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宿泊税から考える租税の外部効果

 宿泊(ホテル)税は、現在、東京都、大阪府、福岡県(福岡市・北九州市)、京都市、金沢市、俱知安町、長崎市の7(9)自治体で課税されていて、宮城県(仙台市)や千葉県(浦安市)などで導入に向けた検討や手続きが進んでいます。
 現行の宿泊税は税区分的には、”法定外目的税”(地方税法に定めがなく、特定の使途のために徴集される税金)になりますが、一般の地方税と違い、課税地に住所や事業所を有しない人や法人に対して課税されるのが特徴です。
 このように地方政府が非居住者に租税負担を転嫁することを、財政学では「租税輸出」と言います。この「租税輸出」は「租税競争」、「重複課税」と並んで、租税外部効果(tax externality)として財政学では把握されています。

1 租税輸出の効果

 租税輸出は自治体に次のような負の効果を導くと財政学では考えられています。
ア 過重税率
イ 過大支出
ウ 過大依存
 地方政府が増税を行えば、増税分は基本的に居住者に帰着します。増税を行った政府に対する支持は低下するので、地方政府は税率を上げることに慎重になります。租税輸出の場合、税が帰着する非居住者には投票権がありませんので、増税への抵抗感は低下します。これが過重税率につながります。又、過重税率によって増えた税収を政府は住民向けの給付という形で支出しがちですので、過大支出につながります。さらに、増税への抵抗感が低い税目に財政が過大に依存しがちになります。
 先の京都市長選で当選した候補がさっそく宿泊税の増税について言及していることは、少なくともアとウは十分に起こりえることを示唆しています。
[R06.03.07追記]
大阪でも引き上げに向けた動きが始まりました。

2 宿泊税は本当に自治体住民に負担を生じさせていないのか

 ここからは、外部効果を外れた考察になります。経済(財政)学的には、次の負担が発生することが想定されます。
ア 死荷重の発生
 これは物品・サービス課税全般に発生することです。詳しい説明はリンク先に譲りますが、商品に従価税を課税すると、必ず、総余剰は低下します。
イ 旅行需要の減少
 高級ブランド品やギッフェン財のような特殊な財を除き、価格が上昇すれば需要は減少し、財の供給者に損失を与えます。
ウ 税の帰着問題
 法律上の納税者と経済上の納税者は、必ずしも、同一になりません。このことを税の帰着問題と言います。
エ 所得効果の発生
 課税対象品目に対する需要が強い場合、消費者が他の品目の消費者を減らして、消費額を予算内に納める行動をいいます。
※ 経済学における典型的な”所得効果”の定義からは少々外れます。
オ 納税協力費と徴税費の発生
 納税義務者(宿泊税の場合は特別徴収義務者)が納税するために支払う各種コスト(人件費、税理士顧問料・・・)を納税協力費と呼びます。課税する側が要する費用(人件費、システム費・・・)を徴税費(狭義)と言います。

3 実証研究から見た住民負担

 新しい税金のため、実証研究はまだ乏しいのですが、イ、ウ、エについて発生している可能性が示唆されています。オは確実に発生しているので、その実情を見てみます。
(1)旅行需要の減少
 宿泊税導入後の京都市の状況について調査した[論文01(最下段参照)]では、宿泊料に対する宿泊税の割合が高い簡易宿泊所(ゲストハウス)で宿泊料の値下げや稼働状況の悪化が報告されています。これが宿泊税導入の影響なのか競争の結果なのかの判断は慎重に行う必要がありますが、京都簡易宿所連盟の宿泊税に関するアンケート調査では下図の通りです。

 又、同宿泊者アンケートでは次回以降は近郊都市に宿泊する、宿泊数を減らすという回答が多くなっています。

 しかしながら、ゲストハウスを利用する層は消費額的には低い方なので、全体の需要額に占める割合を考えると、経済的に大きなダメージにはなる可能性は低いと言えます。将来の上客の印象を悪くしている可能性はありますが・・・
(2)税の帰着問題
 京都簡易宿所連盟のアンケート結果を見ると、宿泊税分の料金を値下げしたゲストハウスが53%に達しており、納税義務者(旅行者)ではなく、事業者に税の一部が帰着していることがわかります。[宿泊税に関する調査第二回報告書P3(京都簡易宿所連盟)]
(3)所得効果の発生
 宿泊税を導入した全国の自治体の状況について調査した[論文02]では、宿泊者数の伸びと観光関連消費との間に相関関係が弱いことが報告されています。この原因として、宿泊税分を食事や土産物の購入に充てていた費用の削減という形で生み出している可能性が指摘されています。
 このことは京都簡易宿所連盟のアンケート結果からも示唆されています。(約30%が滞在中の出費を節約すると回答)
[R06.03.07追記]
 これも宿泊税が地域の飲食業者等に帰着していることを示唆しています。
(4)納税協力費と徴税費の発生
 各自治体は徴集税額の概ね3%を補助金として特別徴収義務者(宿泊施設)に支払っています。しかし、この金額ではクレジット決済の手数料でほぼ消えてしまうのではないでしょうか。自分で帳簿をつけたことがある人ならお判りでしょうが、現金管理は結構な事務量になります。又、徴収に関する書類の作成事務もあります。さらに、支払拒否者への対応や未徴収になった場合の納付義務など、中堅以上の事業者はともかく小規模事業者にとって、3%は割に合わない金額ではないでしょうか。
 京都市における具体的な状況は[宿泊税に関する調査第二回報告書P10(京都簡易宿所連盟)]及び[宿泊税条例施行後の状況に関する調査結果報告書P91,92]を参照してください。

 需要の価格弾力性が高いであろう宿泊料が低廉な施設に影響が集中していそうな状況は、なかなかに興味深いです。

 以上、宿泊税に関して一通り述べましたが、他の2つ(租税競争と重複課税)の租税外部効果についても簡単に触れてみます。

4 課税競争

 この典型は工場誘致を目的とした各種租税の税率引下競争です。財政学では基本的に、過少課税、過少支出を招く好ましからざる現象とみなされています。しかし、これは”ハーヴェイロードの前提”に基づく”慈悲深い政府観”が財政学の前提にあることから生じる価値判断です。一方、"リバイアサン政府観"に立つ公共選択論では、一般に好ましいこと(善政競争)とみなされます。

5 重複課税

 正確には、”重複課税に伴う垂直的租税外部効果”と言います。これは、中央政府と地方政府が同じ課税ベース(個人所得等)に対して、一方の税率変更に伴い生じた効果を無視して課税を行った場合、過大税率、過大支出といった状況を招きやすいことを表したものです。いわゆる”共有地の悲劇”の一種と考えられます。

一覧表にまとめると以下の通りになります。

[論文01]宿泊税と自治体運営の考察-京都市を事例として- 市野,2022
[論文02]宿泊税の導入に伴う経済的な影響とその背景 田村,2023