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「目玉焼きを、お願いできますか。」

大盛りにしておつゆを一滴も残さず平らげ「うーん」とうなる方、おそばの上にエビフライをのせて天ぷらそばまがいにする方、(略)…半分にしてくれという少食の方、ねぎをたくさんとご所望なさる方、お醤油は定量より多めの方、やわらかいのを好む方、(略)…どのお客様も根っからのラーメン好きで、こちらもうれしくなってしまいます。
『洋食や』 (著:茂出木心護)

褐色まぶしい笑顔が印象的な「たいめいけん」の三代目、茂出木浩司さんは良くメディアに出られているので有名ですね。上に引用したのは彼のおじいさまにあたる、つまり初代たいめいけんの店主であった茂出木心護(もでぎしんご)さんの文章です。

日本で、どのように洋食(いわゆる「オムライス」や「ハンバーグ」などの和製洋食というやつです)が普及していったかに興味がある僕は、茂出木心護さんであったり、秋山徳蔵さん(佐藤健さん主演の「天皇の料理番」のモデルになった方)であったり、村上信夫さんだったりの著作を読むのがとても好きなんですよね。

いろんな方のご経験を拝読している中、良く感じさせられるのが「その昔、コックという職業はあまり”うだつのあがらない”ものだったんだな」ということ。店に入るなり「おいおやじ、今日は何を食わせてくれるんだ」という客に「ハイ、すいません…」と答えているような感じ。背景にはいろんな事情があったと思います。鍋と包丁だけで商売する人というのは、それなりに”そういう職業に就いた事情”があって、今とは違う世の中ですからその”事情”が、思うより深いところにあった事が原因なのでしょう。(僕は、そういう界隈の方々が少しずつ”良い立場”を手にしていくドラマティックな様子を面白がっているのかもしれません)

上に引用した茂出木心護さんの文章、なぜ洋食屋なのにラーメンの話をしているんだろうと思われた方もいらっしゃるでしょうから簡単に説明いたしますと、茂出木心護さん自身が大のラーメン好きで「3日食べずにいるとおかしくなってしまう」とおっしゃる方。奥様に止められつつも店の一角にラーメンスタンドを作り、自分の納得するラーメンを出したところ、とても好評だったと。お客様からのいろんな要望に合わせてお出しすることに喜びを感じる方だったことが分かりますよね。
そういえば伊丹十三さんの映画「たんぽぽ」でも、売れないラーメン屋を立て直そうと奮闘する宮本信子さん演じる女店主が別のラーメン屋に修行に行った際、次々と「じぶん好みのラーメン」を注文する大勢の客が映し出されていました。そういう事は、もしかしたら良くあることだったのかもしれません。

茂出木心護さんはラーメンに限らず「お客様が一番求められているものをお作りして、お出ししたい」という気持ちが強かったように思えます。が、それに加えて、その当時というのは「客の立場が強かった」のもあるのかもしれない、と思いました。いろんな出来事を経て、少しずつ料理人の立場は上がり、客と対等に近いところまで来た。料理人の血が混ざってる自分からすると、とても喜ばしいことです。

そういえば。私の93になる祖母(まさしく客商売の血なのですが)と以前一緒に北海道に帰る時、空港のレストランに入った事がありまして。普段から横柄な言葉遣いなど全くしない祖母だったのにもかかわらず、近くに居た女性の店員さんに向かって「ちょっと!アンタ!」と強めの言葉で呼び止めたのにびっくりしてしまったことがあります。小さい頃の記憶には、座敷で三指を突いているおしとやかな祖母があるので、「客の時は多少上から、店の場合は下から」という”演じ分け”みたいなものが昔のほうが色濃かったのかなぁ、などと。

ところで。

これは…やれるお店は極端に限られるのですが…笑 お店の人と何度かのやりとりがあり、適度に対等で良好な関係値になることができたとき。少食でたくさん選べない僕が、メニュー片手にウンウン唸ってるのを見て「どういうものが食べたいです?」と料理人の方から言ってくださる事があります。こう言われたら、僕は「ああ、ありがたい」と思って「では…、目玉焼きをお願いできますか」と言ってみます。

「目玉焼きですか?」と聞き返されますので「はい…”おいしい感じ”でおねがいします」と言いますと、大抵の料理人の方は、僕の言った「”おいしい感じ”」というニュアンスを汲み取り、それ以上何も聞いたりせず「ははぁ…なるほど、わかりました!」と少し笑いながら、調理台に向かいます。

これを待っている時間が、好きです。僕は白ワインを6〜7杯飲んだあたりで、奥では僕のために、目玉焼きを作ってくれている。プロの料理人に「目玉焼きを」なんてちょっと失礼に思えるかもしれませんが、誰でも作れるものだからこそ「どんな”目玉焼き”になるんでしょうね」という、完成品の振れ幅の広いものを想像して待つ…という”余興じみたもの”を含んでいるのです。

最初の話とからめて言うと、これは「客が自分の好みを、逆に”言わない”」というもの。自分の好みを言わないかわりに、お店の方に「あなたの思う、いまの僕にぴったりな目玉焼きを是非…」とボールを投げてしまう…というおあそびが酔ごころに楽しいのです。

撮り忘れてしまった写真もあって悔しいのですが、ここにいくつか実際にお願いした時に頂いたものをご紹介してみようかなと思います。

ハムの千切りと
生ハムとバルサミコソース
モルタデッラ、ベーコン添え
わりとシンプルめですね!
黒トリュフかけオーブンで焼き上げたもの
オリーブオイルと岩塩 ローズマリー

間口から覗き込んで「楽しい料理人さんがいるお店かな…」とお店定めをするのが一つの趣味で、今でこそなかなか出来ないですが、1時間でも2時間でも街歩きをして探し出していました。
飲み友達からも「お前が”ここだ”って思った店はマジで当たるよな」と言ってくれるくらいのお墨付き。一言には語り尽くせませんが、そういうお店には「オーラ」みたいなものがあるのです。

と、自信たっぷりに言っている僕でも失敗したことがいくつかあります。休みの日にランチ時に入って「ボトルワインのメニューみても良いですか」と頼んだら… 女性の店員さんに「昼はAランチかBランチかからお選びください」と淡々と言われ、二言目が出なくなってしまいました。「ワインだけ先に飲んで、最後にパスタが食べたいんですが」「できないんです。Aランチ・Bランチどちらになさいますか?」

きっとなにかご事情があるんでしょう。先人の方が昼時に酩酊状態で暴れまわったか、ボトルが出るより回転率を上げる方がヨシとしたのか、ただ単にその店員さんが「そういう時の接客」を教えてもらってなかったのか分かりませんが、仕方有りません。そういう時は、ただ決められたランチを食べてトボトボと帰ります。こういう日もあります。しかし、そういう店は確実に頭の中に「あの店は昼飲みできない」とインプットされるので今後の糧になるわけです。

「客がおとなしい時代になったのかもなぁ」と、戦後間もない洋食屋の、活気と波乱が描かれた文章を思い起こしながら、そういう時代にちょっとだけ顔をだしてみたいなぁ、などと思うのでした。

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