見出し画像

入ってきた 蚊のように



悪霊が入ってきた 蚊のように






湖を渡ってきたそよ風の涼しい
遊歩道からほんの少し奥に入り
誰もが自分だけの小径だと
思っている人一人が通れるくらいの
踏み固められた土道の脇には
四季とりどりの花が咲き乱れる
例えば 夏なら日に翳るうらなりのひまわり
秋口ならばオレンジや赤 白いリコリス
草花は背丈を徐々に坂道のように
伸ばし小径は森へと続いている

木漏れ日のさわやかな涼気に吹かれ
やや足がくたびれてきた と誰もが
感じるだろう森の半ばに 古い檜で
外貼りされた小さな小屋が見えてくる

ご自由に と立てられた立札につられ
真鍮のノブを回すと 四脚の木の椅子
そのうち一つは背もたれの高い
ロッキングチェア 丸いテーブルを
囲んで 卓上にお菓子やコーヒー
とりどりのキャンディーが並ぶ
簡単なキッチンと水道 壁に設え
られたベンチというより寝椅子
私も習いにしたがってポケットから
いくつかのビスコの箱とカロリー
メイト ここにあるお菓子は小屋を
二度目に訪れた人の厚意により
並んでいる 誰もが森の深さを
知っているので誰からともなく後の
ひとへの差し入れを置いてゆくようになった
小さく取られた窓からはさんさんと
陽光が降り注ぐ この小屋での
一休みを誰もが自分だけの恩寵と
感じている




はずだった





その日 いつものうららかな午後
テーブルの上 チョコレートやキャンディ
に混ざって 小さなタッパーがあった
そのタッパーは陽光に逆光となり
中身が茶黒く見えただけだったが
蛋白質の関わるような激しい悪臭
を発していた 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?