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傲慢と善良/辻村深月〜読書感想文〜

30歳をすぎた男女が、結婚相手が見つからずに焦っている。

それだけ言ってしまえば
「なんだそんなこと。よくある話だ」
「30歳なんてまだまだ若いよ」
という意見が聞こえてきそうだ。

では、その男女が
婚活で出会っている、いわば結婚前提のはずの2人組だとしたら?
恋愛に疲れ切っているのに、どうしても今の相手との結婚には踏み切れないでいるとしたら?
さらにはその相手が、忽然と姿を消したとしたら?

この作品がただの恋愛小説ではなく恋愛ミステリと評され、かつヘビーな小説であるとも評されるのは、大多数の人間がこれを他人事だと思えないからであろう。
共感につぐ共感が、この作品をさらに、ヘビーにしていく。

「一人にしてごめん」〜西澤架〜

39歳、男性。
東京生まれの東京育ち。
スラっとした体型。
爽やかな顔立ち。
自営業を展開しており、肩書きは社長。

プロフィールからしてモテないはずがない、
なぜいまだに未婚の独身なのかをだれもが疑問思う、いわゆる有料物件。

それが本作の主人公にして物語前半の語り部、
西澤架だ。

中学時代、一緒に登下校をするくらいの関係を「彼女」と呼んだ最初から、架には恋人がいなかった期間というのがほとんどない。昔から女友達も多かったし、自分から動かずとも女性の方からやってくる。片想いの経験も、失恋の経験も人並み程度にはあると思うが、それでも女性に不自由したという記憶はない。
傲慢と善良/P61より

架は自他共に認める"選ぶ側の人間"
俗な言い方をすれば、遊ぼうと思えばいくらでも遊べる彼にとって、結婚というのはもはや恐怖の対象ですらあった。

まだこちらにそんな気がないのに「結婚」を迫る女子は、問答無用で「怖い」と思って許されるような、そんな気がしていた。
傲慢と善良/P66より

しかし、そんな恐怖(あるいは余裕というべきか)は長くは続かなかった。

いつのまにか周りの友達がみんな結婚し、家族になっている。
お互いの家族を巻き込んだ社会的な関係となり、結婚に伴った責任を持っていた。
あれだけあった飲み会もまったくなくなり、今さら出会いを求めている人などだれもいない。

まれに友人が紹介してくれる女性もいたが、相手が真剣に結婚相手を探して自分に会っているのだと考えると気楽にデートすらできない。

自分は選ぶ側の人間だという彼の傲慢さが、自分自身の首を締め上げた。
結婚するためだけに女性に出会い、ついにはアプリの登録もした。今行っていることが「婚活」であると意識したとき、はじめて自分が選ばれる側にたたされたことに気づくのだった。

「お願い。助けて。私を助けて。」〜坂庭真実〜

35歳、女性。
群馬生まれの群馬育ち。
穏やかな性格。
架の友人が「いい子じゃないか」と評する優しさ。
英会話教室にパート勤務していた。

30歳を越えるまで実家暮らし。
進学先、就職先、お世話になる結婚相談所、紹介相手…
今までの彼女の人生に関わるものはほとんど両親が選んできた。そしてそれに対して文句も言わずに従ってきた。

そんな彼女が、架が婚活アプリを利用して出会った女性、坂庭真実。

架とは対照的に恋愛経験にとぼしく、側から見たらいわゆる選ばれる側の人間
物語のもう1人の主人公である。

自分の感情を露わにせず、両親に逆らうこともなく温厚な態度を貫く彼女は、いわば善良ないい子。

架と2年以上付き合い、婚約をし、
結婚式の日取りを決めて、それに伴い仕事も退職した。

順風満帆な新婚生活がスタートしそうなそんなある日、彼女は忽然と姿を消した。

「私、誰かに見られている気がする。」

彼女がそう架に訴え始めたのは、彼らが付き合って2年ほど経ったときのことだった。

勘違いかも、気のせいかもと言いながらも、彼女は控えめな言い方でストーカー被害にあっている可能性を示唆していた。

彼女いわく、地元にいた際に自分が振った相手がストーカーになってしまったのかもしれないとのことだ。

架はその程度の人間に真実を本気で襲うような勇気はないだろうと、毎回軽く聞き流していたが、2ヶ月前に状況は一変する。
彼女からの一本の電話で。

助けて架くん。
あいつが家にいる。

真実のストーカーが、ついに彼女の家にまで乗り込んできたというのだ。
仕事帰りに彼女が帰宅すると、窓に明かりがついていて、中に"あいつ"がいる、と。

架が急いで駆けつけた先で、真実は彼を待っていた。
幽霊のように青白い顔をし、髪も乱れ、その髪が涙で頬に張りついていた。
「私、怖い」とだけ訴える彼女を見て、架はこの子と結婚しようと決意するのだ。一緒に住んで、守りたかった。

あれ?真実ちゃん?

ストーカーが家に来たというあの日から、2人は架の家で寝泊まりしていた。
何気ない会話をした電話を最後に、真実は失踪した。音信不通。彼女の親や姉でさえ、彼女の居場所を知らなかった。

架は彼女の地元、群馬県を訪れ、彼女の行方を必死になって探す。

彼女の両親、姉、結婚相談所の世話人、元同僚、さらには彼女が過去に婚活でお見合いをした相手にまで、架はコンタクトをとった。
ストーカーはだれだ?彼女を、だれがどこへやった?

ストーカーについて調べていた架だが、それは同時に真実の過去について知る機会ともなった。
彼女が今まで保ち、振る舞ってきた善良さと、その陰にひそむ傲慢さが明らかになったとき、架は事件の真相と自分自身の傲慢さを知ることになる。

結婚と幸せと、責任と優越感

さて、このストーリーがとにかく大多数の人の心に深く刺さる理由は、だれもが経験した、または経験しそうになったことがあまりに現実味を持って文章化されているからであろう。

結婚=幸せとは言い切れないことは言わずもがなだが、「結婚ができた=勝ち組」のような考えは、20代〜30代の間では往々にしてあり得る考えだということはもはや認めるしかない。
結婚できたという優越感、いわゆるマウントである。

架は真実と"婚活を通して"付き合い始めたにも関わらず、彼女に対して「ぜったいに結婚したい!」という強い感情は持っていない。
彼女以上には会えないかも、、程度である。

そしてそれを女友達から「呆れちゃう」「ひどい」と指摘される。

「婚活で会ってるのに結婚にすぐ踏み切れないってことは、ピンときてないんだよ」
「彼女のことちゃん付けで呼んでるって、気を遣ってるんじゃない?」
「元カノと比べて距離感あるよね」
「しっくりいってない」
散々な言われようである。

いい年して人の恋愛に首を突っ込むなとか余計なことを言うんじゃないとかいろいろ言いたいことが出てくる場面ではあるが、ようするに彼女たちも真実に嫉妬しているのだ。
こんな好条件の男があんな女に、、と思っているわけだ。

そして架もはっきりとは言い返せない。
なぜなら彼自身も本当に真実と結婚していいか迷っているからだ。
結婚をして幸せになりたいと誰もが思うなか、結婚をすればそれに伴う責任もやってくるしなにより優越感をはじめとしたマウント精神にも巻き込まれてしまう。

婚活って難しい、なんて簡単な話で終わる物でもないからこそ、多くの人の共感を呼ぶ作品となったのだろう。

終わりに

12月、辻村深月さんの傑作の1つ、かがみの孤城がアニメ映画化される。
今やどこの本屋に行っても必ず目立つように本がセッティングされ、新装版も発売されるなどかなり話題となっているようだ。

かくいう私もかがみの孤城のファンの1人。
過去にはかがみの孤城の読書感想文も書かせていただいているのでぜひご一読いただきたい。

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