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変な人 (19)練馬駅、背筋を伸ばした黒服老人

 その老人は全身を黒で固めていた。

 ある日の朝、都営大江戸線で新宿から練馬に到着し、西武練馬へ乗り換えるために駅構内を歩いているときのことだった。
 ちょうど西武池袋線に混雑した電車が到着したタイミングであったのか、西武練馬から大江戸線に乗り換える群集が、数百人の塊でこちらに向かってきた。
 そんな人たちの中に、頭一つ抜けて背の高い老人がいた。
 きれいな銀髪を後ろになでつけた、年のころなら七十数歳。白黒フィルム時代の映画俳優のような感じの、ちょっと練馬を歩かせておくにはもったいないような(練馬の方、すみません!)品を感じる老人だった。
 その気品は、服装からも感じられた。
 銀髪の老人は、全身を一分のスキもなく黒で固めていたのだ。襟は5センチほど立ちあがった詰襟風。さらにボタンも渋い、ちょっと学生服風の金色。
 その長身、細身、銀髪の品の良い老人は背筋をピッとのばし、群集の中で孤高の雰囲気を放ちつつ、まるで兵隊の行進のように正しい姿勢でこちらに向かって歩いてくる。
「これは、名のあるゲイジュツカ、いやいや一時代を築いたアートディレクター。今は現役を退き、どっかの芸術大学の教授かなんかをやっている人ではないか。そうそう、そういえば西武沿線には、あの数々の有名アーティストと、その1000倍くらいのただの変な人を輩出した日大芸術学部があるではないか。うん、きっとそうに違いない。いやー、すごいオーラだ」
 しかし、銀髪老人との距離がさらに縮むにつれ、そのかもし出す強烈なオーラが、実は全然別のものであったことに気付いたのだ。
 それは紛れもなく、私の愛してやまない「変な人」オーラだった。
 その老人は、明らかに変な人だったのである。
 実はその老人の着用している、芸術家然とした服はなんと、

 本当の学生服

だったのだ。全然「風」ではなく、学生服そのもの。

近くで見たら、なんと本物の学生服!

 その金色のボタンには、どこかでみたような「文」という文字をあしらったマークが入れられ、詰襟にも校章を留めるための穴が開いている。
 それを老人は嬉々として着込み、ただ街中を背筋を伸ばして闊歩しているのだった。
 うーん、まあ、変だけど、似合わないわけではない。
 でもなー、どういう人生が、七十数歳と思われる老人に学生服を着させているのだろうか。
 コスプレ?
 もしや、若返りのプレイ? 
 家に帰ると、奥さん(おそらく老女)が、おさげ髪でセーラー服をひらひらとまとっていたりして。
 うーん、ちょっと怖いけど、それも悪くない。
 そういえば、私の制服はどこにあったっけ?
 捨てた覚えはないけれど。ちょっと体型がなー。
 そういえばヨメの制服は、今もあるのだろうか?
 ちょっといたずらなことを考えてしまうのであった。

 (つづく)


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