にわのあさ

3人家族、今の気持ちを忘れないよう書きます/アイコンは3歳の娘が描いたトナカイ/おいし…

にわのあさ

3人家族、今の気持ちを忘れないよう書きます/アイコンは3歳の娘が描いたトナカイ/おいしいコーヒーと、ハーゲンダッツのグリーンティが好き/コメント、スキ、ぜんぶ嬉しいです!ありがとうございます/KIRIN×note「#また乾杯しよう」キリン特別賞

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シャツワンピースを着て試着室で泣いた話

 大学生の夏、バイトを終えた足で深夜バスの停留所へ向かった。  前輪と後輪のあいだにぽっかりと口を開けたトランクルームがある。荷物を預ける乗客が長い列を作っていた。  運転手が流れ作業のように長方形のトランクケースを次々に投げ入れているのを横目に、乗車口へ向かう。肩からかけたトートバッグはバスの中に持ち込むと決めていた。  乗車口へ行くと、特有の匂いが充満していた。久しぶりだな、と思いながら数段のステップを登る。発車まで音を立てて唸るエンジンの匂いか、いつ乗っても新品のような

    • きみのおめめ 眠れない夜 #32

      ためらいがちに鳴った引き戸の音に、本を閉じた。 夏の静かな夜、ダイニングテーブルに置いた読書灯だけがぼんやり揺れる。影と光の境目に置いたマグカップの縁は、かすかな光を集め細く弧を描いていた。 おずおずと開いた戸から、6歳の娘が顔を出す。ちら、と時計を見て、ばつの悪そうな顔をした。 寝れないのと問うと、何も答えずスンと鼻を鳴らす。そのままぺたぺたと足音を立てそばに来ると、私の膝にトン、と座った。 向かい合わせに抱き合い背中をなでながら、寝れない日ってあるよねえ、と言うと、かかも

      • きみのおめめ 夏の日 #31

        黄昏時、蝉の幼虫が木を登っていた。 見つけた娘はあっと声をあげてかけよると、鼻先がくっつきそうなほど顔を近づける。 蝉の幼虫が驚いて、鎌のような前足を娘に振り下ろさないかと僅かに慌てつつ、そんなことあるわけがないと己の心配性にため息を吐く。 遠くから、沈みかけの太陽が娘の短い髪や頬、木々の輪郭を淡く光らせていた。 娘に顔を寄せると、梅雨明けの湿った土と汗の匂いがする。 頭上に蝉の声が矢のように注ぐ。鳴き声は身体に沿って地面に叩きつけられ、空に跳ね返る。 ただ、この世界を確かめ

        • きみのおめめ あとがき

          9月30日、ひさしぶりに行ったランチの帰り道でした。 風に吹かれてひやりとしたブラウスに秋を感じ、同時に過ぎ去った夏をぼんやりとしか思い出せないことに背中がひやりとしました。 クリエイターフェスが開催されること、仕事がすこし落ち着いたこと、以前いただいたメッセージ(ありがとうございます!)を読み返したこと、夫が好きなゲームの続編が出て夜時間ができたこと、細々続けていた仕事関係の資格がキリの良い単元まで終わったことなど、色々なことが重なって、10月は毎日書いてみようと決めまし

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        • きみのおめめ
          34本
        • たからもの
          17本
        • 家族のこと
          51本
        • 自己紹介がわりに
          13本
        • 小説
          2本
        • 旅する日本語展二〇二〇
          12本

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          きみのおめめ 少しだけまえの、遠いむかし #30

          「娘ちゃんと、どっちが好きっておもうの!」 腕を組み、ぷいと横を向く。 ふーん、と続け、斜め上に尖らせた口は、怒りながらも甘えてくるときのそれだったけれど、瞳はゆるゆると揺れていた。ぱちりと瞬きしたあとすぐに俯いて、手の甲で涙を拭う。 スン、と鼻をすすりながら項垂れる娘の姿を見て、私は答えを迷っていた。 娘が産まれてから、1年に1度、年末年始を使って娘の写真を整理している。 1年間撮りためた娘を見て、これもかわいい、あのときこうだったと、夫とふたりで思い出話をしながらアルバ

          きみのおめめ 少しだけまえの、遠いむかし #30

          きみのおめめ うるうるのうるおい #29

          鏡の前で5歳の娘が「んーま、んーま」と繰り返す。たまらず込み上げてくるむず痒い愛しさを、お揃いのリップの中におさめパチリとふたをする。 「おくちがカサカサする」と娘がいうので、子ども用のリップを買った。 ECサイトの画像を見せると、「じぶんで!」と私のスマートフォンを手に持ち、すい、すい、と指の先を滑らす。 しばらくソファで一緒に見ていると、「あっ、これがいい」と鮮やかなオレンジ色のパッケージを指差した。小さな爪が画面に当たって、カツリと音が鳴る。 「あっ、いいこと思いつい

          きみのおめめ うるうるのうるおい #29

          きみのおめめ ワッフルとチョコレートソース #28

          「ずっとずっと、いっしょにくらしたいよねえ」 向かいの席に座る娘が、そういってフォークを持った。 店内の光をまとい、スイーツはより魅力的に見える。 5歳の娘はレジの横にあるショーケースを右端から左端までひとつひとつ丁寧に見つめたあと、「これが食べたくなっちゃった」と四角いワッフルを指差した。じゃあそれにしようかと娘にいうと、 「よかったら」 と、頭上からかけられた声に体を起こす。 「チョコレートソース、キャラメルソース、あとははちみつ、お好きなソースがあればおかけしましょう

          きみのおめめ ワッフルとチョコレートソース #28

          きみのおめめ 玄関のこづつみ #27

          手のひらよりもわずかに大きい、オフホワイトのクッキー缶をもらった。 缶の蓋を開けると、いろいろな形をしたクッキーがきゅっと形を揃えて並ぶ。花びらを模した淡い桃色、切手のかたちにくり抜かれたココア色、小鳥が羽を広げたクリーム色。ふんわりと甘い香りが鼻をくすぐる。 「わあ、娘ちゃん、これぜーんぶ食べたくなっちゃう」 机に手をついたまま椅子についたステップに立ち上がるので、緩んだ脚がかたかた鳴る。 食べてもいいけど、一枚はかかに食べさせてね、と娘の腰をやんわりと下ろさせる。 「一枚

          きみのおめめ 玄関のこづつみ #27

          きみのおめめ 歯の定期検診 #26

          「あーんしててねー」 反射で娘が「あー」と声を漏らす。 口に当たるライトが眩しいようで、きゅっと目を細めている。薄いゴム手袋をはめた歯科衛生士さんが、娘の口の端をニョン、と伸ばす。口の中に入れたミラーで、奥歯から順に角度を変えながら見ている。カチ、と器具が歯にあたる音がする。 3ヶ月に一度、歯の定期検診へ行っている。 娘が大人になったとき、健診を受けることが定着していたらいいなと3歳から行きはじめた。 はじめの1回は渋々診察台に登っていた娘も、今や診察台の機械的な動き、診療

          きみのおめめ 歯の定期検診 #26

          きみのおめめ 紺色の制服 #25

          子ども用のハンガーに、5歳の娘の制服をかけている。先々週まで夏用の制服だったのを、10月に入り衣替えした。 娘が久しぶりに紺色の制服へ袖を通すと、「大きくなるから、これくらいを買ったほうがいい」と入園前にアドバイスをいただいた保育園の先生が正しかったと実感した。 だんだんぴったりになってきたね、と肩と裾の位置を整えながら言う。 「娘ちゃん、ほいくえんで3番目に背が高いからね」 と声に嬉しさをにじませながら、つま先立ちになり少しだけ跳ねた。 入園時には袖を折って着ていたけれ

          きみのおめめ 紺色の制服 #25

          きみのおめめ あいうえおの練習 #24

          爪の先が白く、見ているこちらがはらはらする。 手についた筋肉を指先一点に集めたように、鉛筆の先へとすべてをそそいでいる。 紙と芯の擦れる音がチリチリと鳴り、数センチ進むごとに、尖った先が細かく弾ける。音のない部屋では、鉛筆の芯が縦に割れるわずかな音すらも響かせた。 ふう、と一息吐いて5歳の娘は太めの三角鉛筆をドリルの脇に置く。カラリと音がして、一辺分転がる。 私は娘のほうを見ないよう、自分の開いた仕事関係の問題集へと顔を寄せた。 「みて」 とんとんと肩を軽く叩かれ、初めて気

          きみのおめめ あいうえおの練習 #24

          きみのおめめ お祝いのケーキ #23

          「かか、あいばくんテレビ出てるよ!」 キッチンで朝食の準備をしていた私に娘が声をかける。 食器棚から水色の皿を3枚出し、昨日買ったパンを乗せたところだった。ミルクパン、ウインナーロール、シナモンデニッシュは、娘と夫と私でそれぞれ選んだ。 ふたつの皿をダイニングへ運びつつ、映画の宣伝かな、と言いながらテレビへ目をやると、第一子誕生のニュースが流れていた。 驚いて声をあげ、娘ちゃん、相葉くん赤ちゃんが産まれたんだって!とソファに座る娘へと駆け寄った。 娘は、はっと眼を開いたあと、

          きみのおめめ お祝いのケーキ #23

          きみのおめめ ちくりと痛い #22

          「娘ちゃん、前のやつも泣かなかったから大丈夫だよ」 病院までの道のり、お気に入りのぬいぐるみをぎゅっと抱えながら何度も繰り返した。 夫と私はその度に、おお、すごいねと目配せしながら返す。 自動ドアを開け、カウンターに駆け寄り背伸びして受付の方へ名前を伝えていた。追って私もフルネームを伝える。 「インフルエンザの予防接種ですね」 はい、と答えながら娘を見ると、壁に貼ってあるポスターをじっと見つめていた。 長椅子に座って、手渡された問診票へ名前、住所などを順に書いていく。 「は

          きみのおめめ ちくりと痛い #22

          きみのおめめ サンタクロースへのお願い #21

          「もうすぐクリスマスだから、なにお願いしようかなあ」 夕食のハンバーグを食べていた娘が、頬にデミグラスソースをつけていう。 あと2ヶ月くらいだねというと、「2ヶ月って、何回寝たら?」と聞かれ、60回くらいかな、と答える。 えー!と声をあげ、ろくじゅう?!と繰り返す。1ヶ月を30日をだとして、2倍だから60回くらいかな、というと、たくさんだなあ、とひとりごち箸を置く。 娘ちゃん、去年はサンタさんになにをもらったか覚えてる?と聞く。 「もちろん、覚えてるよ!」と元気に答えたあと、

          きみのおめめ サンタクロースへのお願い #21

          きみのおめめ 秋の帰り道 #20

          10月に入って陽が落ちる時間が早くなり、保育園の帰り道は薄暗くなった。 遠くに夕焼けが見えるものの、19時頃まで明るかった夏の日が嘘のように、暗闇がすぐそこにある。 家やビルで隠れる月を追いかけたり、空に輝く一番星を探したり、リリリと鳴く秋の虫の音を聴きながら手を繋いで歩く。 歩き疲れたわけでもないのに「だっこして」とせがまれ抱き上げると、くっついたところから娘の子どもらしい体温が沁みる。時おり触れる吹きさらしの頬の温度差に、季節の変わり目と近くまで迫る冬を感じた。 抱え

          きみのおめめ 秋の帰り道 #20

          きみのおめめ 私がそれをかわれたら #19

          「なんだかあたまがいたい」 心が跳ねると同時に駆け寄った。 リビングに置いているグレーのブランケットにくるまり、ソファの端で体を小さくしていた。 体温計を脇に差し込みながら額に触れた。お昼ごはんを食べたあと、キッチンで洗い物をしていた冷たい手に、じわりと熱が染みわたる。 頭をなでるともたれかかってくる娘は、いつもよりずしりと重い。 病院にいこう、そういうと「ん」と弱々しく返ってきた。 触れた部分だけが、妙に汗ばんでいた。 口数が少なく、うつらうつらとする娘の頬を指の背でなでる

          きみのおめめ 私がそれをかわれたら #19