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ゴジラの記憶 #26 「ゴジラ×メカゴジラ」

ゴジラシリーズでは通算26作目、ミレニアムシリーズでは4作目、そしてハム太郎との併映では2作目の作品である。これも、1回は息子をダシにしてみた奴だ。当時の息子が適齢期(?)の小学2年生。他は、「クレヨンしんちゃん」の劇場版だとかポケモンの劇場版に付き合わされていた頃である。でも、そんな彼にしても「劇場版とっとこハム太郎」は低年齢過ぎてちょっときつかったようだ。

大体、「ゴジラ映画は子どもが観る物」という観念が当時はまかり通っていたようだが、実際はそんなことはない。この映画も、昭和ゴジラや平成VSシリーズを観て育った「大きなお友達」に向けた作りになっている。ただ、併映作品を意識して、ハムスターを飼育する女の子が主要な人物として登場する。で、この子が「命の大切さ」なんかを大人に説教しているわけよ。怪獣映画で一番やっちゃいけないことである。それともう一つ、総理大臣自らが勝敗をジャッジしているのだ。「ゴジラを撃退したから、我々は勝ったのだ!」と言う具合に。どうみても、ゴジラは勝手に海に帰って行ったとしか見えないのに、自分だけで勝ったことにしたらいけんよ。こんなこと、現実の政治家だけに任せておいて、スクリーンの中の政治家にはやって欲しくなかった。

とは言え、怪獣好きからすると、この映画は結構いいんですね。何より初代のメカメカしさと2代目のスマートさを兼ね備えた3代目メカゴジラのデザインが一番カッコよく(私的には)、作品全体に強くにじみ出ている超有名ロボットアニメのオマージュも、元々あの作品自体が昭和の特撮映画から強く影響を受けていること、しかもその監督自身がその十何年後に本物のゴジラを演出して大ヒットさせた事など考えると、何か感慨深いものがある。また、釈由美子演じる主人公の、ゴジラによって植え付けられたトラウマを、ゴジラと戦うことによって克服するという設定も(この点は第2作の田中美里演じる主人公も同じ設定だったが)、今のゴジラ-1.0に通じるところがあって、中々エモいのである。

いわば、日本だけでなく世界的なメインコンテンツになった現在のゴジラの要素が萌芽している作品とも言える訳なのだが、当時のゴジラは谷底であった。いや、ゴジラだけではなく何か巨大な生物がスクリーンの中で暴れているというだけで洋邦問わず「幼稚な映画」と見なされ(ジュラシック・シリーズは除く)、仮面ライダーや戦隊ヒーローといった等身大ヒーロー以外の特撮は冬の時代だったと思うのである。


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