために本当に必要なのだと信じておりました」。

つまりは、銃後の国民に戦場の実際を(検閲はあるものの)出来るだけ正確に伝え、その戦争の凄惨な、無茶苦茶な実態を国民が知ることによって、本当の意味での戦争に対する国民の心構えが出来上がってくる。自分の戦場を描いた小説がそのことに役立つように思い、従軍したというのが石川の主張や考えであった。

昭和13年2月、従軍の経験を基に執筆した「生きている兵隊」を掲載した「中央公論」が発売禁止処分になり、新聞紙法違反容疑で起訴される。
昭和13年9月、有罪判決(禁固4か月。執行猶予3年)。検事控訴審でも判決は変わらず確定する。
昭和13年12月、達三は再度、中央公論社の勧めで従軍する。発禁や編集長の有罪等で迷惑をかけた中央公論社への「償い」の従軍でもあり、本人の「名誉回復」の意味も込められていた。その見聞をもとに書かれた作品が「武漢作戦」である。
昭和13年刊行の「結婚の生態」はベストセラーに。映画化も。その後40年間も重版を重ねる。
昭和17年1月、海軍の徴用。シンガポール、ペナン、サイゴン。7月帰国
昭和19年、文学報告会の実践部長
昭和20年6月、毎日新聞の求めで「遺書」執筆するも発表中止。未完に。
昭和21年4月、総選挙に立候補。落選。
昭和23年4月、火野葦平、尾崎士郎、丹羽文雄、山岡荘八、林房雄、中河与一、らとともに公職追放処分になる。同年5月25日、石川の追放非該当が報道された。

浜野の石川達三への総合評価:
石川は硬骨漢。正しいと信じたことには絶対に妥協しない。従って、彼は常に少数派に属する。少数派の中にあって、初めて生きがいを感じる男である。いわば、“一匹狼のイメージ”であり、孤高を持しながら一人月に嘯いている。

主要作品:「蒼氓」、「生きている兵隊」「結婚の生態」、「風にそよぐ葦」、「傷だらけの山河」、「人間の壁」、「青春の蹉跌」「四十八歳の抵抗」、「僕たちの失敗」」、「金環蝕」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?