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昭和10年代の台湾-1枚の紙幣から

・・元々屏東を目指してやって来た者は皆無で、高雄辺りから拠ん所無い事情により流れてきた者が多く、内地の悪徳新聞に過去の不祥事を散々書かれた女もおり、且つ性悪女も多ければ花柳病も多いので相当に気をつけねばならぬ。最近の内地では女がだぶついている為一夜の値段が下がっているが、台湾の田舎では日本のほぼ半値である。

(『昭和丙子(1936)台湾屏東之旅』より)

ものの値段の話が書かれている一節です。
この手の話をしていると、戦前の植民地ではどのようなお金が使われていたのかという質問がありましたが、今日はこのあたりの話ができればと思います。

当時の外地通貨

当時の日本では、内地(つまり現在の47都道府県+樺太)と外地では紙幣の種類を分けていました。
仮に外地の紙幣を内地と同じものにしてしまうと、仮に外国からの攻撃を受けるなどして銀行が占領・接収されると内地経済にまで影響してしまうからで、自国経済が外国やグローバルの荒波から守ることは重要な経済政策でした。
この他、インフレが起こった日には悲惨で、冒頭の紙幣(1945年に中華民国で発行された「法幣(後掲)」)のように、誰がみても「これはまずい」と思わせる紙幣が発行されるとイコール国家の破綻を意味します。とかく貨幣政策は薄氷を踏むようなものでした。

なお、当時の外地、すなわち戦前の朝鮮半島では朝鮮銀行が、台湾では台湾銀行が紙幣を発行しており、台湾神社とガランビ灯台があしらわれた台湾銀行券は内地の大蔵省印刷局で印刷されました。

兌換券表示

昭和10年代前半の台湾では一応金本位制度が適用されており(内地と同様、金との交換はできなくなっています)、紙幣には「此の券引換に金○円相渡すベく申し候なり」と書かれていました。
これは兌換券表示というもので、金本位制度が適用された紙幣にはお約束のように書かれているものです。

(兌換券表示)

ただ、この表示を行うと、通貨は金の保有量分しか発行できないという制約が発生することと、そして本当に金と交換できるのかというそもそもの問題も発生することから、管理通貨制度の導入とともにこの表示は消滅していきます。

勇ましい5銭硬貨

なお、硬貨については台湾限定のものはなく、内地とまったく同じものが使われていました。1935年に行われた台湾博覧会でも記念硬貨が発行された形跡はありません。

内地では1933年に10銭と5銭硬貨が一新されましたが、もしかすると当時の台湾では勇ましいデザインの5銭硬貨を見かけた人がいたかもしれません。

(1933年発行の5銭硬貨。持っているだけで勇ましい気分になる。)

この5銭硬貨の材料にはニッケルが使われていました。さびない金属であるという理由はもちろん、軍事産業に転用しなければならなくなったとき市中から楽に回収できるようにするためという説があります。

スーパー紙幣「法幣」の登場

ところで中国大陸では中華民国の成立後、多くの軍閥なり政権なりがてんでばらばらに独自通貨を発行していました(中国の歴史家・顧頡剛は「西に行くほど貨幣銀貨は大きくなる」と言っています)。地域通貨が乱発されることによる不便さや不都合については想像にかたくないのですが、貨幣の信頼性が下がりインフレになると紙幣が紙くずになってしまうわけで、中華民国国民政府は貨幣の信頼性を上げるべく、1935年に銀を国有化し外国通貨とリンクする「法幣」とよばれる統一紙幣を発行しています。発行当時は一定の機能を果たしましたが、その後の日中戦争の戦費調達はじめ戦後のスーパーインフレを経て法幣システムは崩壊、結局中華人民共和国では人民元が、台湾に逃れた中華民国では新台幣が登場しますが、中華人民共和国では1970年代後半の改革開放政策時に自国で外国通貨を流通させないよう、ワイフイ(外匯)とよばれる外国人通貨を独立して発行・流通させています。

台湾の郵便切手

当時の台湾では硬貨と同様、日本内地の切手や葉書がそのまま使われ、内地と植民地で料金が異なることはありませんでした。記念切手も特段のタイムラグなく(むしろ南洋では少し早い時期に)発行されていました。
当時のトピックスというと、1935年12月に年賀切手が発行されたことでしょうか。

郵趣には「加刷切手」というジャンルがあり、それはすでに発行されている郵便切手に文字を上書き印刷するというもので、日本ではアジア太平洋戦争時に占領した東南アジアや香港などの切手に「大日本」などと加刷し自国の現地切手として通用させていた時期があります。

(加刷切手の例)

日本統治時代の台湾ではこういった切手は発行されませんでしたが、私は過去に台北の郵政博物館を見学したとき、日本の藤原鎌足の切手に「中華民国 台湾省」と加刷された切手を見たことがあります。これは戦後すぐの台湾で使われたものですが、ごく一時期しか使われていないため、未使用よりも使用済切手のほうが価値が高くなる傾向があります。
このような例は韓国でもあり、終戦直後の朝鮮半島では戦前発行された日本の靖国神社の切手にハングルを加刷したものがあります。
最近の靖国神社参拝問題のことを考えるといささかシュールに見えてしまいますね。

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