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〈キューバ紀行5〉ご褒美じゃない、人助けだ。

 チップって、なんだろう。

 海外で日本人の評判を悪くする原因の一つに、チップの習慣が無いことが挙げられる。最近はチップに理解のある人も増えているようだが、私の調べによると海外での日本人評はこの点に関して、極めて低い。
「ちゃんとお金払ってんのに、なんで更に払わなあかんねん」
「なんでトイレ行くごときに、金がかかるねん」
「おまえ、そんな仕事ぶりでチップもらえると思ってんか。仕事なめんな」

 実際、私もこんな風に考えていた時期があった。チップといえば、おひねり感覚。
 ええ仕事したら、喝采の意味ではずんでやる。舞台に投げる。胸元に差し込む。ブーメランブリーフのわきにパツンとはさむ。そういうイメージが強い。
 チップをもらえないのは、サービスが悪いから。もらえないなら、チップを出したくなるような、一丁前の仕事をしろ。そういう民族が我々である。当然、自分たち自身にもこのような戒めを課して仕事をしている。

 ハバナで知り会った邦人とこんな話をした。バーで会計のあと、彼が言った。
「あれ、お釣りは?」
「自動的にチップになったんちゃうかな。細かい釣りは、くれへんで」
「えー? チップもらえるような仕事してないよ、あの人。フードが出てくるまで、すごく待たされたし」
「そういうのは、関係ないと思うで」
 チップを渡す前に徴収される。彼はそれが釈然としない。「その気持ちわかる」と思いながら、それ以上は何も説明できなかった。
 私自身も「そういうもの」とは思うものの、「チップもらって当たり前問題」について人に説明できるほど、考えを整理できていなかったのだ。

 翌日、友達のキューバ人にこの話をしたら、思わぬ激論となった。
「日本人はおかしいよ! 我々は給料が上がらない仕組みで働いているのに、チップ払うのを嫌がるなんて」
 確かに海外ではチップはお小遣いではなく、生活を支える給与の一部である。
「まあ、チップを勝手にとられるのは、日本には無い習慣やから」
「知らないのは日本人だけだよ! ほかの外国人は、ちゃんとチップ払うよ」

 社会主義国・キューバ。多くの人は、昇進や昇給などできない仕組みで働いている。それゆえ、ほぼ平等な収入が実現されている。
 医療や教育は無料。大学や専門学校へも無料で進学できる。たとえ収入が低くても、生活には絶対に困らない仕組みになっている。
 日本では、収入の多寡によって、受けられる教育が変わる。受けた教育の内容が仕事の内容を左右し、仕事の内容で収入の多寡が決まる。
 だから日本人は、おおむね一所懸命はたらく。自分の役割を懸命に果たしながら、より良い仕事をしよう、もっとできることは無いかと考える。
 キューバ人の労働は、ちがう。決められた自分の役割の範囲、きっちりギリギリしか果たさない。

 たとえば博物館の警備員は、警備しかしない。私が博物館の展示物について質問しても、完全無視。教えてくれない。それどころか返事すらしない。
「なぜ俺に聞くんだ」という態度。
 「なぜ俺がチップを払うんだ」と思う日本人の態度と同じだ。もし知っていたら教えてくれるかもしれないが、まず知らない。知ろうともしない。
 これについてキューバ人に聞いたら、笑われた。
「なぜ知ってなきゃいけないの? 彼の仕事は警備だから、博物館のことを説明する必要はないよ。それは違う人の仕事」
「でも教えてあげれば、お客さんは助かるでしょ。お客さんは誰が案内をしてくれる人なのか分からないし、探すのは大変じゃない」
「それはお客さんの事情。彼の人生には関係ないよ。自分とは関係ないことに、人生の時間を使わないでしょ」

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