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「ブラックジャック大全集」解説② 幻の未収録作やレアシーン収録!

今回は前回の続き
「ブラックジャック大全集」解説の後半をお届けいたします。
「ブラックジャック」の作品についての記事はこれまでに何本かご紹介しておりますので下記併せてご覧いただく事でより楽しめますのでどうぞ。

ブラックジャックは如何にして国民的マンガになったのか?
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それでは3巻見ていきます。
まず「全集未収録」を見ていきますと
第36話「しずむ女」
これは結構有名な未収録作でチャンピオンコミックス以外での単行本収録がない珍しいエピソードのひとつです。

3巻収録リスト

このエピソードは本当に貴重なのでこのエピソードを読むだけでもこの大全集を買う価値ありだと思います。
公害問題差別発言が多いためお蔵入りになったと言われる曰くのエピソード、こういう差別史観と思われるような描写は現代表現では非常にデリケートな問題ですので今後もなにかと削除されゆくエピソードなのは間違いありません。恐らく通常で復活することはないでしょうね。
ファンなら一度は読んでおきたい逸品です。

そして第37話「2人のジャン」
こちらは全集には掲載されていますが
他の単行本にはほとんど掲載のない珍しいエピソードのひとつです。
他の単行本への未掲載の経緯としては、
身体障害者をあつかった作品であり患者への配慮または、世間の風当たりによることが要因として単行本掲載を見送ったと言われております。
しかし
手塚先生は「漫画全集」掲載しているところを見ますと
何か思う所があるんだと思います。
改めてここら辺は
実際に読んでみて、今の時代に何をどう感じるか各々がぜひ感じてみてください。個人的には「生命」を扱うヒューマンドラマとして「生命」とは
肉体なのか、精神なのか、はたまた意識のことなのか考えさせられる良作だと思います。

さらに掲載はありませんが
第41話「植物人間」
ブラックジャック未収録の中でも伝説のエピソードとされる
未収録中の未収録の逸品

第41話「植物人間」の解説ページ

「植物人間」とは文字通り「植物のような人間」のことで
意識のない状態で呼吸だけしているのは、果たして人間として生きているのだろうか?生命活動はあるけど、人間としてどうなの?というデリケートな題材をあつかっており「脳死」について触れているエピソードです。

この辺は医学としての在り方を描く上で非常に難しい表現方法で
生命の尊厳や人間の在り方にまで考えが及んでしまう
医学界における最大のテーマともいえる難問であります。
この「脳死」を扱ったテーマには先生自身も相当苦労されていたようで
ブラックジャック以外の手塚作品でも度々取り上げられております。

本作も「脳死」が題材ということで、その表現方法が非人道的ではないかという世間の声への配慮の元、お蔵入りになったと思われます。

ちょうど世間では、1975年にロボトミー手術が廃止され話題にもなっていた時期でもあり特に「手塚治虫はロボトミーを賛美しているんじゃないか!」という声が挙がり障害者団体などから抗議への対応で、カットしたとされるのが現在では有力な説になっています。

クレームが入った新聞記事

しかしですね、元々ロボトミー手術とは当時は画期的な治療法として世間を席捲し、なんとノーベル賞まで受賞した有名な手術なんですね。
その後の後遺症として世界中で何万人という被害者が出たことにより後に「悪魔の手術」だったと呼ばれたとんでもない手術だった事が判明するんですけどそれまでは「人類を救う画期的な技術」と拍手喝采されてたわけで
人々の手のひら返しもハンパじゃありません。
念のため補足しておきますと手塚先生自身はこのロボトミー手術を賞賛していたわけでもありません。

この辺りは「ヤジとボク」という作品の紹介記事で
説明しているので興味のある方はぜひご覧になってみてください。

こう見ますと、この3巻では36話、37話、41話と後にカットされるエピソードが立て続けに連載されていた時期ということが分かります。
これは「カット」されたというマイナス要素な解釈ではなく、むしろチャレンジした結果の「カット」と捉えた方が適切だと思います。
ただ闇雲に話題作りのネタであったりミーハーな受けを狙ったストーリーではなくあらゆる側面から「生命」とは何か?を問うブラックジャックという作品への表現の可能性を模索されていた結果ではないでしょうか。

現に 第33話「獅子面病」第40話「焼け焦げた人形」第49話「二つの愛」第50話「めぐり会い」など、後に語り継がれる素晴らしいエピソードが乱立していますから、先生自身の状態としてもほぼ絶好調に近い状態だと思われます。とても少し前まで地面を這うようなドスランプ作家とは思えないくらい完成度の高い作品を世に送り出していますので、やはりマンガ表現の可能性をギリギリ攻めた結果が傑作と放送禁止作の両作が生まれてしまったと考えるのが妥当かと思います。

そもそも手塚先生って世間の皆様が思い描いているヨイ子ちゃんの漫画家や
児童漫画家の巨匠なんかではなく、
その正体はゴリゴリのアウトロー作家で純粋なパンク作家です。

性の表現、暴力、障害、差別表現など、現代の物差しで見ると完全アウトなものを、当時の表現の幅としてどこまで耐えうるか常に模索、実験して描いていました。
でもそれらは決してイタズラに、商業的に描いていたのではなく常に
「マンガ」という新しい表現方法の可能性の追求としてチャレンジしておられました。
その数々のチャレンジの繰り返しによって、今日の漫画文化における様々な表現、アプローチが広まるようになっていったわけです。
現在の日本の「マンガ」の多様性は他の国々を追随を許さないほど圧倒的でマンガで表現されていないジャンルを探す方が難しいくらい様々なジャンルが存在するようになりました。
それらはこの手塚治虫のド変態とも言える果敢なチャレンジがあってこそであり日本において「マンガ」というジャンル自体がここまで文化的な地位を確立することはなかったと思います。

そのような観点からも手塚治虫の「未収録作品」を覗いていくことは
手塚治虫の変態性への理解が深まると同時に日本漫画の歴史を紐解くことにもなりますので非常に面白いわけであります。


続いて第4巻
この巻の注目は、なんといっても1975年に連載されたあと、
他のどの単行本にも掲載されたことのない第58話「快楽の座」です。
未収録作品の中では最も入手困難とされる
手塚治虫作品の中でも伝説の完全封印作品
国会図書館でも大人気のキングオブ未収録であります。

第4巻収録リスト
快楽の座解説ページ

こちらも残念ながら「大全集」でも未収録、、、
さすがキングオブ未収録です。

「脳手術」による表現が適切ではないと判断されてお蔵入りになったとされる曰く付きの作品です。
やはり「脳手術」に関するネタはデリケートすぎてお蔵入り率高いですね。

内容はスチモシーバーという装置を脳に埋め込むという実際に存在した手術でそれによって手術された少年が暴走してしまうというお話。

ストーリーも描写も中々に刺激的な作品です。
確かに人体実験とも受け止めかねない内容ですので先生自身が掲載を見送る判断をしたのも頷けます。今後も発表の予定はないそうですので、もう二度と新規でお目にかかることはないでしょう。
ファンの間では超有名未収録作なので益々その価値が高まり、
見れないとなると余計に見たくなる人間心理が重なってどんどん見たくなってしまいますよね。

唯一この世に出版された1975年「週刊少年チャンピオン」1月20日号
これのプレミア加減がエグいことになっていくのは容易に想像できます。

さて、その他の掲載作品順を見ますとこの辺りから徐々に連載順掲載順が落ち着いてきている感があります。
人気エピソードで言えば
第51話「ちぢむ!」 第52話「人面瘡」 第54話「アリの足」 第56話「ふたりの黒い医者」 第57話「ブラック・クイーン」第61話「針」
 第62話「ネコと庄造と」
など言い出せばキリがないくらい良作が続きます
ほぼ全編めちゃくちゃいい話ばかりです。

連載第50話を超えたあたりから、連載開始より試行錯誤を重ねてきた
連載作品としてのひとつの形、「ブラックジャック」という作品のプラットフォームがある程度固まってきたのではと推測できます。

人生の地獄から生み落とされた作品が徐々に徐々に人気を得てついには表舞台の頂点へまで上り詰めようとしていた手応えを感じていたことでしょう。
まさに手塚治虫の真骨頂がある種の完成形に近づいていた時期がこの時期なんだと思います。

5巻
5巻は大きく改編されたエピソードはありません。
「全集」の未収録を見ていきますと
第76話「水頭症」 第77話「ドラキュラに捧ぐ」
の2編が未収録になっています。

第5巻収録リスト

今回非常に面白いのが奇しくもこの未収録の2編連載中に手塚先生が
「第4回日本漫画家協会賞特別賞」を受賞しまして、
受賞しましたよという告知が2編の扉絵に差し込まれています。
何を隠そうこの告知(受賞)こそ、虫プロ倒産のどん底から「ブラックジャック」で起死回生の一撃を放ち「手塚治虫大復活!」を告げる記念すべき
連載になるはずでした。
…がしかし
偶然にもこの2編が後にカットになってしまうという不運(笑)
偶然とはいえ数奇な珍しい巡り合わせが起きちゃいました。

手塚先生自身は、この受賞をとても喜んでおられました。すでに大御所と呼ばれ常に審査する側の立場にいて自分も審査されたいと思っていた折の受賞だったので一際この受賞は喜んだと言います。
現役にこだわり続けた手塚先生らしいエピソードですが後にそんな
「特別賞」が霞んでしまうほどの知名度を獲得していくことは
手塚先生もまだ知らないわけで…。

第76話「水頭症」
こちらはチャンピオンコミックス以外の単行本には
一切掲載されてないエピソードとなります。
ストーリーは芸人として人を笑わせて死にたいと願う患者に対し

「おれという人間は、
死を目の前にしてあきらめきって笑っている病人をみると、
腹が立ってくるんだ!」

と憤りを感じ興奮するブラックジャック。
死期を悟って残り短い時間を精一杯に生きると割り切る方がいいのか
それとも治療に一縷の可能性があるのであればそれを目指すのか
「生きる」という選択肢を考えさせられる
ブラックジャック作品の中でも屈指の名作です。

はいというわけで…5巻までご紹介したのですが
長くなってしまったのでこの続きは次回にしたいと思っております。
次回もお楽しみに。

ありがとうございました。
■引用 / 参考文献
手塚治虫漫画全集「ブラックジャック」/講談社
「ブラックジャック大全集」/株式会社復刊ドットコム

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