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俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた

 俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。

 安置が決まったのがちょうど俺の誕生日だったから、今日で俺はだいたい100億とんで21歳プラス6ヶ月程度の年齢になる。
 100億年も生きていると本当に色々なことがあったが、実際のところ宇宙人が地球を訪れるのにこれほど時間がかかるとは思っていなかった。それが多少誰かにとって不愉快なものになるであろうという想定だけは当たっていた。
 
 MAGA帽子をあみだに二つ被ったカニ型宇宙人が我が家の居間で言うことには、早急に2020年オリンピックを開催して太陽系の時空間を正常な動きに戻してもらわないと、この地点を近い将来通過するうちの星系にここで停止したままのおたくの太陽やら地球やら探査衛星やら口に出せないあの国の口に出せないあれこれやらが衝突してとてつもない大破局が起こるのでそれは本当にマジでとても大変に困るのでとにかくはやくオリンピックやって時間進めて太陽系元通りに運行させようよ、ということだった。

 宇宙人を食べてみれば本当にカニの味がしたので家族みんなで喜んだ。今夜はカニすきだ。居間の壁にとりあえず掛けておいたカニのMAGA帽二つは彼か彼女が地球に到着した際に初めて出迎えたのがアメリカ人で、それで紹介されたのがトランプ大統領だったので彼から被せられたものなのだという。はじめは彼らの体構造をよくわかっていないトランプ氏に飛び出た眼の上に直接帽子を被せられそうになったので難儀したともハサミをチョキチョキさせながら言っていた。ハサミチョキチョキは苦笑のジェスチャーであるらしかった。トランプはカニ宇宙人には頭が二つあるのだと思ったので手には二つ帽子を持っていたから結果的に奇抜なヒップホップ主義者のような帽子ファッションになったのであった。
 
 会談の結果トランプ氏からそういうことは当事者の日本に言え、と言われ、日本政府からは一旦持ち帰って検討いたします、と言われ、それから50年が過ぎたので、彼もしくは彼女は関係者を直接巡回することにし、そして何も得られないまま本日我が家に辿り着いて出汁の準備をされつつあるということだった。

 はるばる旅してきてカニすきになるとは思ってもいなかっただろうが、美味かったのでしょうがないとは思うしそれがむしろ悪いのだとも思う。ご了承してほしい。

 食べたカニのハサミで遊びながら相変わらず100億年続く瞬かない夜空を見て考えた。カニ星系との衝突はいつごろになるだろうか? きっと見物になるはずだろう。延期のときからすべての流れが停止した地球になにがぶつかろうがなにも変えることなく、ただぶつかったなにかだけが虚しく砕け散る。カニ星系の恒星や惑星や衛星はすべて何も変えられずに次々散っていくのだ。
 
 そのときには地球にいっぱいのカニの身の雨が降るのだろう。地球上のだれにも食事などもはや必要はなかったが、美味いものを食べるのはよいことだった。
 そのあと少し生臭くなった世界を適当に掃除すれば、またオリンピックが来年開催されるはずの100憶年目の日常が始まる。いや何も始まらない。ただその地点に戻り、その時点がまた永遠に続くのだ。

 確か誰かが昔にやはりオリンピックをやろうというようにナニカしていたような気もする。けれどももはやそれがどんなことになったのか、そもそももはやオリンピックが正確になんのことだったのか、100億年のうちに世界からはその記録は失われてしまい、止まった時間だけが残った。

 でも考えてみよう。来年は4年に一度の記念すべきオリンピックイヤーなのだ。しかも日本で開催だ。とてもめでたいことだ。きっと良いことが起こるのだろう。マスクもまた売り出されるし、底をついたままの株価もグングン上がるし、就職予定の会社の初任給もそれにつられて上がっていくし、みんな手を取り合って世界平和が実現するのだ。

 そんなことを考えると、とてもおれは嬉しくなった。考える時間はいくらでもあったので、おれはいくらでも嬉しくなれた。

 なにせ、時間はたっぷりと、これからも停まったままそこにあるのだから。
 庭におかれた聖火はこれからも「半年前」と同じように、ゆらゆらと消えずにずっと立っていてくれることだろう。

WTF


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