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ショートショート部屋

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たらはかにさん主催の #毎週ショートショートnote  に参加した作品をまとめています。
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記事一覧

突然の猫ミーム(#毎週ショートショートnote)

「ほんとによく食べるねえ」 黒白のハチワレは夢中で3杯めの猫缶にがっついている。 もとはお隣に現れたノラだったが、いつかわが家の方に棲みついた。 愛猫を老衰で亡くした私にとっては思いがけない出会いで、残っていたフードをやるうちにすっかり懐いたのだ。 若い雄で、体も大きく食欲は旺盛だ。以前の子の数倍の量を1度にぺろりと平らげる。 最近は、このフード代が質素な年金暮らしを圧迫し始めた。 「だけど可愛いもんねえ…」 ヘソ天で寝転ぶ姿を眺めてはため息が出る毎日。 ◇ あ

デジタルバレンタイン(#毎週ショートショートnote)

「ハイ、あなた」 おばあちゃんの声がした。 見れば今年も、お仏壇には塩豆大福。 まあ確かに、おじいちゃんの好物ではあったけど。 「バレンタインの日ぐらい、チョコにしないの?」 おばあちゃんは目を見開き、頬を染めた。まるで少女みたい。 「昔1度作ったのよ。失敗して渡せなくてね。 でもおじいちゃん、和菓子の方が好きだって言ってそれきり。 ・・・食べたかったかもね、ほんとは」 「じゃあ今から送ろうよ、チョコ!」 「だって買ってもないのよ?」 「大丈夫、間に合うわ!」 私

行列のできるリモコン(#毎週ショートショートnote)

昔懐かしい商店街の入り口に立ち、夫婦で歓声をあげた。 「1度来てみたかったんだよな」 夫が嬉しそうに言う。 昭和あのころ通り。 その名のごとく、300mほどの通りにレトロな風情の店が軒を連ねている。 本当に遠いあの頃にタイムスリップしたみたい。 私たちは腕を絡ませてそぞろ歩きを楽しむ。 電気屋のショーウインドーの前に長い行列ができていた。 皆の人気を集めているのは、4本脚のテレビよりも古めかしいリモコンのようだ。 『チャンネルの数字を押すと、その同じ年数分若返った

ツノがある東館(#毎週ショートショートnote)

妻と俺は縁側に腰かけ、横たわる死骸を眺めている。 「今年は拍子抜けだったわね」 「赤4匹に緑と青が2匹ずつか。少ないな」 「せめて紫が獲れればねえ…」 成鬼の買取価格は1体約100万の契約たが、紫の成鬼は特に人気が高く、倍の金額は下らない。十分に成熟した紫鬼はその味が段違いに良いとかで、グルメ垂涎の的なのだ。 「ま、仕方ないじゃん。来年に期待しようぜ」 「そうね。じゃ、運ぶとしますか」 ◇ 令和6年、節分明けの朝。 俺たちは今年も鬼の獲物を車に積み込み、梅屋デ

アメリカ製保健室(毎週ショートショートnote)

創立100年を記念した、僕らの学校の全面改修が終わった。 青銅色の巨大な門、そびえ立つ巨大な女神のモニュメント。 冷たい床はビロードの絨毯敷きに、 寒々しかった教室の蛍光灯はシャンデリアに変わった。 学食には特製チーズバーガーがお目見えだ。 アメリカに心底憧れる校長の、長年の夢だったらしい。 でも僕の心が躍ったのはやはり保健室だった。 ブロンドの髪も麗しい、アン先生が赴任してきたのだ。 「ダイジョブ、メヲトジテ」 毎夜眠れないまま登校し、保健室に直行する僕は、先生が優し

失恋墓地(#毎週ショートショートnote)

おばあちゃんがついに再婚する。 お相手は長年通ってるコーラスグループの桐谷さん。 私も1度会ったけど、なかなかお似合いだと思う。 おじいちゃんに先立たれて30年目の春だって。幸せになってほしい。 「墓じまいするから、沙也も来てみる?」 誘われた時はさすがに は?ってなった。 「パパとママは知ってるの?」 おばあちゃんはすまし顔で言った。 「いいの、うちのお墓は関係ないのよ」 こんな場所、初めて来た。 墓石を見たら驚いた。見たことのある名前が刻まれてる。 しかも、まだ絶対

宝くじ魔法学校(#毎週ショートショートnote)

クリスマスの炊き出しはいつもより侘しい気になる。 それでも街じゅうが浮かれてる中、熱い汁やおにぎりをもらえるんだから有難いよな。いつものメンバーには本当に感謝だ。 白い息を吐きながら足踏みして列に並んでいると、 「今年はクリスマスプレゼントがあります」 ボランティアの学生が年末ジャンボを1枚ずつ皆に配ってくれた。 これが当たれば万々歳だが、世の中そんなに甘かねえ。 それでも心遣いが憎いじゃねえか。晦日までの小さな楽しみだ。 俺は大切に持ち帰り、妻の位牌の隣にそっと置いた。

穴の中の君に贈る (#毎週ショートショートnote)

「ーロバート?」 私の声はふわんと反響し、瞬く間に闇へ吸い込まれていく。 耳をすますと彼の静かな息づかいが聞こえた。 「ロバート、もう一度顔を見せてくれる?」 さっきより少し大きな声で叫ぶ。 暫くして、彼が歩いて来た。 「引きこもりっていうんでしょ?こういう暮らし」 「まあ、そうも言えるかもね」 私は彼の肩にのったゴミを払いながら答えた。 眼が合う。穏やかな、秋の森みたいなブラウンの瞳。 彼の半生を想う時、決まって泣いてしまう。 ロバートはクレバーで優しい青年だ

チャリンチャリン太郎(#毎週ショートショートnote)

今年も盆が来るなあ。 この頃になると、実家の親父から聞かされていた「チャリンチャリン太郎」の話をいつも思い出すんだ。 村にやってきた、身なりの貧しい男の話だよ。 ある日ふらりとやってきて、消えたと思ったらまたやってくる。 無精ひげを生やして、おどおどした目つきでさ。 村の住民が挨拶しても顔をそらすばっかりで、 いったい何の目的で村に来たのかわからない。 だんだん気味悪がられて、そのうち子盗りだろう、なんて噂が立ち始めた。 ついに村の若衆が山寺で待ち伏せしてひっ捕まえた

ふりかえるとよみがえる(#毎週ショートショートnote)

「あ、忘れた」 ふりかえると、カッチャンが口をポカンとあけ固まっていた。 げ、まただ。 今日は何だろう。宿題のプリントか、体操服か。 「パンツはいとらん」 ぎょえ。久しぶりのパンツ。 「どうする?帰る?」 「ううん、ガッコウ行く」 カッチャンは忘れ物の天才だ。 毎日何度も、幾つも忘れる。だけどそれはカッチャンの脳で、何かが悪さをしているから、らしい。 だからクラス全員で話し合った。 「みんなでカッチャンの応援団になろう。」 カッチャンは土日でも学校へ行きたがった。

サラダバス(#毎週ショートショートnote)

「ねえ、マジでなんとかならないの?」 僕は苛立ちながら添乗員に囁いた。 楽しみにしていたこの屋根なしバスツアーには、なぜか癖のある客ばかりが揃っていた。 彼らは乗り込んだ時から些細なことで言い争いばかりしている。 やれ一番背が高いのは俺だ、色白なのは私よ、家の歴史がお前らより古いだの、暑さに強いだの寒さに強いだの。 よくまあ、と呆れるほど次々に対立の種が生まれ、車内の雰囲気は最悪だった。 なのに添乗員は呑気に言い放つのだ。 「大丈夫ですよ。当ツアーは、最後には皆さま必ず

カミングアウトコンビニ(#毎週ショートショートnote)

店員がバーコードを通し終えると、ピロピロローンと妙な音楽が流れた。 「おめでとうございます!下3桁スリーセブン!」 受け取ったレシートを見る。777か。 ここはコンビニだが、この並びはなぜか浮かれちまう。 「何かくれるの?」 「こちらのクジをお引きください」 なんだ、コーラかお茶1本ってとこか。 気が抜けたが、店員が持ってきた小箱に手を突っ込んだ。最初に指にふれたクジを迷わず引きあげる。 「凄い、大当たりです!!」 店員の声が上ずった。 「店内の商品、いつでも好きなだ

涙鉛筆(#毎週ショートショートnote)

ママ友の洋子さんに断捨離を勧められた。 「いいわよぉ、捨てるって」 溜め込んでいた紙袋から始めて、衣類、食器、子どものおもちゃからカラーボックスに至るまで、意を決してバッサリと処分したらしい。 「快感なのよ、とにかく。仕訳するたびに気持ち、軽くなるわよ。私これだけの過去に捕らわれてたんだーって気づくわよ。あなたもやったら?」 新しい恋人ができた洋子さんは、ネイルをキラキラさせて笑った。 彼女は仲の良い娘を持つシングルマザーだけれど、私は違う。 恋人時代のときめきなど、と

読書石けん(毎週ショートショートnote)

「山根さん、この前の金子みすず、どうだった?」 入室するとすぐに、杉田先生が声をかけてきてくれた。 「とっても感動しました。眼差しが純粋で…優しくて」 「そう、良かった。今日はあと30分で閉まるから、早めに選んでね。あ、本はいつもみたいに石けん使って、しっかり、ね」 「わかりました」 西日が差しこむ放課後の図書館ほど、私の心が落ち着く場所はない。 他の生徒はみんな下校してしまうから、だいたいいつも私一人の貸切状態だ。 先生の言いつけを守って、読書石けんでしっかりと、金