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『墨攻』 小説も面白いが、映画も悪くない。専守防衛「墨家」は日本そのもの?

評価 ☆☆



あらすじ
紀元前340年、戦国時代の中国。趙・燕2国に挟まれた小国の梁は趙からの侵略に喘いでいた。墨子思想を貫く革離は単身梁に乗り込み、趙の大軍を相手に戦いを挑む。不安がる民をまとめ、専守防衛の技術と最新の科学知識を駆使して10万の軍を相手に奮戦。少しずつ戦況が変化していく。



2004年公開の映画『墨攻』。監督はジェイコブ・チャン。出演はアンディ・ラウ、アン・ソンギなど。この映画は墨家という中国の思想集団を題材にしている。墨家は、非攻つまり専守防衛を唱えた中国の武装集団である。その基本は兼愛つまり万人を愛せよというものだった。



単純な屁理屈思想家ではなく、先鋭的な戦争職人で専守防衛のためにさまざまな戦争技術を研究して会得していたという。しかし、突如として歴史の中から姿を消してしまう。



その墨家、革離を主人公にしたのがこの作品である。『インファナル・アフェア』のアンディ・ラウが革離を演じている。ストイックで、冷静、行動的で、頭もいいという設定。



前半部分は彼を中心とした戦いの知恵比べで話が展開。しかし、途中から彼は悩み始める。兼愛と戦争の両立とは? なぜ戦争をしなければいけないのか? 専守防衛といえども人をなぜ殺さなければいけないのか? そして戦争の行き着く先とは何なのか? 



最初はエンターティメント作品として観ていたのに、悩み始める後半から次第に映画が変質する。映画を観た多くの人は方向を失っていく部分が物語の欠点だと言っている。途中で女性が登場するが「そんなものはいらんから、原作やマンガに近いかたちで戦闘中心に展開してほしい」というものも多かった。



僕は悩んでいる部分も好きだ。だってさ。悩むでしょう、普通。専守防衛と言えども大量虐殺をするわけだから。悩まないわけがない。



話は突然変わるけれど、夜中に戦争体験を老人たちが語るNHKの特集番組をやっていた。おじいさんたちのインタビューが中心。視聴率なんて低かったんだろうけど、面白かった。面白いというよりも戦争の悲惨さが心の奥底まで伝わってくる良いドキュメンタリーだった。



これに関してはまた今度にしますが、ちょっとだけ。我々は本当戦争を学んできたのだろうか? 私達の身近にある戦争といえばアニメの世界である。いくらリアルに描いてもアニメはアニメ。そこには死体の腐る臭いはない。



例えば「機動戦士ガンダム」の中で蛆虫が描かれたシーンはあった? 殺された仲間の死体を持ち帰れないからといって死体の小指や腕を切り落として持ち帰るシーンはあった? 腐る死体の山の中で食事をするシーンはあったか? 食料がなくて人肉を食べるシーンがあった? ないよね。失禁も脱糞するシーンも、殺した相手からゲロを浴びることもない。炎に焼けただれ、ケロイドとなった体で歩くカットすらない。



『墨攻』にもそこまでのリアルなシーンはない。だが、戦争に対する虚無感、悲しみと苦悩は描かれている。大人の作品ではある。



映画としてうまくは成立していないけれど、十分大人の鑑賞に耐えうる魅力がある。



墨家、いいですよね。こういう思想も嫌いではない。まさに専守防衛と兼愛なんていまの日本姿勢そのもの。ストイックなところも好感が持てました。墨家を知る上でも非常に興味深い作品である。



初出 「西参道シネマブログ」 2007-10-23



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