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穂高岳縦走(大キレット越え)(回想)

上高地~氷河公園~南岳~北穂高岳~奥穂高岳~前穂高岳~岳沢小屋テント場~上高地

いつかは歩いてみたいと温めていた大キレット、思えば西丹沢のとあるバリエーションルートで出会った小さなキレット越えから、その芽はひそかに育っていたのかもしれない。

その後、南八ヶ岳キレット、八峰キレット、不帰キレットとこれらのキレットを従えた難ルートを歩き、満を持しての大キレット越えとなった。
なんだかコレクション集めのようだが、飛騨山脈という日本の屋根のとんがりを歩ける幸せは、今まで縦走してきた集大成という意味合いもある。

国内で最難度の一般登山道なわけで、私がすんなり行きたいと思った訳でもなく、まず重いテント装備で岩稜帯歩きは、さまざまなリスクが重なって正直無理なのではと思った。

が、相方の意志は固く、そこで荷物の軽量化を図る。幸い北アは要所に山小屋もあり補給がたやすい。
そこで昼食は山小屋とし、朝夕の食事は我家はお山では極端に食が細くなるので、思い切って1食分を二人で食べる分量にした。

着替えは元々何日縦走しても1回分しか持たないが、縦走用とテントの中用と分けて使えば、匂いはそんなに気にならない。そんな訳で相方は15.5kg、私は13kgに抑えることができた。

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前日

毎度の縦走時と同じく前日夕食後慌しく自宅を後にする。
持ち物を点検したつもりだったが、ストックを忘れるという痛恨の失敗。
へたれなので、これがどんな結果になるのか相当な不安が募る。
が、実際は岩稜帯歩きだったためストックの出番はなかった。
お盆中に台風の通過などもあり、休暇前半の天気も気になるところだ。
沢渡ではまずまず仮眠ができて気持よく朝を迎えた。

1日目

上高地で朝食、トイレを済ませていざ出発。
今日はババ平までなので気持ちが楽だ。梓川は台風の雨で水量が豊富だ。

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峰々の展望はいまいちだけど、しっとりとした樹林の中はひんやりとして気持ちがいい。明神、徳沢、横尾と休憩しながらいいペースで歩けた。
横尾からやっと登山道らしくなるが、相変わらずきつい標高差もなく、一ノ俣谷、二ノ俣谷の轟くような支沢を越えていく。

一登りで多くの登山者が集う槍沢ロッジに到着した。
ここで水を汲み(テント場に水場ありました)ビールを買い、トイレを済ませてババ平キャンプ場に向かう。
ババ平には午前中に着いてしまったので、好きな所に張り放題だった。
一眠りしてテントから出てみるとテント場はいっぱいになっていた。

高校生?の合唱部の団体が張っていて、夕方山の歌を何曲も合唱していた。「遠き山に日は落ちて」を私もテントの中で一緒に歌った。
谷間の風景と相まってなんだか涙がこぼれそうだった。

2日目

谷を取り囲む山々の頂上はどんよりとガスに覆われていた。
それでもお日様は出ているのか横尾尾根の下半分は朝焼けに染まっていた。

大曲で水俣乗越への登山道を右に分け、ぽつぽつと降りだした雨につかまった。稜線のガスの動きがやけに早い。
下山者に聞くと、稜線は雨とそして風が強いようだ。これで今日の槍ヶ岳はなくなった。殺生ヒュッテの知り合いを尋ねる予定だったけれど、風雨の強い稜線歩きはちょっと怖い。

相方と相談して風を避けられる氷河公園から南岳に通じるルートに変更した
雪渓の残る槍沢のトラバースを越えると天狗池が現れる。

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思っていたよりも小さな池で、ここにあの槍ヶ岳が映し出されるのだなあと心の目で想う。池の落口から水を汲んで、これで今晩の水は確保できた。

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氷河公園の硬い雪、天狗のコルからの雨に濡れた岩稜帯歩きが、あたりがガスで覆われていたため、かなり神経を使っての登りだった。

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稜線に出てほっとしたのもつかの間、飛騨側からの強風に飛ばされそうで、何度も立ち止まって踏ん張った。
あたりは厚いガスに覆われてこの世のものとは思えない、
どんよりと暗い異界のようだった。

南岳(3032.7m)を越え、南岳小屋までは至近の距離だったが恐ろしく長く感じた。稜線の小屋のありがたさをひしひしと感じた。

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小屋では、休憩の人、泊りの人、テント場の様子見の人々がそれぞれに寛いでいた。
大キレットを越えてきた大学生はあまりの恐怖でしおれていた。
3時間程小屋で風が収まるのを待つ。

多少風も収まったので、テントを張りにテント場に向かう。
それでもバタバタとテントを叩く風は容赦なかった。夜半にやっと風も収まり、明日の大キレット越えへの期待は高まった。

3日目

昨日の荒天がうそのように、まるでこの日の為にとっておいたような朝が来た。風なし、ガスなし将に絶好のコンディションで大キレットを越えることができるのだ。

緊張とワクワクとドキドキとがないまぜになった、わあっと声をあげたくなるようなテンションの中、シシバナから目指すルートを何度も目で追う。

思ったよりも近くに北穂を確認することができるけれど道のりは遠い。
まるで取り組み前の高見盛のように気合を入れる。

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ザレたルンゼを下り、クサリ、はしごを使って最低コル(2748m)まではいいウォーミングアップだ。

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今ここは大キレットのお鍋の底にいる自分。見上げるシシバナの高さにお鍋の深さを思う。

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さあ、いよいよ長谷川ピーク(2841m)への登りにかかる。
ピークまでは普通の登り、登山道はピークを巻いてついているので、手がかりのない岩場を登らないとHピークの表示を見ることはできない。

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Hピークからの下りが少し緊張する。慎重に慎重に一歩一歩手掛り足掛りを確認しながら下って行く。振り返った長谷川ピークは高度感のあるすばらしいピークだった。

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A沢コルでひと息入れる。ここで後からやって来た、小屋で知り合ったカップルに先に行ってもらう。

ここからの登りはピンと鎖を使って行く。
相方は気付かなかったけど、一番始めのピンがグラグラしていて、抜けませんようにとお祈りしながら登った。

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飛騨泣きはしっかりと整備されたトラバースで特に恐怖を感じることはなかった。

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いくつかの鎖場を越えると北穂高小屋はもう手がとどきそうな位置だ。

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最後の急登をひ~ひ~言いながらぽっかりと小屋のテラスに着いた。
先に到着したカップル、小屋で知り合った方々とここまでの健闘を静かに讃えあった。

この先の白出のコルまでの道のりへの英気を養うために食事を頼み、笠雲の掛かった槍、さらに北方の山々のだんだんと雲のなかに入っていく様子などをのんびりと満喫する。

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さて大キレット越えよりも、北穂から涸沢岳までのこれからのルートの方が難易度は高い。

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こちらの方も高度感あるトラバースがあり、涸沢岳に絡むルートは落石に注意が必要だ。実際先行者の渋滞で何度か足止めを受ける。

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涸沢岳が目前に迫ると、これでもかの登りの先に、ふいに傾斜が緩んで、涸沢岳の山頂だ。この瞬間がなんともうれしい。

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あとはゆるい登山道を穂高岳山荘まで下るだけ。
大キレットを越えてきた仲間たちと静かに祝杯だ。

明日は西穂に向かう人、涸沢に下る人、奥穂、前穂に向かう人、それぞれにそれぞれの思いで今日の1日を振り返る。
今日1日の終りには笠ヶ岳にゆっくりと赤く輝く太陽が沈んでいった。

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奥穂には半分の月が明るく輝いた。いい夜だった。

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4日目

東の空がほんのりと染まり、今日も素晴らしい晴天だ。
前回の登山時にガスで全く展望のなかった奥穂に、今回は青空のもと訪れることができる。

西穂までの稜線の様子は。槍は見えるかな。前穂は。。。
期待でいっぱいだ。ほんの一登りで奥穂の山頂だった。
小学生位の兄妹も登っていて祠の下で足をブラブラさせて、仲良く座っている様子がとても可愛かった。

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四方の風景はとても雄大で、大きな峰々がまるで手に取るように、小さく近くに見える。
危うく苦労する稜線の登山道も、ここではひとつの山ひだ、風景だ。
そこに絡まる人間もまた小さきものだ。
ただひたすらに美しい地球からの贈り物。そして、やはりそこにいることのできる幸せだった。

なごり惜しい山頂を後にして、前穂に向かう。
吊尾根は狭い山腹の登山道をときどき岩場を越えながら下っていく。

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紀美子平にザックをデポして前穂に向かう。
意外と手強い前穂の登りで、もう山頂にはそんなに人はいなかった。

前穂北尾根を登ってきた人達が左手からやってきていた。自分達には縁のないルートだけれど、こんなバリエーションを歩ける人がうらやましい。山頂を後にして重太郎新道もスリップしやすい中々の下りだった。

前方に単独の70歳代の男性が、ちょっと危ない足取りで歩いている。転んだり、道を間違えたりと、危なっかしくてしかたがないのだが、
とても元気な方だ。昔歩いたこの登山道を再度訪問という感じだった。
抜かさせてもらって私たちが前穂に行っている間に追いつき、岳沢までほぼ一緒だった。

下ってから、最後にぽつりと、
「もう(お山は)おしまいだ、Happy retirementだ」
とつぶやいていたことが、なんだか私の心に深く突き刺さった。
自分にもいつか訪れるお山と別れなければいけない瞬間。

それを奇しくも見ず知らずの方のその瞬間に立ち合ってしまったこと。
今回の縦走のすばらしさとその言葉とがオーバーラップして、いつまでも振り払うことができなかった。

岳沢小屋が見えていても中々近づいてこない。最後は足が棒のようだった。
まだ時間も早く今日中に上高地まで充分に下れる時間だったけれど、1日予備日も残っているし、新しくなった岳沢小屋でものんびりしたかったので、こちらでテントにした。

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おいしい生ビールで生き返って、窓からの上高地の風景にうっとりした。そのまま昼寝に突入して、夕飯もなんだか面倒になって、寝入ってしまう。
案の定、夜中に目が覚めて、相方と交代で腹へったなあ、お腹空いたと、言いながらの一晩だった。

5日目

空腹の一夜が明けたw

谷間の朝は山の端からゆっくりと日が差してくる。
今日はのんびりと上高地に下るだけだ。しばらく下るともう下から登って来る人がいた。
山の朝はいつでも早い。

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長かった縦走を振り返るには、丁度いいやさしい登山道だ。
台風で荒れたのか登山道がつけ変わっていた。2時間程で上高地だ。

上高地は水の避暑地、縦横無尽の小川や森の美しさは山とはまた違った美しさで、ほっと心がなごむ。
気持ちものんびりで上高地では観光客の気持ちで、あたりをきょろきょろ。

梓川右岸の小川でちょっと涼もうと思い、川べりに腰をおろす。
対岸ではスケッチの女の子。。が、ふと私を見て、すぐに目をそらす。。。

はっ、私はここの風景にはいてはいけない人だった。。。

申し訳ない。。。すぐに腰を上げてまた散策する。

こうしてこの年の夏休みも無事終わった。





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