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未知数W、あるいは大神雄子の選択

スポナビに原稿が載って驚いた話

このところずっと、次こそはリディームチームの話を書くと予告しておきながら、毎回別の原稿を書いては、続いてその原稿を書いた理由(リディームチームの話を書かなかった言い訳)を書くというのがルーティーン化しているわけだが、今回もまた、なぜ前回「25人の偉大なW」を書いたのか、その理由について書こうと思う。

その前に、ちょっと驚いた話から。というのは、「25人の偉大なW 〜Wリーグ編〜」がスポーツナビに転載されていたことで、自分のような素人が書いた原稿がスポナビで配信されていることにまず驚いたのだが、調べてみたら去年の11月から始まったサービスらしい。

noteに投稿されたスポーツに関連する記事をnoteの運営がピックアップして、スポーツナビにnoteが開設した「公式情報」ページへ配信します。

スポーツナビへの配信を通じて、クリエイターのコンテンツをより多くの人に届けるサポートを目的に、本取り組みを開始しました。

「25人の偉大なW 〜Wリーグ編〜」のスポナビでの配信を通して、より多くの人がWリーグに関心を持ち、リーグの選手たちに光があたればうれしく思う。
note 運営さん、ありがとうございます。
一つだけ要望を言わせてもらえれば、スポナビで記事を配信したという通知とかをもらえるとうれしいです。とある選手名をググっていて、たまたまスポナビに自分の原稿が載っているのを見つけたときは何事かとびっくりしてしまった。

ただし、(最近は脱線ばかりしているが)基本的にここはメフィストとトリスタンがトレカを盗んだ犯人を探す物語が延々と書き継がれている note アカウントなので(多くの人は何を言ってるのかわからないと思うが)、ここに書かれた原稿がスポナビで配信されるのはおそらくこれが最初で最後になるだろうと思う。

「偉大なW」選出プロジェクトの目的

ここで前回の原稿について軽く振り返っておくと、Wリーグ史上最も偉大な選手25人を選出するというプロジェクトは、まずWリーグにおける主要スタッツのキャリア通算ランキングを算出するところから始まった。
いくら私が勝手に独断で選手を選ぶと言っても、それを裏付ける何がしかのデータがなければ全く説得力を持たない。せめて通算得点や通算リバウンドなどの歴代トップ10くらいは参照したいところだ。ところが、Wリーグの歴代ランキングを掲載しているサイトは見当たらなかったので、自分で計算することにしたわけだ。

Wリーグが全選手の記録を公開してくれているおかげで過去24年分のランキングは算出可能だ。ただし、1967年に始まった日本リーグ時代も含めた通算ランキングとなるとこれはもうわからない。おそらくどこかに日本リーグ時代の記録も存在しているんだろうが、私たちにはその情報にアクセスする方法がない。なので、たとえば日本リーグ時代も含めた過去56年間の偉大な選手50人を選出するみたいなことは私の手に余るし、日本リーグ〜Wリーグ史上最高の選手G  O  A  Tを選ぶみたいなこともやろうとは思わない。それに、日本バスケットボール史上最高の選手と呼ばれている選手は日本リーグではプレーしなかったと聞いている。彼女は数々の実業団チームの誘いを断って、母校の日体大でコーチをしながら日本代表に招集されると世界大会で無双していたという。(その選手については、すでに予告しているように『バスケットボールの定理』第7部で少しだけ触れる予定)

というわけで私には無理であるが、たとえばWNBAでのプレー経験はあってもWリーグでは1試合もプレーしていない萩原美樹子(日本リーグがWリーグに移行した1999年に現役を引退)のような選手を正当に評価するためにも、誰かにその仕事(日本リーグ時代を含めた史上最高の選手たちの選出)をしてもらえたらと期待する。

ちょっと話が逸れてしまったが、「25人の偉大なW」選出プロジェクトに戻ると、主要スタッツの歴代トップ10ランキングを算出することで25人を選ぶためのデータは整ったものの、そのデータからどうやって25人を選ぶかを決めるのは難しかった。
ESPNはWNBA史上最も偉大な選手25人を独自にランク付けした記事の中でその難しさについてこう書いている。

WNBAのリーグ創設25周年を記念して、WNBA史上トップの25選手を選出するのは、楽しいと同時に難しい作業でもあります。リーグが始まった1997年に34歳で数シーズンしかプレーしなかった4度のチャンピオンであるシンシア・クーパーのような選手と、27歳ですでに2つのタイトルを獲得し、WNBAを目標として育ったブリアナ・スチュワートのような選手をどのようにランク付けすべきでしょうか?

「25人の偉大なW」の選出基準のひとつとして、「少なくとも一つの主要スタッツにおいて、キャリア通算ランキングでトップ10に入っていること」という項目を採用したが、それはキャリアの全盛期を過ぎてからその晩年の数シーズンをWリーグでプレーしたようなレジェンドたち、あるいはすでにリーグに大きなインパクトを残してはいるがまだ数年しかリーグでプレーしていない若手選手には不利な条件だ。
また、「ベスト5に選出されていること」という基準も、同時期に絶対的な存在がいたポジションの選手を不利にしている。
さらに、「Wリーグで優勝経験があること」という基準は、24年間で17回同一チームが優勝しているという世界的にもかなり稀な “一強リーグ” においては選出選手の偏りを生む条件と言えるだろう。

候補者の選出基準をもう少しゆるく取れば候補者の数は優に50人くらいになるだろうし、そこから誰を選ぶかは選者の評価によって変わってくるだろう。おそらく私が選んだ25人から5〜10人くらいは選者によって入れ替わるのではないかと思う(感覚的に)。

だが、ここで改めて確認しておくけれども、私がやりたかったのはWリーグの選手をランク付けすることではない。そもそも私には選手の実力を評価したり(あるいはチームの戦力を分析したり)する能力はない。
私があの原稿でやろうとしたのは、いつもと同じように物語(歴史)を語ることであり、Wリーグ史上最高の選手を一人、また一人と紹介し、彼女たちのキャリアをたどるうちに、いつの間にか日本の女子バスケ25年の歴史を振り返っていたというような原稿を私は書きたかった。
(だからあの原稿はちょっと変わった書き方をしているし、矢野良子の紹介だけ極端に長かったり、最後にクラムボンの曲の YouTube リンクが唐突に貼られていたり、スポナビに載っている普通のスポーツ記事と比べたらかなり異様な印象を受けるんじゃないかと思うけれど、あんな変な原稿をスポナビで配信しようと思ってくれた note の運営さんに改めて感謝したい)

25人からさらに5人に絞ってみる

前回の振り返りをしたついでに、せっかくだから、ここで「偉大なW」25人の中からWリーグ・オールタイム・スターティング5を選んでみたい。
オールタイム・スターティング5といえば、PG、SG、SF、PF、Cの各ポジションごとに一人を選ぶのが定番だが、選択の自由度を高めるために、ここでは、ビッグ2名、ウイング2名、ガード1名という形で選ぶことにする。
それとあらかじめ断っておくが、これは完全に私の趣味で選んでいる。

まずビッグから選んでいく。
このポジションは髙田真希、渡嘉敷来夢、小磯(濱口)典子という時代を超えたビッグ3がいるので悩ましい。Wリーグ24年の歴史の中で、髙田と渡嘉敷はそれぞれ11回ベスト5に選出され、9年間は二人揃ってベスト5に選出されている。これは強い。
通算8回ベスト5に選ばれている小磯(濱口)も日本代表で長らく不動のセンターを務め、文字通り日本を代表するセンターの一人だ。
この三人は甲乙つけがたいが、私は髙田と渡嘉敷の二人を選びたい。

ウイングは、永田睦子と矢野良子の二人が最強だろう。
6年連続得点王の永田(1試合あたりのキャリア平均20.7得点)と史上最高のシューター・矢野(歴代最多の3ポイント成功数 744 本を決めながら、キャリア平均の3ポイント成功率が41.3%とかいうおかしなことをやってる)、この二人を敵に回したら、何点リードしていても安心できないだろう。
永田は3ポイントをそれほど多く打つ選手ではなかったから、現代バスケにアジャストした3ポイントシューターを2枚置きたい場合は、永田の代わりにわずか10シーズンで歴代4位の3ポイント成功数をキャリア平均39.1%の確率で決めたシューター・三好南穂を入れるのもありかもしれない。

ガードは一番人材が豊富な上に一人しか選ばれない最激戦区だ。「25人の偉大なW」の中でもPG登録の選手はポジション別で最多の7人が選ばれているし、大神雄子、町田瑠唯というWNBAプレーヤーもいる。だが、一人だけ選ぶとしたら、私は吉田亜沙美を選ぶ。ガードに一番求められるものはチームを勝たせることだと思うからだ。歴代最多12回のチャンピオンは伊達じゃない。
次点は史上最多6回のアシスト王に輝く町田瑠唯。得点能力の高い選手ばかりが揃ったオールタイム・チームで町田がどれだけのアシスト数を叩きだすのかを単純に見てみたい。

というわけで、まとめると以下のようになる。

Wリーグ・オールタイム・スターティング5
ビッグ:髙田真希、渡嘉敷来夢
ウイング:永田睦子、矢野良子
ガード:吉田亜沙美
(シックスマン:町田瑠唯)

オールタイム・スターティング5は人によってまったく変わるだろうし、だからこそいろんな人が選ぶ5人を見るのは楽しい。というわけで私もやってみた。異論、反論は大歓迎だ。

「25人の偉大なW」を書いた理由

さて、余興はこれくらいにして、そろそろ本題に入ろう。
なぜ、前回「25人の偉大なW」を書いたのか?

少し前、「ローレン・ジャクソンの選択」を書いていたときのこと。あの原稿を書きながら私は、とある日本人選手のことを思い浮かべずにはいられなかった。

おそらく「ローレン・ジャクソンの選択」を読んだ多くの人が、ジャクソンと同じ史上最年少の16歳で日本代表候補に選出された渡嘉敷来夢や、ジャクソンが6年のブランクを経て40歳で現役復帰したように、今年3年のブランクを経て36歳で現役復帰しようとしている吉田亜沙美のことを思い浮かべ、あの原稿を彼女たちへのエールとして読んだことだろうと思う(「彼女たちの物語はまだ終わっていない」という文の「彼女たち」とは渡嘉敷や吉田のことだと思った人は多いだろう)。それはそれで間違いではない。けれど、あの原稿を書いているとき、ずっと私の頭から離れなかったのは大神雄子だった。

2019年にオーストラリアバスケットボール殿堂に入り、2021年にはオーストラリア人選手として初のネイスミス・メモリアル・バスケットボール殿堂入りを果たしたローレン・ジャクソン。彼女について書きながら、私はこう思ったのだ。

今年6月にFIBAが大神雄子のFIBA殿堂入りを発表し、私たちバスケファンが「大神さんの偉大さが世界に認められた」と無邪気に大喜びしていたとき、国内のバスケット関係者の中には内心、忸怩たる思いを抱いた人がたくさんいたに違いない……。

つまりこういうことだ。

日本では、文化や芸術、あるいはサイエンスの分野などで、海外での評価が逆輸入されることによって、その価値が再評価されたり(浮世絵とかアニメとか)、「日本にそんなすごい人がいたんだ」と再発見される人がいたりするのは昔からよくあることだが、大神雄子のFIBA殿堂入りでも、同じことが起きていたのではないか。

高校時代から大神のプレーを見てきた私たちは、彼女がどれほどすごい選手だったかを知っているけれど、今では多くの日本人、特に若い世代はそのことを知らず、あるいは年配の世代も忘れてしまっていて、今回のFIBA殿堂入りのニュースによって、「大神さんってそんなにすごい選手だったんだ」と初めて知ったり、彼女のことを久しぶりに思い出した人も多いのではないか……。

そう思うと、私は「ローレン・ジャクソンの選択」を書いている場合ではなくて、「大神雄子の選択」を書くべきなんじゃないかと考えずにはいられなかった。大神もジャクソン同様に自分の遺産を残すことを自ら選択しているが、それは決して当たり前のことなんかではない。そのことを書いておくべきなんじゃないか、と。

だが、どういう形で彼女にアプローチできるだろうか、と考えていたときに、Wリーグの新ステートメントが発表された。

「25人の偉大なW」のアイデアを思いついたのはそのときだ。もしWリーグ25周年記念チームを作るとするならば、大神雄子は必ずその一員に選ばれるだろう。そしてそれは大神だけでなく、私たちに大きな遺産を残してくれた多くの偉大な選手たちについて触れる絶好の機会になるだろう……。

というのが、「25人の偉大なW」を書き始めた理由だが、その過程で多くの選手のことを調べていくうち、次第に、「バスケは好きだけどWリーグのことはよく知らない」という人たちがこの原稿を読んで、「来季はWリーグを見てみようかな」と思ってもらえたら、という思いが強くなっていった。
だから、「25人の偉大なW」がスポナビで配信されて、熱心なWリーグファン以外にも多くの人に読まれる機会を得られたことはとてもありがたい。

歴史が持つ価値

ところで、「ローレン・ジャクソンの選択」の中では、なでしこジャパンW杯優勝メンバーの「勝ち続けなくては、女子サッカーはブームで終わってしまう」という声が引用されているが、「25人の偉大なW」を書き終えた今では、その言葉は歴史を持たない(あるいは軽視する)人々、すなわち簡単に過去を忘れてしまう人々にしか通用しない言葉に思える。

私たちには25年の歴史を持つリーグがあり、その起源にまで遡れば、1967年に始まったリーグがある。それは文字通り、一朝一夕で作ることはできない(WEリーグは2020年に創立されたばかりであり、これから歴史を積み上げていかなければならないが、WリーグはすでにWNBAと肩を並べるほどの歴史がある)。
その歴史が持つ本当の価値を知っている人々は、私たちのスポーツが「ブームで終わってしまう」と言われても、断固否定するだろう。

25年(あるいは57年)の歴史のうちに、過去のレジェンドを見て育った子供たちが現在のレジェンドになり、親子二代(あるいは三代)で同じチームを応援するファンが現れ、私たちは過去の偉大なレジェンドの記録を現在のヒーローが塗り替える瞬間や、過去57年間一度も優勝杯を手にできなかったチームが歴史を変える瞬間に興奮することができる。その興奮や感動は、25年(あるいは57年)という歴史の厚みがなければ味わえないものだ。

過去の遺産を私たちはどう活かしていくことができるのか?
やり方はいくらでもあるだろう。たとえば、Wリーグ25周年記念シーズンのPR映像には、現役選手たちの映像に混じって、過去のレジェンドたちの歴史的映像(映像がなければ写真でもいい)が使われるべきだし、NBAやWNBAのように往年の名選手を改めて表彰してもいい。
このリーグの価値を最大限高めるために私たちはその歴史を利用すべきだ。

「(WNBAが)リーグとしてどこまで行けるかという点では限界はないsky's the limit」と言ったのはブリアナ・スチュワートだが、Wリーグが持つ可能性にも限界はない。

Wリーグの新ステートメント、「みんなに『W』を。」の「W」は、Wリーグの選手たちによって、Woman のWであると語られ、World、Wonder、Well-being、Waku-Waku、With、そして Win のWでもあると語られている。そこには様々な言葉が代入される可能性がある。この先、彼女たちはどんなWを届けてくれるのか? 「25人の偉大なW」に続いて、これからこのリーグに、どんなWが登場するのか? きっと私たちの想像を超えるようなプレーや記録を残したり、革新的なアイデアを生み出す新たなWが現れるだろう。限界はない。

X、Y、Zと並び未知数を表す文字のひとつとして使われるWには、今の私たちには予測も想像もつかない未知の可能性が秘められている。

あの新ステートメントに込められた意味をそう受け取ってみたい。

スポナビ掲載記念大感謝祭り

最後に個人的な謝辞を書いておく。
「25人の偉大なW 〜Wリーグ編〜」の終わりに、創設25周年記念シーズンというこれまでWリーグを作ってきた人々に感謝と敬意を伝えるまたとない機会を絶対に逃すなと書いた* が、スポナビで私の原稿が配信されたことは、同様に私がしかるべき人々に感謝を伝えるきっかけとして十分だろうと思う。

*補足しておくと、そこにはもちろん「彼女たちが私たちの元を去ってからでは遅すぎる」という意味が含まれているが、一方で「遅すぎることなど決してない(結末はいつでも書き換えられる)」というのが一貫して私が書いている原稿のテーマであるので、あそこでは「絶対に逃してはいけない」と書くにとどめている。

「25人の偉大なW 〜Wリーグ編〜」をスポナビで配信する記事の一本に選出ピックアップしたのは、最終的には note の運営の誰かになるのだろうけれど、その候補にリストアップされるためには、おそらくアクセス数や「スキ」の数などの基準を満たし、AIのアルゴリズムに引っかかる必要があったはずで、だからそれはあの原稿を読んでくれた人たちや「スキ」をつけてくれた人たちのおかげだとも言える。

読者の皆さん、ありがとうございます。

それから、私の原稿をツイッターで度々紹介していただいている、とまべっちー氏にも感謝を述べておきたい。私はまだ note を始めて一年足らずでフォロワーの数も多くはないし、私が文章を届けられる人の数はたかが知れているけれど、氏に拡散していただいたおかげもあり、「25人の偉大なW 〜Wリーグ編〜」は多くの方に読んでもらえているようだ。

とまべっちーさん、いつもありがとうございます。

これらの感謝の言葉は、『バスケットボールの定理』が完結したら改めて書こうとか(それはもともと2022年中に完結させる予定だった)、note を始めて1年がたったら書こうとか思いながら、ずっと胸にしまっておいた言葉だが、この機会に書いておく。

私はバスケの専門家ではないし、文章書きとしても素人で、ときどきリサーチが甘くて間違いを書いてしまったりもする。そんな私の文章でも、毎回読んでくれる人たちがいて、ときどき「スキ」をつけてくれる人たちがいて、こんなネットの片隅からでも誰かに小さな光をあてることができるかもしれないと思える。
皆さんのおかげで、私は文章を書き続けることができている。

今年3月に、「歴史を忘れるな。歴史を築いてきた人々を忘れるな。」と書いてから『トリスタン文書』の物語はずっと止まったまま、4ヶ月ほどが過ぎてしまったけれど、次こそはその続きを、リディームチームの話を書く。

(たぶん。いや本当に……?)


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