20200207 咳嗽、爆ぜる

 厳冬の渦中、無味乾燥の大気に軽佻浮薄となつた悪鬼細菌らが、僕の気道を警邏する白血球らを嬲り殺めんとした。一気呵成のゲヴァルトに蕩揺される幻燈となつていた生命の陰影が、またひとつ、またひとつと馘されて逝くのをひたにぼうつと僕は眺めていた。卑賎なる感冒は一抹にあつた憂慮の虚を衝くと、野望であつた逗留の支度に勤しみ始めた。気づいた頃には、疾うにパラノーヤに魘されている。フラストレーシヤンが脳漿を擽ると、口吻から呻吟が垂れていつた。まるで副鼻腔には水銀が溢れたやうで、遁走を妨げられた排気に拠つて鼓膜は俄にさんざめき出した。

がさがさと咳嗽がずうつと嘶いている!
ぴいぴいと喘鳴がずうつと囀つている!

 僕はホミオパテイを喰らわんとして、砂漠の咽喉へ唾を下す。舌苔は階調を逸して白けている。味蕾に据えたトロオシはじわり溶融されて、腫れ上がつた患部を酷く優しく撫ぜているらしかつた。その薄荷の味など杳として知らないが、(フレメン現象に拠つてかも知らないが)僕は大層に愉快であつた。

恬澹の日々を燃やすやうだ!
枉惑が僕を肥やすやうだ!

 臆、無聊と懊悩が僕を責ついている。濁流の色彩は喀痰に呑まれてしまつた。無性にアルカホルを欲している。果たして真にさうかと憶えば素面を欲している。僕は徒浪であつたらしい。
 明滅止まぬ渺茫の部屋で、中心に向かつて、僕は漫ろの儘に、蹌踉として、彽徊をまた繰り返す。

鎮咳剤や含嗽剤は何処へ消えたか?
彼は誰時は何処へ消えたか?

映画観ます。