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意味

水場に初夏の匂いがしている 11月なのに
マスクをずらした ハイリスクグループだとわか
ったのでマスクをしている 埃っぽい町中を通る
マスクをしていてもそれほど苦にならない む
しろマスクが防寒の役目を果たすシーズンに
近づいている 使いかけの釣り餌からレモンが
腐ったような 酸っぱい感じの汗みたいな匂い
がしている 風が強いから人が出ていないかと
思えば 公園の木々が風を和らげるのか そ
れともそもそも風が落ち着いたか いつもここで
見るメンバーはあらかたいる ちょっと違う場で
やろうと道路手前の場に構えたら いつもラン
ニング一丁で釣りをしている年齢のよくわから
ない筋肉質の男が 私の釣り座を見てちょっと
顔をしかめた気がした 彼がいないからそこに
構えた しばらく竿を水面にさすように傾けた
がテナガエビばかりでタナゴはおろかクチボソ
すらかからない その男に声をかけ もしよかっ
たらどくのでどうぞ いつもここでやられている
方ですよね と声をかけると男は怪訝そうな
顔をして いやここは 早いもん勝ちだから そ
んなんじゃねえから と答えたがどこの訛りか
わからない微かなイントネーションの違いが
言葉から感じられた いつもむこうだから 向こう
いこうかな とそこを片付けていると どう タナゴ
かかる と聞かれたので テナガエビばっかり
何匹か と答えると 元気かい と返され それ
はエビの話なのか釣り場全体の活性の事か
あり得ないと思よれるが私個人の気分の事か
一瞬考えて何か答えたがどう答えたか忘れた

いつもの道路奥のポイントにはいつもの二人が
釣り糸を垂れていた ややおいて私の定位置に
している石段が空いていたので ここいいですか
どうぞ とやり取りして竿を延べた 本当は網を
入れて早く退き上げたいところだけれどここは
みんながタナゴを大切にしているところでよう
やく何匹か半日ぐらいかけて釣って 最後には
ざっと水に返す そこで魚籠をドボンとやるには
かなり気がひけるというかできない 釣り自体が
楽しいという訳でもないので仕方なく糸を垂らす
こういう気持ちでやることは上達しないのを知
っている 特にうまくなる必要を感じないと思った
ゴルフなど いつまでたっても初めてコースに
出たような大たたきを繰り返した 没頭できる
性格というか能力が欠落していると思った 寝食
を忘れて というような熱狂からますます遠ざかる

何にも興味がわかなくなっちゃってね などと
片方の釣り人が話しかけている 別に釣りもさ
好きでやってるわけじゃねえんだ 暇だからさ
今日は良く引く 流れが強く 渦を巻いた水面の
手前に少し凪いでいる部分がある こういうところ
が釣れる 少しゆっくりと浮子が沈むとテナガエビ
横に引っ張られるとクチボソ どちらもサイズは
晩秋の夏より一回り大きめの個体 微かにつつ
いているようなのが恐らくタナゴの反応だけれど
そこをうまくとらえられたためしなどない 釣れる
時はいつもまぐれだ 少し深めのところを探って
いるとフナの大きいのがかかってしまい竹竿の
継ぎ目が折れた 針は小物用で一本当たり百
円と少しするのを二本とられた スペアの短竿
に持ち替えて続けているも一向に本命は釣れ
ない

お 赤いの いいのきたね などととなりでにわか
に持ち上がっている タナゴが釣れたのだろう
この水場ではいい型のクチボソはよく出る タナ
ゴは非常に私に稀 気温は高くても日が傾いて
くるのはさすがに早まってきている 散歩の人
が通りかかって釣りの様子を眺めている 散歩の
人は折り畳みの釣り椅子に座っている臙脂の
上着を着た老人にしきりに質問を重ね 老人
はひとつひとつ とつとつとしかし丁寧に答えを
返している 聞くともなしにやりとりを耳にいれ
つつ 早く帰ってくれないか 網を仕掛けられな
いなどと難しい顔をしていると タナゴ釣れまし
たか と老人から不意に言われた いえ 全然
と答えて 多分散歩の人からいろいろと聞かれ
て答えるのが面倒になって こちらに話を振っ
てきたのだと思われた しかしこちらもいい加減
退屈になってきたところで 老人の仕掛けにも
興味があったので 一つ話でも聞いてみようか
という気になった もう一人の老人は日が暮れ
る前に帰る と言って帰って行った 亀有から
来ているとのことだった

沈むしばらく前の眩しい光に手を目にかざしなが
ら話に加わっていたのが薄暮れて早めの街灯
がともり始めた 西なのだろうつながっているひ
ろい溜池に夕焼けが反射して 老人は病気を
してから釣りを始めて 道具は基本的に手づく
りしているということと 散歩の人は仕事を辞め
て何もやることが無くて 何か趣味でも と考え
て釣り場をうろついていたことが分かった 私は
時折相槌をしながら専ら話を聞いているだけだ
ったが その中でこの一帯の釣り場のほんのり
とした人間関係やどこのあたりが釣れていると
いった情報 釣り針の自作名人の話から 浮子
の大きさ 師匠と呼ばれていた人がハゼ釣りに
出かけて病死したと言ったあったこともない人の
生死までひとしきり聞いた 聞かされたとは思わ
なかった 利害の無いどうでもいい人の話を
ただ聞いているのは決して苦手ではなかった

場所を取ってしまったと思ってどいたところの
ランニングの釣り人は街灯の下でまだ釣りをし
ていた さすがに冷えて来て黒いブルゾンを
首までジッパーを上げて着ていた 釣れましたか
と声をかけると タナゴ五匹 と返ってきて こっ
ちは全然  クチボソばっかり というともうクチ
ボソは数えきれない これからライト点けて残業
だよ とまだ続けるとのことだった 帰宅後 竿を
直すとなんとなく新しく竿が作りたくなって 3尺
の矢竹並継 一尺四寸の一本物を一本 気づくと
血まなこで仕上げていた 本当にどうということの
ない物をこしらえたり書いたりという事の意味
は そもそも意味を持つのだろうか 意味自体について
などよく考えたことも無かった


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