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エドガー・アラン・ポーEdgar A Poe「黒猫」

🖋Pdf版もございます。

 「黒猫」は、怪奇小説の大御所エドガー・アラン・ポーの魅力を、一作に閉じ込めた唯一無二のホラー小説です!
 日本人の作家に影響を与えただけでなく、世界中の作家でポーを読まなかった人はいないくらいですから、ポーの作品には、ただ面白いとか、結末が気になるとか、作家の作品性に強く惹かれるといった読み物として優れているだけでなく、読み方や視点、時代の影響を受けても、全く読者に飽きられないであろう、ポー独自の色彩があります。
 「黒猫」は、動物好きの男が、美しい黒猫を飼い始めてから周囲に当たり散らすようになり、妻と動物に暴力を振るうようになって、ナイフで黒猫の目を抉り出したり、片眼になった黒猫の首を縄で括って木の枝に吊るしたり、火災にあって家が全焼したり、異常な日常が舞い込んできた揚げ句、斧で殺した妻の死体を自宅の壁の中に隠していたのを、取り調べに来た警察に発見されてしまい、身の破滅を迎えることになってしまう怪奇談です。
 「黒猫」をそのまま読めば、愚かな行為を数々に重ねた男の、自業自得が重なった転落の話しです。
 しかし、どうでしょう、男が黒猫で、黒猫が男だったなら、立場が逆転すれば、黒猫を飼いはじめた男が、急に気難しくなった猫に引っ搔き回されて、数々の蛮行を重ねられた揚げ句、決定的な悪さを働かれて、猫を他所に引き取りに出しても、飼い主は責められず、悪いのは黒猫になります。
男と黒猫は、立場の違いで加害側と被害側に分かれる以上でも以下でもない関係なのに、男は黒猫を飼い始めて、自ら犯した罪で自分の首を絞めた、極悪非道人になってしまったのです。
 男は、美しくて賢い黒猫が、飼い主を罠に嵌めて、自らの手を汚さずに人を破滅させる賢い殺人犯のように、男の人生を潰したと直感しています。しかし、男の考えも曖昧で、本当に黒猫が悪魔かなにか、人を貶める存在なのか言い切れず、ただ、自分の身に起こった事実をありのままに晒して、男が被害者であることが伝わることを望むばかりです。
 真相は不明のまま、何の手掛かりも証拠もありませんが、ポーは、文章で事件のあらましを実体のように蘇らせ、現実の壁を消し去り、解けない迷路だけを残してくれています。怖い、恐ろしい話を聞くだけでは物足りない、その経験を終わらせずにずっと残していたい、その願いが聞き届けられているかのように作品が生み出されたのは、偏にポーが凄腕の怪奇小説家であったからでしょう。

「Edgar A Poe「黒猫」」完

©2024陣野薫


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