ATM銀行というマルチサイドプラットフォーム

セブン銀行社長を務めた安斎隆さんの「私の履歴書」が面白いです。特に、今やおなじみとなったコンビニATM設置の顛末を描いた26回目は示唆に富んでいます。

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO34550130U8A820C1BC8000/

チキンエッグ問題をどう克服するか

コンビニATMは、利用者、コンビニオーナー、銀行の3者が絡む、マルチサイドのプラットフォーム事業とみなせます。提携している銀行が多いほど利便性が上がり、利用者数が伸び、設置するコンビニが増え、また利便性が上がる、という正のフィードバック関係にあります。

一方で当初は、使える銀行が少ない、利用者が増えない、設置が進まない、という3すくみの状態でビジネスが頓挫する危険もありました。これは「鶏・卵問題(チキン・エッグ問題)」として知られています。

これをどのように克服するかですが、セオリーとしてはサービス供給側から充実させていく、という手法があります。Youtubeであれば、動画閲覧者の増加はひとまず置いておいて、見るべき動画の数=動画投稿者の数を増やすことに注力しました。(創業者自らが動物園で撮影した動画をアップしてました)。

有名店から攻略してシグナル効果を使う

また、レストラン予約サービスのOpenTableは、まずニューヨークやサンフランシスコなどの大都市に絞って有名レストランを一定数サービスに参加させることで利用者の関心を引き、ユーザーが増えることが参加レストランの増加を招くフィードバックループに点火することに成功しました。

このATM銀行のケースでも、累損を積み上げながら、まずは提携銀行の開拓に専心したことが語られていて興味深いです。

「コンビニATMはお客様には便利。金融機関にとっても自前でATMを設置する経費を節約できる」と利点を説き、全国の金融機関へのトップセールスを続けた。最初は難色を示しても、2度3度と訪問するうちに提携してくれる銀行が徐々に増えてきた。

また、地域トップの銀行を最初に落とす、という手法も、有名レストランを最初に参加させる、というOpenTableの戦略と共通点があります。他の店舗に対してシグナルになるからです。

地方に出るときは、地域トップの地方銀行とまず、交渉する原則を設けたのも功を奏した。業界内の秩序を重んじる銀行界の風土を考えた上での作戦だった。

マネーサイドと助成サイド

また、マルチサイドプラットフォームではどのユーザーにどの程度課金(またはインセンティブ付与)するかが重要な鍵を握ります。ATM銀行のケースでは、提携銀行がATM設置コスト削減メリットの見返りとして手数料をアイワイバンクに支払います(プラットフォームにとってのマネーサイドと呼ぶ)。

コンビニオーナーとの課金・助成関係は明らかにされていませんが、一般的に考えてフランチャイズ指揮下にあり、集客メリットもあるので、インセンティブは不要にも思えます。ただ、オーナーの意思決定を促すため、サービス開始当初は本部から何らかの金銭的支援があっても不思議ではないでしょう(プラットフォームにとっての助成サイドと呼ぶ)。

預金者は自分が口座を持っている銀行に対して手数料を払うのでアイワイ銀行からの課金はありません。ただ、その銀行がアイワイ銀行側に支払う手数料を利用者に転嫁していれば、間接的にプラットフォームに支払いをしているマネーサイドということになります。

この3者の負担するコストをパラメーターとして操作することでネットワークの成長スピードが変わります。このケースでは提携銀行の意思決定(預金者への手数料設定)という、アイワイ側では制御できない変数もあり、難しさがあったと思います。結局、アイワイバンク銀行は開業2年目後半からフィードバックループが回り出し、プラットフォームビジネスの構築に成功しました。

プラットフォームも陳腐化する

ただ、いったん確立したATMプラットフォームですが、最近は利用件数が減少に転じており、従来のビジネスモデルは20年経ってそろそろ寿命を迎えつつあります。キャッシュレス社会が本格的に到来すればさらなる逆風となるため、ビジネスモデルの進化を迫られています。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO32602730U8A700C1EE9000/

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34631430X20C18A8EA1000/