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続 四十九日

伯母の家からほど近い寺で法事が営まれ墓に
塔婆を立てるあいだ 墓石に刻まれた名字が
伯母のものとあと二つ程度しかないのをみんな
同じ苗字だ と思いながら見ていた 線香の煙
や焼香の煙で少し酔ったようになった 焼香の
とき つい火種に落として煙をことさら立ててしまう
ぽつりと近頃の書き割りのような家が何軒か建って
いてそのほかはまばらな林になっていた ほんとう
に穏やかに晴れた日だった

マイクロバスで宴席に行った 伯父の子である
同い年のいとこの横に席が決まっていた 水頭
の叔父は欠席だったので席が空いていた 前日
に行けないといわれたと怒っていた ならばその
子が来るのが筋だと いとことは伯父の葬儀に
あった以来 何年になるかと聞くと9年と言った
その時と見た目にはあまり変わりがなかった こ
このところ 私はよく子のいとこたちの家 つまり
母の実家の夢をよく見るけれど そのことを言おう
かどうかと迷って その後の話が続かないと結局
いうことはやめた はす向かいに亡くなった伯母の
長女が伯母とほぼ同じ顔をしていたがその顔は
当然母に似ていてともすれば私を含めて同じよ
うな系統の丸顔が並んでいた そのひとは私が
酒を飲まないとわかるとなぜか宴席の間私に
話しかけてくることがなかった

途切れがちに同い年のいとこと話しながらうちの
血筋の男たちは80を過ぎると死ぬといった話に
なった 私の父は長生きするかと思えば81で死に
伯父も81歳でなくなっていた いとこは国の仕事
だが今は時間もかけて隣の県に通い 60を過ぎる
といったんやめるか それとも62歳に伸びた定年
までいるか いずれの場合も給料は減額になる
と話していた 私がもう仕事をしていないことを知
るとしきりにどうやって生計を立てているのか不思議
がっていた 失業保険で食いつないでいると勘違い
していたが もう八年も無職であることは面倒で
言わなかった 

ノンアルコールビールにもほんのミリグラム微量
のアルコールが含まれているのではないか 少し
頭が温かくなって酔ったような感覚がしている
酔うということは私にはすなわち頭痛なので減量
していて食べるものもないしそろそろお開きにして
もらえないかと思っていたところに施主が大いに
酔っぱらって娘の大学名を言いながら寄ってきた
施主は国立と言っても高専で大学へは行ってい
ない 上野の美術に何度も落ちて 自然食を四十
過ぎで始めるまで田舎でぶらぶらしていたのを
母はいつも腹立たし気に言っていた 親類では
困った人という色眼鏡がかかっていたが私はそ
のありようを好ましいように思っていた しかしたま
に会うからで年中顔を突き合わすのはごめんだと
思った 悪くなる一歩手前ぐらいの酒かと
見えた

納屋の二階に妻と一緒にしばらくいた ローテー
ブルのうえに大きな角皿が置かれていた 絵は
描いてるんですか と聞くと絵よりも陶芸のほうね
と言っていた その角皿が作品的に見てどのよう
な物なのか全く分からなかった 薄緑色で灰皿
なのか菓子を盛るものか用途的にもわからなか
った 描いた絵というのが向うの間続きの板壁
に表装され飾られていた ぼやかさない墨絵
のような黒の入り組んだ鍵かっこの 円形に描か
れた樹木と思しき図柄だった 梁に使われた古材
はあえて磨かれていないジャガイモのような土
の色をしていた なんとなく触って手をなすった
が特に埃が付くことはなかった 彼の妻は酒で
体を壊して亡くなっていたがおりしもこの日が命日
なんだとのことだった

よく晴れているせいで利根川の河原は明るかっ
たけれど この橋から見える河川敷の渦を巻いた
ような薄い枯草と浅くて砂洲の浮き出した川の
流れは今まで見た中でもやはり有数の寂寥たる
風景だと改めて思った 流れに一羽 白鷺が
か細く立っていた 妻は運転しながら暑いと丈の
短い マタドールのような飾りのついた喪服の
上着を窮屈そうに脱いで 下は半袖 と母に言う
ともなくいったけれど母は相変わらずあんなとこ
ろに竹林 と全くかみ合わない答えとも言えない
言葉を返した 

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