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物語らないモノ語る『劣等感と評価』

窓を閉め切った四畳半。
薄暗い部屋でふとした語りが始まる。

「雨が降ってる」
窓にぶつかる水滴の音が聞こえた。
外も暗くなりパソコンの光が青年を照らす。
「うっとうしい天気」
気が滅入り作業も進まない。座った状態から寝転がり、完全に手を止めてしまう。
「理由をつくったな」
青年の耳元でささやかられる。彼の気分に合わせたかのような低くねっとりとした絡みつく声だった。
「つくったんじゃない、できたんだよ。ボクのせいじゃない」
「でも手を止めたのはお前だろ」
確かにそうだが彼にそんなつもりはなかった。
それでも自責の念は強まる。
「本当に気分が悪い。いつもとは違う」
「じゃあいつもはやっぱり」
何を言っても声に返される。青年は話題を変えることにした。
「気分が落ちる瞬間ってたくさんあるな」
「例えば」
嫌いな言葉を吐かれてしまうも適当に考えて応える。
「誰かと比べたとき」
「ふぅん」
興味がなさげながらに続けろよと言わんばかりの高圧的な相づち。
やらなくてはならないことをやらずに青年が語り始める。
「自分が劣っているのに気付くときってさ。大抵誰かと比べたときだと思うんだよ。実際の優劣はさておきね」
ここ最近での彼は劣等感にさいなまれていた。理由は多くあるがそのなかで一つをあげるとすれば、他の作品が優秀だと彼自身が評価していることだ。
「評価が高い作品なんてもう文句のつけようがないんだよ。つけたところで自分がみじめになるだけ。純粋に楽しむことなんかできなくなった」
「みじめだな」
辛辣な言葉に傷つく。頭痛がして心臓が縮むほど締め付けられる。
「まさしくだよ。どうしたってもうダメなんだよ今は。見なければ見ないで目を背けている事実が脳の隅にこびりつく」
「やめちまえばいいのに」
「創ることをか? あり得ない。それこそ悲惨だ」
「今以上に?」
「・・・・・・多分」
絶対、と即答できない。自信を失っていることの証明を晒してしまう。
誤魔化すように煙草を咥えて火を点ける。紫煙が立ちこめて部屋に臭いをめぐらせる。雨が更に激しく窓を打つ。
「なにより誰かに評価を貰うときほど嬉しいときはない」
「批判ばかりでもか」
「それでもだ。反応がないのが一番ツラい。行き場のない感情をどこにぶつければいいのか分からない」
「ふふふ」
気味の悪い笑いを漏らす。心をえぐる静かな声。
「本当は分かってるんだろ。その醜い感情をどこにぶつけているのか」
青年に返す言葉はなかった。
「誰かにぶつけでもしたら嫌われちまうもんな。だから全部自分自身にぶちまける。なぜ自分にはできない、創れない。ってな」
目を閉じて暗闇に逃げる。声は柔肌に触れるような優しい口調で青年に問いかけていく。
「本当に努力をしてきたのか? 無駄な時間を多く過ごしてこなかったか? まさか自分には才能があると? 時間が経てば勝手に上達するとでも? お前が優秀な誰かになれると本気で信じているのか?」
「なれないよ。才能もない」
静かにだがハッキリと、咥えた煙草を落とさないように答える。
声は調子づいたかのように嬉々としたにやけ口調に変化していく。
「お前らしいよ。相手を傷つけずに自分を護る方法。嫉妬にも劣る無様な感情。悪質で偽善的。理由の為の理由。お前は自分を傷つけて自分を護っている。心的自傷行為。どこまでいってもお前はお前にしかなれない。できないまま。やれないまま。絶望の未来がこないことを祈るだけで過ぎていく」
次の一言で、声はトドメを刺しにきた。
「お前には、なにもないから創れない」
紫煙の動く音さえ聞こえてきそうになるぐらいの静寂。
目を開けた青年は上半身を持ち上げて、またパソコンの前に向かう。
煙草の灰が落ちる。そいつを手で払いのけてから煙草を灰皿に押しつける。
そしてまた作業を始めた。
「ボクは誰かみたいなものは持っていない」
彼の後ろには嘲笑が貼り付いている。
「評価してくれる誰かすらいない」
視線の外に声は常にいる。
「でもキミがいる。キミだけがボクを批判してくれる」
彼が死ぬまで眺め、語りかけるだろう。
「反応はキミがくれる。今はそれですら・・・・・・嬉しい」
その日、雨が止むことはなかった。

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