漏洩の話

私は昔からお腹に不安を抱えている。

おや……これはもしかして、あまりきれいな話ではないな?と警戒された方。まさにその通りなので、この先を読む場合は注意してほしい。



さて。私は突然かつ性急に到来する便意のことを「じゃじゃ馬」と呼んでいる。由来は蒼天航路というマンガに出てくる周瑜の持病描写にまつわるものなのだが、まあそれはいい。

その日、私は恋人の家から地下鉄で職場へ向かっていた。週末は恋人の家で過ごし、月曜朝に週末の荷物を抱えて仕事へ行って、そのあと夜自宅へ戻る。そして金曜か土曜にまた恋人の家へ。ここ数年間はそんなパターンで過ごしてきた。

職場の最寄り駅まであと一駅というところで、突然じゃじゃ馬がやってきた。「じゃじゃ馬」には「突然」の意味が含まれているので、これだと「頭痛が痛い」と同じニュアンスになってしまうが、とにかく突然だ。

瞬時にトイレの位置をイメージする。空いている可能性が高く、かつ清潔な温水洗浄便座がある行きつけのトイレまでの所要時間と、お腹の具合を秤にかけた。果たして行けるだろうか。とはいえ私にはかなり楽観的なところがあるので、もう30代半ばの大人だし、なんとかそこまで頑張れるはずだという決意を固めた。


間に合わなかった。


私は、行きつけのトイレまであと150メートルくらいの地点から、絶望的な感触を抱えて速歩きをしていた。思いのほか今回の爆弾は強力だった。ここ10年ほどの漏洩案件中、最大規模の被害をもたらした。



私の漏洩案件との付き合いは、記憶のあるところでは小学校低学年から。学区外すれすれの遠い小学校へ通っていたため、子供の足では徒歩20分以上かかった。だから何もない住宅地の真ん中で絶望したことは何度もあったし、命からがら学校にたどり着いたもののゲームオーバーになっており、どうしようもなかったことも数回あった。たしかそうした日は保健室でパンツとズボンを借りて、具合が悪いことになってそのまま帰った気がする。いろんな人に迷惑をかけた。

自分でどうにかしなくてはいけない大人になってからも数年に一度のペースで案件が発生しており、どうしても間に合わず草むらに駆け込んだこともある。長らく外回りの仕事をしていたため、自然とトイレポイントを把握する技術がついた。現在地から一番近いトイレはどこか、私の担当エリアならどこからでも瞬時にはじき出せる能力を有していた。現在それらの能力は主に通勤経路にて発揮されている。しかしそれでも、間に合わないことはある。今回のように。



不幸中の幸いというべきか、私は恋人宅からの帰り道だったので、一式の着替えを所持していた。行きつけのトイレでまずは状況を確認して最低限の処理をし、一旦コンビニへ行って物資を調達してから、また別の行きつけのトイレで全てを完璧に整えて、素知らぬ顔でそのまま定時直前には出社することができた。我ながらすごい。

ちなみにコンビニではセルフレジを活用したが、誰とも接せずに、しかもビニール数枚を自然に余分に頂戴することができて、こんな時にもセルフレジは役立つんだと思った。漏らした時こそセルフレジだ。

厳重に包んだ汚れた洋服たちを早く洗濯したかったものの、この日は何事もなく定時まで普通に働いた上に、予約してあった美容室もキャンセルせず普通に行った。万事を予定通り済ませて夜遅く帰宅し、風呂に洗濯と、何もかもをきちんと片付けることができた。私は何てエラいんだと思った。あまりの達成感と、朝の壊滅的状態からの見事すぎるリカバリーに、思わずエビスビールを飲んでいた。

この日は偉大な日となった。しかしもう二度とこんなことはしたくないのが正直なところだ。

最近は毎日腹筋をするようになって、朝のお腹の具合がかなり安定していた矢先だった。油断は禁物としか言いようがない。ただ、腹が弱い私に足りなかったのは最低限の腹回りの筋肉だったという手応えが明確にあるため、加齢による漏洩リスク増加には、今後も筋肉で対抗していこうと思っている。死ぬまで開催、漏洩事故ゼロ運動。


そういえば前回の案件はこの時だった。

この時に現地調達したパンツは今もまだ現役だけど、履くたびに薄っすらとこの日のことを思い出す。仕事を中断してみんなでお気持ちを聴いていた。前の前の前の職場のことだ。

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zenpoly

何かしら書いています。
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