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ミニマル

十月も終わりというのに長袖のボタンダウンシャ
ツ一枚で腕まくり 上着も要らない 昨日は水場
でフナの滝登りを見た 流れ込みの水受けに
なった藻で深緑に覆われたコンクリに流れ着い
た折れ枝が重なっていて その隙間で銀色に
何かが光っている 見ると水の流れに逆らって
フナが流れ込みの段差を飛び上がろうとして
きらきらしていた 鯉の滝登りという言葉は知って
いたがフナも滝登りするのだと思った 樹の枝
に動かない銀色の小さい刃渡りの槍の先 力
尽きて死んだと思われる小魚が引っかかって
いるのが見えた ひょっとしたら鯉の稚魚かも
知れなかった 稚魚の場合 鯉もフナも一見
して区別がつかない

夕食後一呼吸おいてトランポリンと称された硬質
ウレタンの四角い台を上り下り足踏みする踏台
昇降を十分 小声で自らに掛け声をかけながら
済ませるとわずかな運動にかかわらず息がせ
まって汗がほんのりと出かかっている気配が
ある 途中で娘が大学から帰ってきた いつも
よりわずかに早い 遅れて始まった最終コマ
が早く切りあがったとのことだった 入れ替わる
ように寝所へ倒れ 窓を開けて扇風機を回した
これからしばらくは読書の時間だ

百均で木箱とまな板を買ってあった その箱に
スポンジを詰めて パッシブのポータブルスピー
カーを入れた 桐のまな板を三分の一のこぎり
で切断し 下方に隙間をつくってボンドで止めた
小さなスピーカーがあると何だか木箱で鳴らし
たくなる 厳密にどのように音が変わっている
のか聞き分けるほど耳もよくなく 単なる自己
満足なのだと思う その箱からレッドガーランド
トリオを流しながら吉村昭の短編を読んでいる
と 聞き覚えのあるメロディー いやんばかん
うふふん そこはおしりなの あはん というあれ
だ ガーランドが元ネタなのかなどと思いつつ
頭にその歌詞ばかりが と言っておしりなの
おちちなの というところまでしかわからないの
をそれこそミニマルに延々と繰り返して口ずさん
でしまっている

ようやくそれが収まってきたと思ったら仔猫の
鳴き声のような物がかすかに耳に触ってくる
よく娘がふざけてやるのでおお おお と反応
を返したその間も絶えず断続的に続いている
娘の兄 つまり息子がどうしたの と声をかけて
きて そこに一瞬間が開いてテレビのピカチュー
だとわかった いや 猫の鳴き声みたいのが
聞こえると思って と答えた時にはすでに正体が
分かっていたという訳で それでも答えなければ
ならないことがある ままあると思った

窓から満月の一日過ぎた下部のわずかに翳っ
た月が見えた 窓から見下ろすとシャトーと冠す
る木造の古いアパートにオレンジの明かりが点
いている 短い間に入居と退去が繰り返されて
いる角部屋 空室の時にはカーテンもない部屋
の中に光が差して明るいのが分かった 今は
生活の不規則な 髪の長い若い男が住んでい
る そのベランダとこちらの窓はそれほど違わな
い高さだから向こうからも半裸で踏台を踏むこち
らが見ようと思えば見えるはずだ 晴れた平日
の午前 脇がざっくりと開いた袖の無いシャツ
を着た男が道を挟んで洗濯物をつぎつぎと干し
ていた その前の女は肩が紐になったワンピース
をニ三日干しっぱなしで その間に雨が降って
止んだ 

入れ替わりが激しいのは暮らしぶりの上げ下げ
かと思っていたが 思えば近くに大学があるか
らそこの学生が入っては出ていくのかと思いい
たった 何もない窓の中で午前 畳に日が差し
込むのが見えて あのがらんとした部屋がとて
も心地よさそうに感じた ふと思って家賃を調べ
てみると月極四万二千円だった サイトにベラ
ンダからの景色が載っていて その景色には
私の部屋の窓があった


と書いてのち12月のとある土曜 20度ってありえなくなーい?
自転車の細々やってたら汗かいた どうなってるのね?

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