19619_もしかして玄米の食べ過ぎか?

1.一時、食べていたサンドイッチから

①:以前までは、仕事しているときの昼というのは軽くサンドイッチを食べていたのですが、ここ最近は、玄米のオニギリです。よくよく考えたら、日々の食べ物の玄米比率が異常に高くなっているような氣がします。アマザケも玄米のアマザケ飲んでますし。すると、過去に前例のない下痢を体験することになり。てっきり、前日に食べたスパイスカレーが原因だろうと思っていたのですが、ひょっ

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成瀬巳喜男「妻よ薔薇のように」

昭和10年(1935年)の日本映画。

丸の内OLの娘が、近くに勤務する婚約者と落ち合う。自宅には短歌という趣味に没頭している母がおり、仕事から帰宅した娘が晩御飯を作っている。

丸の内をはじめとする戦前の日本の風景はとても美しい。和の室内の意匠やしつらえ、インテリアやファッションもとてもセンスがいい。

そして娘が腕によりをかけてつくるご馳走は、カツレツらしきもの。カツレツにキャベツの千切りのサ

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「広島の風」 #6

● 第二章

<草莽>
 昭和十九年以降、東京は大規模、中規模の空襲に見舞われていた。軍の施設はもちろんのこと、民間人の居住地までもが無差別に狙われ、いたるところに黒く焼けただれた建物が野曝しになっている。
 罹災を辛うじて免れていた丸の内の大東亜会館で、読売新聞社主の正力松太郎と、その知己である衆議院議員の松原昇太郎が並んで座り、在郷軍人による時局講演を聴講している。
 松原はオールバックの髪

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「広島の風」 #4

<風>
 清らかな地中海から若草を撫でるようにそよぐ温暖な風と伸びやかな青空が絵葉書のように映えるシチリア島カターニア郊外の片田舎に私はいた。イタリア系アメリカ人である私のルーツはこの街にあり、父と祖父はここの生まれだ。
 シチリアの歴史は、その語源となったシクリ人がイタリア本土から移住してきたことにはじまり、その後はフェニキア人やギリシア人、アラブ人などの支配を受け、十一世紀にノルマン人によるシ

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「広島の風」 #3

<友よ>
 駅のホームに停車する、煤まみれの汽車のまわりに集まる人々に目を凝らすと、地方へ疎開する我が子を見送りに来たもんぺ姿の母親の群れがあった。このような光景はここ上野駅だけでなく日本中の主要都市の駅でこの時期、毎日のように見られた。
「おい、アメリカがレイテ島に上陸を開始したぞ」
「ああ、いよいよかあ」 
 子を見送りに来たのとは関係のない、着物にハット姿の五十代くらいの男たちが新聞を広げて

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羨ましい!? ムラとマチの夜這い文化

かつての日本に「夜這い」文化が息づいていたことは、ご存じの方も多いだろう。では、実際のところ、「夜這い」はどこまで許されていたのか? 研究者の赤松啓介氏は、フィールドワークと、実体験を通して、戦前まで(地域によっては戦後も)確かに息づいていた、夜這い文化の実態を明らかにした。

「ムラ」と「マチ」では文化が異なり、夜這いのあり方も大きく変わっていたという。まず、「ムラ」の夜這い文化から見ていこう。

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別れの磯千鳥

石川角白

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Farewell My Beach Plover

Writer: Frances Zanami( = Kaichi Zaha)
Lyric: Takako Fukuyama

I'm too old not to know that meeting is the beginning of parting.
At the bottom of my heart is there a remnant

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