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〝7不思議の1つ〟 意外!:卸売市場の役割 ~流通コストの縮減~ 東京聖栄大学・客員教授(常勤) 藤島 廣二

《緊急トークセッション》
「食」を支える卸売市場は誰の手に落ちていくのか?
卸売市場制度破壊の経緯と行方を最強の論客が解き明かす!
2020年1月25日(土)
配布資料です。

〝7不思議の1つ〟 意外!:卸売市場の役割 ~流通コストの縮減~ 東京聖栄大学・客員教授(常勤) 藤島 廣二

生産者が消費者に直接販売するのと、卸売市場で仕入れて小売店で販売するのとを比較 した場合、どちらの方がコストが低いだろうか。多くの人は前者に軍配を上げるであろう。 が、実はこれは筆者にとって〝7不思議の1つ〟にほかならない。
直接販売の最も主要な具体的形態として直売所(正確な表現は生産者直売所またはファ ーマーズマーケット)が挙げられる。ここでは生鮮青果物については、地元の生産者が自 ら生産した野菜等を自分で棚に並べて消費者に販売する。一方、小売店はスーパーであっ たとしても、生鮮青果物を生産者や農協から直接仕入れるのはごく一部で、そのほとんど を卸売市場から仕入れて販売している。そして購入する消費者の多くは、直売所の方が価 格が安くて合理的な流通だと高く評価する傾向が強い。
しかし、そうであるにもかかわらず、直売所で販売量が最も多いと言われている生鮮野 菜でさえ、全国の直売所の合計販売量は 70 万トン前後、全国の小売店の生鮮野菜販売量のお およそ8分の1から 10 分の1程度にとどまる。すなわち、多くの消費者は普段は、卸売市 場から仕入れて販売している小売店を利用しているのである。
また、生産者の多くは直売所での販売品の手取り率は卸売市場への出荷品よりも高いと 言う。しかし、ほとんどの生産者は野菜、果物、切花等の大半を卸売市場に出荷している。 農林水産省の調査によれば、最近でも国産青果物の 80%前後は卸売市場向け出荷である。 ちなみに、残りの約 20%のすべてが直売所で販売されているわけではない。この中にはト マトジュース工場や漬物加工業者等との直接取引分も含まれているため、直売所での販売 比率は全出荷量の5~6%ほどにすぎない。
このように、消費者、生産者とも直接取引に対する評価は高いものの、取引量の割合は 意外なほど低いのである。
購入後の見えにくいコスト
直売所や小売店での価格は、通常は生産コストと流通コスト(輸送・保管コスト+取引 コスト)の合計を反映したものであろう。それゆえ直売所の価格が安いということは、そ の合計コストが低いことを意味する。この限りでは、直売所の方が効率的という評価は間 違いではない。
しかし、この場合のコストは購入時点までのコストであることに注意しなければならな い。購入後に消費者が自宅まで運ぶ場合にも、輸送等の流通コストがかかるのである。し かも、現在では多くの人々は都市部に住んでいるため、小売店は1~2km程度の範囲内に あるのに対し、直売所は数 10 kmから 100 km前後も離れているのが普通である。
仮に自宅と直売所が 50 km離れていて往復で 100 kmとすると、ガソリン代が5リットルで約 700 円、保険料や税金等も合算した車の償却代が少なく見積もって 2,000 円、さらに人件費が

4時間で 4,000 円。すなわち、直売所まで一度行くだけで 7,000 円近くのコストが掛かる。 しかも、米のように貯蔵できるものであれば、一度に 30 kgあるいは 50 kgとまとめ買いが 可能であるが、生鮮品となると大家族でもない限り、1回の購入量はせいぜい 10 kg程度で あろう。となると、直売所から自宅までの輸送コストは生鮮品の場合、1kg当たりで 700 円を超えることもあり得る。これはハクサイであれば、1個2kg程度のものが少なくとも 2個ほど買える金額である。
これに対し、小売店までは2km離れていて往復で4kmとしても、ガソリン代 30 円、車の 償却代 80 円、人件費が 45 分で 750 円。合計で 900 円程度に収まる。一度に全部で3kg程 度しか購入しないとしても1kg当たり 300 円ほどにすぎない。
間違いなく、多くの消費者(主に都市部に住む人々)にとって購入後のコストは小売店 の方がはるかに低い。ただし、価格で示されるコストは明確に見えるため認識しやすいの に対し、購入後のコストは見えにくく認識しづらいと言える。そのことが直売所を高く評 価しつつも、普段は市場仕入の小売店を利用するという矛盾した行動となって現れている ように思われる。
売れ残り等のコスト
直売所は生産者からみた時、確かに好都合な点が少なくはない。例えば、直売所は生産 者の自宅や圃場から近いことから運送費が安く、段ボール等の包装費用も削減でき、さら に野菜等の選別をさほど厳格にする必要はないし、自分の出荷品については小売価格や卸 売価格を参考にはしつつも自分で値段を決めることができる、等々である。
しかし、直売所の場合、一般に売上高規模が小さい。確かに年間販売額が 10 億円を超え るほど大規模なところもあるが、それでも野菜だけ、果物だけとなると、せいぜい3~4 億円程度である。しかも、そうした大規模な直売所へ出荷する生産者は何百人にものぼる ことから、それぞれの生産者が日々生産する野菜や果物を全量販売できるわけではない。
また、直売所に持ち込んで棚に並べた品物であっても、生鮮品の場合にはその日のうち に販売できなかった物は引き取らなければならない。もちろん、それを翌日、再度棚に並 べて販売することはできない。
これに対し、卸売市場向け出荷の場合は包装費(段ボール代等)や輸送費が掛かり、選 別も厳格に行わなければならないし、生産者が自由に値段を決めることもできない。しか し、卸売市場には全生産量を出荷することが可能である。それも好天に恵まれて生産量が 急増したとしても、全量を出荷し販売できる。もちろん、売れ残って返却されることもな い。代金も1週間前後の短期間で受け取ることができる。
したがって、直売所の場合、売れた物だけで計算すると、コストは直売所の販売手数料 と直売所までの運送費程度であることから、生産者の手取り率は8~9割ほどと極めて高 くなる。しかし、棚に並べることができなかった物や売れ残った物もコストとして計算す ると、手取り率は著しく低いものになると考えられる。ただし、生産量が多く直売所に出 荷できない青果物は卸売市場に出荷するため、生産者がその低さを意識することはほとん どないように思われる。それゆえ、生産者も売れた物だけの収益率から直売所を高く評価 する一方で、多くを卸売市場に出荷するという矛盾した行動をとるのではなかろうか。

輸送の単位重量とコスト
以上から、直接取引(直接販売)が卸売市場経由取引(小売店販売)よりもコスト面で 優れているという見方が〝7不思議の1つ〟である、との筆者の思いをご理解いただけた かと思う。しかし、直接取引には直売所だけでなく、スーパーの産直(産地との直接取引) もあれば、ネット取引(通信販売)もあろうとお考えの読者も少なくないであろう。最後 に、これらのコスト・パフォーマンスについても簡単に触れておきたい。
流通経済学の理論の中にマーガレット・ホールが指摘した「取引総数極小化の原理」があ る。これは直接取引よりも中間業者が介在する方が流通コストが縮減されると説く。例え ば生産者が3名で生産効率を上げるために特定の品目に特化し、片や小売業者(または消 費者)も3名で集客力を高める等のために3生産者の品物を揃えると仮定すると、直接取 引の場合は〝3×3〟で9回の取引数になるが、中間業者のところで3生産者分を取り揃 えて小売業者に卸すとすると、〝3+3〟の6回ですむ。その結果、取引相手同士の交渉 回数が少なくなる等、取引コストが縮減する、というのである。すなわち、スーパーが目 玉商品を産地から直接取り寄せたり、消費者が贈答用品をネットで注文する分にはさほど 問題ではないとしても、普段の取引として産直やネット取引を行うとなると、コストが大 きな問題になり得るのである。
しかも、取引回数だけでなく、輸送コストも馬鹿にならない。ネット取引であれば輸送 に宅配便を利用すると思うが、この場合、関東区域内であっても、2kg程度の物を運ぶの に 900 円ほども掛かることになる。小売店で高くても 300 円程度で購入できる1個2kgの ハクサイが、何と 900 円以上になってしまうのである。とてもではないが、ネット取引で 日々の食生活を維持することはできないであろう。
また、スーパーの産直の場合、産地から各店舗への配送は3~4トントラックを利用する と思われるが、これは産地が卸売市場へ出荷する際の 10 トン以上のトラックに比べると、一 度に運ぶ単位重量が極めて小さい。実は輸送コストは輸送距離よりも輸送単位重量の影響 の方が強い。例えば、東京都内のコンビニの物流センターから同じ都内の小売店舗に3トン 車で食料品等を配送すると、1kgの物を運ぶのにおよそ 10 円かかるとのことであるが、地 球の裏側のブラジルから日本に鉄鉱石を 17 万トンのバラ積み船で運ぶ場合、1回あたりの輸 送費は2億円前後から4億円程度になるものの、1kgに換算するとわずか1~2円、高く ても3円以内に収まるのである。
いずれにしても、卸売市場は流通コストの縮減に関して多くの人々が考えている以上に 重要な社会的役割を果たしていると言える。もちろん、卸売市場の役割はコスト面だけで はない。価格形成や寡占化の防止等においても大きな役割を果たしている。


動画諸々置いています。
「市場とはなにか」シリーズも是非ご覧下さい

https://www.youtube.com/channel/UCT02EZmsilSLvRa9tweClbg

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